第31話 乙女の膝

 翌日、私は女神然とした裾の長い白いドレスに身を包み、月桂樹の葉で編まれた冠を乗せられ、その格好で村までやってきました。衣装を汚せない、という理由でアオイさんの肩に座らせられています。視点たかーい(現実逃避)。


 分かりますかね、この、ドレスコード間違えた感じ。


 村の皆さんが褒めてくださるのはいいんですが、日々土まみれになって畑仕事や酪農をされている方々の中で一人この格好はかなり厳しいものがあります。


 せめて足が裸足なのが救いでしょうか。


 そしてわらわらと男(アニマルズ)を3人も連れてきた私たちの周りには、いつの間にか人垣が出来ていました。ブルーはお留守番です。「ただの使用人にできる事はないので」と言ってましたが、暗器の一つ二つ使えそうな気もします。妄想ですけど。


「魔女様の周りにはやっぱり人が集まるんですなぁ」


「顔もいいし屈強そうな人ばっかりで、うちの旦那と交換したいくらいだよ」


 なんて冗談に皆さんわははと笑っていますが、ユニコーンですよユニコーン。問題のアイツをさっさとやっちまいましょうよ。恥ずかしいですから。


「ではみなさんはいつも通りの仕事を行ってください。村長の家に居ますので、ユニコーンが現れたら知らせてくださいね」


 パンパン、と手を叩いてギャラリーを追い払うシェルさんです。外で見るとやっぱりインテリ眼鏡ですね。シェルさんとは顔見知りの方も多いので素直に散っていきました。


 村長さんのお宅でお茶をいただきながら待機していると、30分ほどで出現情報が届きました。早いですね。


 アオイさんに担がれその方の畑が見える位置まで来ると……居ました。キャベツをバリボリ食べている白馬が。


「な、なんとかしてくれ! うちの作物が!」


 農家の方の泣きそうな声もさもありなんです。そこら中に噛み跡の残ったキャベツ畑は悲惨なものでした。見ていられません。


 ちょうど近くに芝生の生えた木がありました。あそこにしましょう、と言ってそこに座らせてもらうと、アオイさんは農家の方を連れて場所を離れました。


 イグニスさんは馬を取り押さえる役なので初めから遠くで見学です。


 そしてシェルさんは……ペガサスの姿で上空に居ますね。小さくシルエットが見えているだけですが、鳥とはやはり大きさが違います。ちゃんと馬です。


 どうする気なのかしら、と思いながら膝を揃えて座っていると、ユニコーンがこちらに気付きました。野菜よりも乙女の膝とは、中々のアニマルっぷり。食欲はある程度満たされたから、種族の本能的な感じでしょうかね。


 自信を持って(あまり持ちたくはないのですが)乙女な私は腹を刺される心配は微塵もしていませんが、馬ですよ、馬。


 私が立っていても大きいと感じる馬が、かっぽかっぽと近付いてきます。あ、怖い。


 見ていると怖いので目を伏せて待ちます。伏せた目の端に蹄が目に入りました。これで踏まれたら私に穴が開きますね。


 そして長い首をそろ〜っと私の膝に乗せようとした時です。


「ヒヒィン! ブルル……ヒィン!」


 突如急降下してきたシェルさんのいななきに、ユニコーンの動きがピタリと止まりました。


 そして首を上げシェルさんを見ます。歯をむき出しにしてこちらも「ブルル、ヒヒィン!」と何かしら返しています。


 馬語なので何を言っているのかはさっぱりですが、なるほどアニマル的には「乙女の膝で休む>食事>邪魔者を排除する」という優先順位でもあるのでしょうね。最優先事項を邪魔されたのでテレポートで逃げる気配がありません。


 その後も馬語での喧嘩がしばらく続きましたが、前脚を高くあげて威嚇するユニコーンに対し、シェルさんは翼を使ってさらに高い所から前脚をあげています。


 ところで、この争いは私のすぐ目の前で行われています。地響きもするし土は被るし何より怖いです。イグニスさんから貰った身代わりの腕輪をぎゅっと掴みます。


 二頭の幻獣種の馬が前脚を立てて争っている姿は実に絵になりますが、近くで見ている私は己の身の安全が一番の心配事です。はよおわれ。


 シェルさんの前脚が上空から勢いをつけてユニコーンのツノを蹴り下ろしました。根元からボッキリと折れたツノが、コロコロと地面の上を転がります。


 ユニコーンのツノが有用なのは、そのツノに全ての魔力が込められている為です。ツノが折れたユニコーンはもはやテレポートも出来ない白馬です。どんな鎧をも貫く頼みのツノはもうありません。落ち着いた頃に拾いましょう。


「ブヒィン?!」


 やっとその事を理解したユニコーンは、その場で狂ったように暴れ始めました。すかさずイグニスさんが走り寄って颯爽と背に飛び乗り、たてがみを掴んで大人しくさせます。


 アニマルなので分かるのでしょうね、背中に乗っているのが何なのか。あっけなく大人しくなりました。イグニスさんは首を叩いて大人しくさせると、折れたツノの残りの部分を手で掴んで引っこ抜きました。一度折れると脆いのか、ぽろっと抜けたように見えましたね。これで完全にただの白馬です。


 シェルさんは村人に正体がバレるのを嫌って、一足先に家に帰りました。ペガサス姿で。かっこよかったですよ、と後で言わなければいけませんね。めちゃくちゃ怖かったですけど。


 私はドレスの裾を摘んで立ち上がると、転がっているユニコーンのツノとイグニスさんがもいだツノを受け取りました。ちょうどいいのでスカートの余り布の部分に入れておきます。


 ユニコーンVSペガサスを見ていた村の人たちが、わっと歓声を上げました。これで迷惑な害獣は居なくなったわけです。


 さて、この白馬は村で農作業に準じてもらう事として、ツノは貰ってもいいですよね。


「終わったのか?」


「はい」


 アオイさんが近付いてきて尋ねるので、私が答えると、ひょいと肩に乗せられました。裸足なので自分で歩かなくてもいいのは助かりますが……。


「魔女様、ありがとうごぜぇますだ!」


「いや、これでやっと農作業がまともにできます。食われた分もまた育てねぇと」


 といったように、神輿に担がれている私に群がられている状態で、少々居心地が悪いです。


「私は殆ど何もしてないんですが、あの白馬は村で飼ってくださって構わないので、このツノをいただけますか?」


 村長さんが進み出て、もちろんです、と仰って下さいました。


 イグニスさんに大人しくさせられた馬は、さっそく村の人に轡を咬まされてどこかへ連れて行かれました。うちの厩はシェルさん専用なので、引き取れと言われなくて助かります。


 ユニコーン騒動もこれでひと段落です。


 ただ、他のユニコーンが入ってこれないような仕組みを考えなくちゃいけませんね。帰ったらまた、シェルさんと相談してみたいと思います。


 もうあんな怖い思いをするのはこりごりですので。はい。

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