第14話 道に迷った人

 祈りの間を作った後、クリス神様からいただいたチョコレートケーキとマカロンの残りで三人でお茶にしました。


 【収納】が便利すぎるんですよね。中身が劣化しないんですよ。お陰でシチューの残りもまだほかほかです。


 先程よりは和やかな雰囲気ながら、神様のお手作りだと言って振る舞うと、再び二人は目を合わせて頷き合いました。なんのアイコンタクトでしょうね? 模様替えで友情が芽生えたのなら良い事です。


 お茶を済ませたところでイグニスさんが帰ると仰ったので、私は玄関先まで見送りました。門扉まではシェルさんが見送るそうです。これも執事としての仕事だそうで、徹底してるなぁ(馬なのに)としみじみ思いました。


 ***


 私はギュスターヴ王国に仕える諜報部員。


 婚約者でもあったはずの皇太子殿下へ盛ろうとしていた数々の毒薬を部屋に隠し持ち、そしてあろうことか皇太子殿下と懇意にしていた伯爵令嬢の毒殺未遂で国外追放となった、今は家名無きマルグリートの監視をしている。


 しかし、マルグリートの国外追放は早計であったのでは無いかと私は思う。


 魔力量が多くなければ使えないとされる『二文字魔法ふたもじまほう』を使いこなし、与えられたボロ家を瞬く間に修復、その上家畜小屋を魔力のみで(そう、材料も何もなく!)作り出し、果てはどんな人心掌握術を使ったのか、追放されたその日からたったの3日でただ者とは思えない男たちが親しげに出入りしている。


 マルグリートは国で軟禁し、国のために仕えさせるべきだったのではないか。この疑念が拭えない。


 学園でのマルグリートは薬草学に長け、調薬技術も高かったが、それだけで他は一般の生徒と何ら変わりない貴族の令嬢だった。


 皇太子殿下の命で学園の卒業パーティーの隙に部屋を調べたところ、一令嬢にはあるまじき知識量で考案された即効性の毒薬のレシピが出てきた。


 これはとんでもない事だ。このレシピに使われるのは庶民でも手に入る毒草や薬剤だ。流出すれば貴族間での派閥争いが血で血を洗うものになっていただろう。


 その毒薬自体は発見されなかった。作った痕跡も材料も無い。そこで、国外追放という罰に決まり、マルグリートは断罪された。


 なるべく人の多くない属国の辺境の地へ追いやったのも、一重にレシピの流出を防ぐためだ。


 家の修繕等で暫くは一人で泣き暮らすだろうと思われたのに、全くそうはならなかった。


 マルグリートの秘密を探るため、私は今旅人のフリをして、家から出てきた男二人に声をかけた。


「すみません、ちょっと道をお尋ねしたいんですが……」


 私は諜報部員なので目立たない平均的な身長であるが、二人の男はどちらもすらりと背が高い。それが揃ってこちらを見てくるというのは、些か恐ろしいものがあった。


「道と言われましても、どこに向かわれるのですか?」


 白い髪の執事服を着た男が丁寧に訪ねてきた。


「へい、行商が終わって村へ帰ろうと思ったんですが、以前ここにはあばら屋があったと記憶してまして……」


「あぁ、それならここで間違いないぞ。マリーが修復しただけだ」


 赤い髪の逞しい男が楽しげに言い放った。やはりマルグリートは二文字魔法を習得しているのは間違いない。


「そのぉ、マリーさんというのは……」


 執事と赤髪は目を見合わせて、実ににこやかな様子で話し始めた。誰かに話したくてうずうずしていたらしい。


「マリーは我の命の恩人じゃ。キマイラの毒で苦しんでいた我を救ってくれた」


「キ、キマイラ?! 人間なら即死してもおかしくねぇじゃねぇですか!」


 やはりこの男、只者では無い。大袈裟に驚いたフリをすると、楽しげに男は笑った。


「そうじゃの、我は人間では無いからな」


 人間ではない? だが、目の前にいるのは鍛え抜かれた肉体をしているただの男だ。


「はぁ……、して、マリーさんとはどんな関係で……?」


「いずれ我の嫁に迎える、が、今のところは休戦中だ」


「当たり前ですが貴方の嫁になどさせません。私と番になっていただく……、というのも今は休戦中ですので黙っておきますが」


「ヌシ、口から出ているでは無いか。まだ尻に敷かれた事も無い分際で図々しい」


 尻に?! まだ、という事はこの赤髪の男は尻に敷かれた事があるのか?! それを自慢げに語るなんて変態か……?!


