第6話 空の旅、急降下

 まずは持ってきた薬草を【調薬】して麻酔入りの筋弛緩剤を作ります。治療中暴れられるのは困るので、一旦動けなくなってもらいましょう。


「まずはこの丸薬を飲んでください」


「む……? これは、あれか、毒で死ね、という事か」


「違います。これから貴方を治療しますが、暴れられると困るので身体の動きを止める薬です。一時的にですが痛みも止まりますよ」


「ぬぅ……まぁ死ぬつもりでいたからかまわぬ。やってみよ」


 ドラゴンはそういうと、私の拳大の丸薬を一飲みしました。


 並んだ牙が恐ろしいです。が、目の前にいるのは患者です。病人です。恐れていては治療はできません。


 ドラゴンの体がぐったりとした頃に、私はまず水魔法で傷口の洗浄をしました。そして持ってきた護身用の包丁で(これしか刃物がなかったんです)膿んだ所を割いて膿を絞り出します。自分にも掛からないように、慎重に作業を進めます。全て搾り出したらもう一度洗浄です。


 次いで、【調薬】で作った化膿止めを塗り込みます。本来なら割いた場所と傷口に染みるでしょうが、今は麻酔が効いているので大丈夫そうです。化膿が止まれば傷口は塞がるはずなので、薬を塗った上からありったけの薬草を貼り付けます。


 中に残った毒を排出するのには時間がかかります。通ってもいいのですが、毎回麻酔をかけていると効きが悪くなってしまいます。


(……使えないかしら)


 ふとした思いつきでしたが、やってみてダメならダメという事で、地道に通う事にしましょう。


「……【修復】」


 私が恐る恐る手をかざして呪文を唱えると、ドラゴンの様子が一目で変わりました。


 全身の鱗に艶が出て、傷薬を貼り付けた所も傷が塞がり薬草が剥がれ落ちます。膿が原因だと思っていた腐臭もしなくなりました。


 神経毒は、全身の内臓にまで及んでいました。排出させる事はもしかしたら不可能なくらい回っていたかもしれません。炎症を起こし、腐っていっていたのでしょう。


 つまり、ドラゴンの内臓は壊れている、と仮定できます。


 回復魔法はあくまで『回復』です。回復とは、健康な部分があってあくまでも治癒力を高める事です。回復した内臓の動きをよくするお薬は調薬できます。そうして毒を排出する薬を毎日飲んでもらいます。


 しかし、数十年です。もはや臓器は壊れていたと思われます。回復できない、使用できない状態です。


 ならば回復ではなく、修復すればよいのです。何故傷口の処置をした時に気付かなかったのか、私よ。たぶん膿の腐臭のせいですね。膿を抜いても腐臭はとれませんでした。


 目の前にいたのはドラゴンではなくもはやドラゴンゾンビだったのです。


「おぉ……、おぉぉぉ……」


「痛みは治りましたか?」


「おぉぉ! 魔女とやら、助かった! やっと、やっと動けるようになったぞ」


 よく見るとドラゴンの手足が何回りか太くなっています。数十年食べてなかった上に動かなかったドラゴンゾンビでは、筋肉も相当衰えていたと思われます。すごいぞ修復。


「この礼は必ずする。まずはヌシの住処まで送って行こう。背に乗るが良い」


 そう言って首を垂れて羽を広げてくれるのは有り難いのですが、あの、空を飛ぶなんてのはとてもじゃないですが怖くてですね……?


 丁重にお断りする前に、ひょいとつまみあげられて背に乗せられてしまいました。力強い翼の動きがお尻にダイレクトで伝わってきます。痛いです。


 私は思い切りドラゴンの背にしがみつきました。ドラゴンの翼が空を切り、山の天蓋に空いた穴へと垂直に飛び上がります。


(きゃーーーーーー!!!!)


 悲鳴を上げることも出来ない風圧です。心の中で叫んでおきました。私、絶叫系苦手なんです。


 と、風が止んだので恐る恐る目を開けました。


 そこには夕陽に照らされた雲と、広々とした大地がどこまでも続く美しい景色がありました。いつのまにかこんなに時間が経っていたようです。


「すごい……」


 ドラゴンはいつもこんな景色を見て、飛んでいるのでしょうか。すごいです、少しだけ絶叫系が好きになれそうです。


「して、ヌシの家はどこだ?」


 ドラゴンに聞かれて、すっかり景色に見入っていた私は、足元の家を指差しました。


「あそこです」


「分かった。しっかり捕まっておれよ」


 言うが早いか、ドラゴンは急降下を始めました。やっぱり絶叫系は無理!


 私は言われるまでもなくしがみついていましたが、地面に近づくとふわりと浮かび上がるような感覚、そして安心感のある着地をきめてくれました。ちょうど家の真前です。


 震える足をなんとか動かしてふらふらとドラゴンの背から降りて、お礼を言いました。


「近々訪ねる。待っているが良い」


 ドラゴンはそう言い残すと、静かに飛び上がり、山の向こうへと飛んで行きました。たぶん、久しぶりのご飯にするのでしょう。


 私はかろうじて持って帰ってきた持ち物を持って家に入りました。


 膿を出すのに使った包丁を煮沸消毒しなければいけません。でもその前に、お腹が空いてどうにかなりそうです。


 食べ物の類は無かったので、これから直ぐにでも村に向かおう、そう思ってドアを開けようとしたら、中からガチャリと開けられました。


 反射的に飛び跳ねると(人間、驚くと意味のない行動を取るようです)、目の前には白金の髪の見覚えのあるイケメンがいました。貴族のお忍びのような格好です。つまりラフ。


「おかえりなさい。待ってたんですよ? さぁ、引っ越し祝いをしましょう」


 神様って暇なのかしら? とも言えず、私は促されるまま家に入りました。


「た、ただいま」

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