第15話 監視報告

「して、マルグリートがどうしたというのだ」


 国王陛下の前で、諜報部員の私は片膝をつき首を垂れたまま「はっ」と応えた。


 交代の監視要員にはくれぐれも家に近付きすぎないように注意をしたが、それまでに見た光景は、あの男たちの話を超える酷いものだった。


 私は王にそれを詳らかに報告した。王も言葉がないようだった。


 報告の内容はこうだ。


 マルグリートは質素な格好で家を出ると、只者ではない執事に見送られ近くの村まで買い出しに行った。


 すぐにでも後を追いたかったが、執事が外にいる間は動かない方がいい。仕方が無かったとはいえ、顔を見られている。出会すのはまずい。


 しかしそこで見たのは、世にもおぞましい光景だった。


 執事は厩に飼葉を入れ、中の敷き藁を掃除して均し、水桶に水を入れてきた。繋がれている馬も居ないのにどうした事かと思っていたら、なんと執事は美味しそうに飼葉を食べ始めたのだ!


 その上水桶に顔を突っ込んで水を飲み、また飼葉を摘んでは食べている。


 あまりの光景に動けずにいる間に、マルグリートは帰ってきた。


 厩の執事が『食事中』なのを見ると、マルグリートはバスケットの中から、まだ土のついた新鮮な葉物野菜や根菜を出して執事に見せていた。今夜の夕食の相談でもしているかと思えば、なんとマルグリートの両手いっぱいに乗った野菜に、執事が顔を突っ込んでむしゃむしゃと食べ始めた。


「その時の執事の顔には一点の曇りもなく、いっそ喜んですらいるようでした……どこで拾ったのかは分かりませんが、マルグリートは大変な変態と暮らしているようです」


「うぅむ……追放してまだ数日、これは毒薬のレシピと合わせて、元から外部の男と何らかの繋がりがあったという事か……その、変態性癖の男と、という意味だが……」


 マルグリートが畑に落ちてきたペガサスを保護した事は知っているが、そのペガサスはいつの間にか居なくなっていた。代わりに執事がいつの間にかあの家に住み着いていたのだ。


 ペガサスが人に化ける、まして人語を話すなど、聞いたことも見たこともない。


 ならば陛下の言う可能性が一番高い。


「恐らくは……」


「我が国の公爵家にそのような汚点があった事、表沙汰には到底できぬ……しかし、学園は閉じられた場所。どのようにしてその男と通じていたのか……」


 そこが私も謎であった。しかし、私の疑問を陛下に伝えるよりも、直接話して聞いた事実を先に伝えるべきだろう。


「私はその男ともう一人の客人と実際に言葉を交わしたのですが、そこで大変な事実がいくつか判明致しまして……」


「何?! この変態以上のか?!」


「はい。……マルグリートはドラゴンと懇意にしています。我が国がマルグリートに行った所業を知れば、ドラゴンが攻め入ってくる可能性が高いかと……」


「変態の前にそちらを報告せんか! 国の一大事だぞ!」


「も、申し訳ございません! あまりに鮮烈な光景だったため……」


 陛下の言う通りだ。これでは順番があべこべである。私は慎重に口を開いた。


「また、マルグリートは『二文字魔法ふたもじまほう』の使い手であり、それを使いこなすだけの魔力も有しております」


 陛下は白い顎髭を撫でながら難しい顔でため息を吐いた。


「……ふむぅ、国外追放とするには早計だったか……。息子の言う事を鵜呑みにしてマルグリートの自室を調べたら、いつ犯罪に及んでもおかしくない証拠。そして決して外には漏らせぬ毒薬のレシピがあった、それは事実だったが……、詳しく調べれば婚約者であるマルグリートを放置して学園の伯爵令嬢に入れ上げていたのは息子の方。毒を盛られても文句の言えぬ所業の数々にマルグリートは耐えてきたのだ。私が早計だった……」


「しかし、マルグリートは戻っては来ますまい。失礼ながら、変態もドラゴンも見目麗しく、身のこなしに隙は無く……私の存在に気付いていた程の手だれです。その上変態は、轡を咬ませて欲しい、そして尻に敷かれたい、と宣う始末。マルグリートに心酔している事は疑う余地は無いかと……」


 それらに好かれていながら、今更公の場で自分を断罪し追い出した国や婚約者の元になど誰が戻るというのか。


 令嬢という立場に固執していたのならまだしも、マルグリートは自分の体を動かす事を厭わず、近隣の村に薬を卸して生計を立てている。楽しんでいるようにすら見えた。


「……しばし監視を続けよ。あのレシピについては……?」


「マルグリートは調合する素振りも見せていません。出回る事は無いかと……」


「それならよい。1番の問題はあのレシピが世に出回ること。くれぐれもそうならぬよう、監視を続けよ」


 私は再び首を垂れると「はっ」と返答し謁見の間を後にした。


 その背中に「変態か……」という王の呟きが聞こえたが、敢えて聞こえないフリをして下がった。

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