「私も怪我が治れば存分に尻に敷いて頂くつもりです。いえ、その前に轡をかませていただきますが」


 轡を?! どんなプレイだ?! 追放されて3日、これは追放前からこの男たちとただならぬ関係だったのではないのか?!


「し、尻に敷かれるだの轡を噛ませるだの、マリーさんとやらは余程男の扱いに手慣れてらっしゃるんですな……」


 半ば演技ではない驚きの顔でそう告げると、二人の男は顔を見合わせて一斉に吹き出した。


「まさか、とても純粋でお優しいお方ですよ。あの方にならば、私は自ら轡を噛む、と言っているだけです」


「我もマリーでなければ尻に敷かれるなんぞごめんだ。マリーだからいいのだ、あの純情娘は嫌がっておったがの」


「嫌がる女性さ尻に敷かせたんですか?!」


「もちろんこのままではないぞ。ちゃんと四つ這いでだ」


 脳内の絵面がどんどんまずい事になっているのだが、目の前の二人は口々に純情だ優しいだと言っている。


 ダメだ、マルグリートの事が何一つ分からない。


「まぁいずれ轡を咬み、その時は私が四つ這いで彼女を背に乗せたいと思います。彼より乱暴では無いですからね、私は」


 いやいやいや、轡を咬むとか言ってる時点で白髪の男の方が趣味がヤバいのは歴然だぞ?!


「人を尻に敷くのがお好きな方なんですね……」


「どちらかといえば怖がっていたがな? まぁ背中から見る景色には年相応の娘らしく感動しておったが」


 そんな景色を知りたくはない。


「あ、ぁ、すみません。お時間をとらせてしまいました、ここがあのあばら屋なら、村はあそこで間違い無さそうですんで」


 私はこれ以上の諜報の無駄を悟り、早々にこの場を立ち去る事にした。マルグリートは危険な趣味に目覚めているらしい、それを報告しなければならない。


「うむ、では我ももう行く。またな、馬」


 馬?!


「二度と来なくていいですからね、トカゲ」


 トカゲ?!


「ぬかせ」


 そう笑った赤髪の男は背からドラゴンの翼を生やし、森向こうの山へと飛んで行った。


(人間じゃ、無い……!)


「貴方も道がわかったようですので、これで失礼しますね」


 残った白髪の男も、優雅に笑って鉄の門の向こうへと歩を進めた。


「あ、そうそう……」


 そして、門の向こう側から軽く振り返り。


「監視するならもう少しうまくなさい。マリー様はお気付きでは無い様ですが、何があった時は私と先程のトカゲ……そして、神がお許しになりませんよ」


 冷たい目で此方を見て言い放つと、門を閉めて屋敷の中へと戻っていった。


 姿が見えなくなると、私は背にどっと冷や汗をかいていた。


 先程の赤髪の男がドラゴンだとしたら、マルグリートはドラゴンを尻に敷いて小間使いにしている可能性がある。ドラゴンを連れて復讐にでも来られた日には、我が国も無事では済まない。


 それにあの執事も只者ではない。私の諜報に気付く手だれと、轡を咬ませ四つん這いにして乗るような爛れた関係であるのなら、今後の監視が難しくなる。


 一刻も早い報告が必要だ……! 交代要員は明日には来るが、この任務の難解さを十二分に伝え、王都へ戻らなければならない。


 マルグリート、お前はいつからあの男たちと通じていたのだ……!


 これは我が国を転覆させかねない大事件だ!

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