第32話 ブルーの報告書

『拝啓、国王陛下におかれましてはご健勝の事と存じ上げます。簡素なご挨拶になりました事をご容赦いただき、ここに、今は家名なきマルグリートについてご報告致します』


 書き出しはこうであった。


 マルグリートの許可を得て(あくまで形式は元公爵令嬢へ使用人を派遣するという形で)監視役として送り込んだのは、以前諜報部とも関わりのあった優秀な使用人である。


 性質、能力共に優れており、その上王家への忠誠度も高い。信頼して送り込んだ隠し玉だ。


『陛下、ここは天国のような場所です』


 お前も……っ、お前もかブルー……!


 儂は強く手紙を握りしめてしまった。くしゃりと歪んだ手紙を、深呼吸をして読み進めていく。王家への忠誠心とは一体何だったのか。


『マルグリートの側には現在、ドラゴン、ペガサス、フェンリルが仕えています。この三体は非常にマルグリートに懐いており、彼女に気に入られる為ならばと私に世話をさせてくれる、非常に温厚な性格をしています』


 まてまてまて。ドラゴンにペガサスに……フェンリル? 犬、と以前は報告にあったが、まさかフェンリルだと?


 災害になりうる幻獣種が二体もマルグリートの側にいて忠誠を誓っている。これは看過できぬ問題なのではないだろうか。しかし、一介の使用人であるブルーに世話を……体に触れる事を許している。脅威と断定するには些か早計であろう。


『ドラゴンの世話というのははじめての事でしたが、全身の鱗を磨き上げた時の達成感は何物にも勝ります』


 お主の感想は聞いておらぬ。と、目の前にいたのなら怒鳴りつけるところだが、これは貴重な報告書である。ただの紙でもある。ぐっと言葉を飲み込んだ。


『ペガサスに至っては……陛下にご報告すべきか悩みましたが、新たな事実が判明致しました。何と、人に化けます』


「なぁにぃ?!」


 儂が大声を上げると、近くの部屋に控えていた兵士がわらわらとやって来た。それを何でもないと追い出し、報告書の続きを読む。


『ペガサスは基本的に寿命は無く、その姿を観察する事も稀である事、そして魔法を使える事から戦馬として重宝されますが、今も街中で人として暮らしている事と思われます。ただ、この情報が外に漏れたと知られたら、私は呆気なくペガサスに排除される事となりましょう』


 ペガサスの数で戦はどれほど有利になるか分からない。それほど貴重な戦力であるが、人の手の入った交配は難しく、また、捕獲も困難である。


 まさかペガサスが人に紛れて生活していたとは……、これだけでも大変な事だ。今は特に戦争の予兆も無いが、人に化けたペガサスを捕獲できたとしたら、他国に対する抑止力にもなりうる。


『また、最近ではこの三体の共闘によってユニコーンを退治しました。ペガサスの縄張りとして村全体に魔法を掛けたため、この村はユニコーンの被害をこれ以上被ることは無いかと思われます。ユニコーンによる食糧生産率の低下は各国頭を悩ませる問題ですが、マルグリートの周りにいる幻獣種たちに掛かればそれもすべて解決する、……マルグリートの利用価値は計り知れませんが、彼女は国に戻る気は無いと常々言っている為、現状は指を咥えて見ていることしかできません』


「なんじゃと?!」


「陛下?!」


 また、思わず叫んでしまった為に見張りの兵士がドアを開けたが、儂はそれを下がらせて手紙を食い入るように眺めた。


 余りにも、余りにもマルグリートは優秀すぎる。


 いや、国に留め置いたとしたらここまでの有能ぶりは発揮しなかっただろう。野に下り、彼女自身の性質の良さが、この現状を作り出している。


 その後もペガサスの手入れについてやフェンリルの毛並みについて長々と書かれていたが、とにもかくにもマルグリートを放置しておく事はできなくなった。


 監視だけでは駄目だ。せめて何かしら親交は持てないものだろうか。ブルーの報告書はマルグリートよりも周りの幻獣種についての報告に偏っているが、マルグリート自身も二文字魔法の使い手である事から、何かしらの進歩をしているに違いない。


 ユニコーンのツノは万病に効く霊薬であり、また、ユニコーンの被害は国としても看過できぬ問題である。それを打開する策がマルグリートとの交流によって得られるのだとしたら……? とてもではないが放っておく事はできない。


 ブルーが監視役として派遣された事は恐らくこれら幻獣種三体も承知のこと。知られたとしても此方に打つ手がない事を分かってマルグリートの側にいるのは明白。


 あまりに有益、あまりに有能。監視という繋がりだけでは惜しい。


『マルグリートはクリス神という神を崇めています。実際、神がマルグリートに力を与えている事は、彼女の追放前と後の能力の差から見ても明白。この神の教えについても探っていく所存です』


 手紙はそう締め括られていた。


 この国に宗教という概念はない。不思議や奇跡は魔法や幻獣種という身近なものとして存在している。


 しかし、もしも神がいてマルグリートに寵愛を注いでいるのなら……。


「……諜報部員を呼べ!」


 属国へと追放したマルグリート。彼女の存在を、追放という罰を下した儂は無視できない。

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