第7話 神様お暇です?
神様はあの北欧風の居間で待っていたようです。
暖炉がパチパチと火花をあげています。部屋の中は暖かく、私は登山からの空の旅で冷えた身体を温めるように暖炉前に陣取りました。
「引っ越し祝いに色々持ってきたんですよ」
そう言って大きめの蓋付きバスケットの中には、鍋に入ったクリームシチュー、ミートパイ、鷄の丸焼き、温野菜のサラダ、チョコレートケーキ、マカロン、アイスワインとグラスというどう見ても質量が釣り合わない物がたっぷり入っておりまして。
温かいものは湯気を立て、冷たいものはひんやりとしたまま、あっという間に香木のテーブルいっぱいに前世の私からしたらご馳走が並びました。
台所から残されていたカトラリーを必要な分だけ持ってくると(お皿や銀食器がそのまま残されていました)神様との初めての晩餐です。
本来ならダイニングで食べる物でしょうが、冷えた身体で今から冷えた場所でご飯を食べるというのはよろしくありません。暖炉前から離れたくないです(本音)。
神様は甲斐甲斐しく鷄を切り分けてくださったり、シチューをよそってくださったりしました。
「お口に合うといいんですが……」
「手作りですか」
これは残せません。
いえ、残ったら残ったで明日以降美味しくいただくつもりですが、どの料理にも一口以上は手を付けて美味しくいただきます。
どれもこれも前世の私好みの味付けで最高です。チョコレートケーキは2切れも食べてしまいました。アイスワインとの相性も抜群で、デザートのマカロンもついつい次に手を出してしまいます。よそっていただいた料理はもちろん残しませんでした。
「美味しかったぁ……ご馳走様でした」
「それはよかったです。これは引っ越し祝いです、受け取ってください」
そう言って神様は指をパチンと鳴らしました。
「【収納】」
そう唱えるとあら不思議。残っていた料理がバスケットの中に吸い込まれるように次々収まっていきます。
「この魔法を貴女に。それから、クローゼットの中が寂しかったので実用的な服と幾つかのドレスを」
「乙女のクローゼットを開けたんですか?!」
「下着類は見てませんよ。足しましたけど」
「ぎゃーー!! 勘弁してください、いくら心は喪女とはいえ下着を足されるなんて……」
「必要だと思ったので。……要りませんでしたか?」
確かに家から持ち出せたのは必要最低限の物でしたので嬉しいんですが。
イケメンに料理を振る舞われ、服や下着を与えられ……いーやー、喪女妄想女の私は恥ずかしいやら何やらで顔が真っ赤です。
一通り顔を覆って悶えた後、私はきちんと座り直して神様に向き直りました。
「あ、ありがたく、頂戴します……」
「はい、よかったです」
そう言って神様はニッコリ微笑まれました。あぁ、イケメンの笑顔が眩しい……気の利きすぎるイケメンに目が潰れそうです。
「ちょっと待っててください」
私は今日使わなかったハーブのうちからいくつかを選んで、慣れない台所で湯を沸かして台所でハーブティーを淹れました。
お茶を振る舞う約束でしたからね。
戻って改めてテーブルの上を見ると、神様のカトラリーは汚れていませんでした。
「お待たせしました。……神様は食べないんですか?」
「そうですね、食べなくても生きていけるので。それに、私はお供えされた物しか基本的には口にしないんですよ」
それを聞いた私は少し寂しい気持ちになりました。あんなに美味しいものを作れるのに、食べなくても生きていけるから、とそれを食べない。お供えされた物しか口にしない。
これは悪習です、悪癖です、せめてこの家では覆していただかなければ。
私はお茶のポットやカップをテーブルに置くと、先ほどのバスケットを漁ってチョコレートケーキを取り出しました。
神様には普通に、私は少し食べ過ぎなのでその半分の大きさにケーキを切り分け、お出しします。
「私がここでの生活に慣れたら、神様にも一緒にご飯を食べて欲しいです。ですから、今からその練習です。このチョコレートケーキ、本当に美味しいんですから!」
すでにこのチョコレートケーキの所有権は私にあります。これはお供えです。お茶を注いで、これで食後のティーセットのお供え完了です。
「まったく、貴女という方は……これだから目が離せませんね」
「? さ、食べましょう。お茶もおいしいと思いますよ」
前世では自前で育てたハーブでお茶を淹れるのはよくある事でしたし、このハーブティーもよくやっていたブレンドです。
「では、いただきます」
「いただきます」
こうして神様との楽しい晩餐の時間は過ぎていきます。神様は話上手で、近くの村の事やこの辺の植生等、私の気を引くお話をたくさんしてくださいました。イケメンは人であろうと神様であろうとイケメンという生き物なんだなぁなどと多少不謹慎な事も考えつつ。
「そろそろお暇しますね。身体を冷やさないように、今日はゆっくりお湯に浸かってあったまって眠ってください」
「遊びに来てくださってありがとうございました。……失礼を承知でお伺いしますが」
「なんでしょう」
「神様って……お暇なんです?」
腰を上げかけていた神様が、ソファに座り直しました。
顎に指を添えて何やら考えております。この質問はまずかったでしょうか。
「そう、ですね……んー……」
何やら回答を考えあぐねていらっしゃる様子。やはりまずかったでしょうか。しかし、一度訊いた以上は答えを待つのが礼儀です。
「今、天界は神の飽和状態なんですよ」
帰ってきたのはまさかの天界事情。どういう事でしょう? と首を傾げると、神様は苦笑しました。
「貴女の前世には、ラノベや漫画という文化がありますね?」
「はい、私も好きでした」
「今、異世界転生モノが流行っているのはご存知でしょうか」
「そう、ですね、私はあまり読んでないですが……」
なんの話でしょうか。ラノベや漫画と天界事情にどんな関係が?
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