第11話 畑のペガサス
庭で薬草を摘み、簡単な風邪薬や胃薬、傷薬などを、昼食がわりのマカロンを摘みながら【調薬】していると、家の裏手で派手な音がしました。
何かが落ちて来た音……あわや隕石か? と慌てて裏手の畑を見に行くと、ペガサスが落ちていました。
「へ?」
幻獣種のペガサスは、宮廷勤の騎士様たちの憧れの乗り物です。野生でしか生息しておらず、捕まえた人に基本的には懐きます。ユニコーンと違って乙女の膝で休んだりはしないので、時折地上で水を飲んでいる所を見つけたら轡をかけて、暴れるペガサスから振り落とされなければ認められたという事で晴れて騎士様のものになります。
まぁ、つまりは普通、畑に落ちているというものではないという事です。
轡も噛んで居ませんし、野生でしょう。上を見れば、どうやら群れから逸れてしまった様子。群れは気付かないのか、分かっているのかは分かりませんが、遠ざかっていきます。
馬も私に比べれば巨体です。暴れられたら怪我をするかもと思いながら、そっと近づきました。
よく見ると、脚が腫れて翼も折れています。折れたのは落下の衝撃ででしょう。
脚はともかく、骨折に回復魔法は危険です。まずは添え木をして骨を元の位置に戻さないと、曲がったままくっついてしまいます。
脚の腫れも骨折かもしれません。私はつぶさに観察して、急いで添え木を持ってきました。暖炉脇の薪がいい感じに使えそうです。
新品の敷布を割いて大量の包帯を作ります。
畑の上に座っての作業でしたので、服が汚れましたが構いません。むしろ柔らかい畑の上に落ちてくれて助かりました。お陰でこの程度の怪我で済んだのでしょう。
【調薬】でドラゴンに飲ませたのと同じ、麻酔と筋弛緩剤の合成薬を作り、意識の怪しい馬の頰を叩きます。
「もし、もし! 意識があるならこれを飲んでください!」
ペガサスはその声に薄く目を開けると、口を開いて丸薬を飲み込みました。
くったりと力の抜けたペガサスの折れた羽を、元の位置に戻します。炎症止めを塗り、添え木を添えて包帯でぐるぐる巻きにします。
腫れた脚にも触ってみました。こちらは打撲のようなので、痛み止めと炎症止めを混ぜたものを塗って包帯巻きにしました。
「さて……い、くわ、よ……!」
私は思い切り力を込めてペガサスを持ち上げました。魔力が体力に変換されていなければ到底無理な話です。
暫く空いている予定だった厩の中に運び込むと、敷き藁の上に寝かせました。ひとまずこれで安心です。
麻酔と筋弛緩剤の効果はそのうち切れるでしょう。起き上がったら事情を聞いてみますか。人語が通じればですが。
その日は家の中に戻ると汚れた服を脱いでさっさとお風呂に入って寝てしまいました。結構な重労働でしたからね。村にも行きましたし、……家畜まだ来ないなぁとか思って多少寝付けませんでしたが。今日明日すぐに必要という訳でも無いのでいいでしょう。
そうこうして早寝をしたはずなのに何度も起きてしまい、ちゃんと目覚めたのは太陽も高く昇った所で……。
「おはようございます、お嬢様。ただいまお茶をお持ちいたします」
「あぁ、ありがと……う?」
おかしい。この家は私一人しか住んで居ないはずです。実家ではこんな朝も日常茶飯事でしたが、ここではありえません。
私は霞む目を擦りながら起き上がると、声の主をまじまじと見てしまいました。
執事が居ます。
白い髪を一つに束ね、紺色の執事服を着た、紛れもない執事です。
え、昨日買ったのは家畜であって使用人とか雇った覚えが無いんですが……?
「あ、の……どなたでしょうか?」
私は恐る恐るお茶を淹れる執事らしき人に問いかけました。
「どなたも何も……貴方が昨日助けてくださったペガサスです。このご恩、お返しするまでここに住まわせていただきます。ちょうど厩もあるのでそちらで寝起きさせていただければ……」
「え、待って。ごめんちょっと待ってね、展開に追い付けてないから」
「かしこまりました、お嬢様」
そう言って一礼する姿も洗練した姿です。元公爵家令嬢も納得の身のこなし。
その上、美形です。まーた美形です。どうなってるんだ、前世ではお目にかかることも稀な美形がこの2、3日で何人も何人も。
深い黒い目に白い髪、丸眼鏡もしっくり似合っていてインテリ味を醸し出しています。う、眩しい。
問題は何故人語を話して人の姿をとっているのか、ですが……これは直接聞かないとダメですね。理由がサッパリです。理屈もです。
「で、あのう……確か厩で寝てもらっていたと思うんですが、その格好と、お嬢様というのは……」
「昨日、私は脚に怪我を負い空から落ちてしまいました。翼まで折れ、もう二度と空を飛ぶことは叶わない、このまま死ぬしかないという時、お嬢様に助けていただきました。このご恩、どうしても返したいと思い、人の姿になり精一杯お仕えさせていただく所存です。家畜も受け取っておきましたのでご安心ください。朝食にちょうど良い卵もいただきましたのでオムレツでもいかがです?」
……聞いても頭が展開に追いつかない事ってあるんですね。
何故、人の姿になれるのか。何故、我が物顔でこの家に居るのか。いえ、後者はなんとなく分かりました。私一人で住むには広いですからちょうどいいですが。
「えーと……ペガサスさん? 怪我のご容態は?」
「適切な治療を行なっていただきましたので、数日のうちには治るかと」
「それはよかったです……」
突っ込みどころが多すぎるというか、かと言って追い出すのも気が引けるというか。
不意にペガサスさんが眼鏡を押さえるようにして顔を背けます。
「その……お嬢様、寝起きとはいえそろそろ何か羽織っていただきたく……」
寝巻きは寝易さ一番の代物なので、薄くて柔らかい布地のゆったりとしたワンピースです。下手したら肌が透けて見えます。
私は慌てて近くにあったストールを羽織ると、ごめんなさい、と何故か謝っていました。
おや? ここは私一人の城のはず。謝る必要無いのでは?
とはいえ玉の肌を晒しておくのも気がひけます。心はアラサーでも身体は18歳ですからね、永遠の。
「とりあえず……着替えたら朝ごはんにしたいと思うので、オムレツを作っていてもらえるかしら?」
私はやっとの思いでそう告げて、ペガサス執事を部屋から追い出しました。
「おい! 魔女! いるか!」
一人布団の上でぐったりしていると、階下から騒がしい音が聞こえてきました。
聞き覚えのある声ですが、思い出せません。
とりあえずさっさと着替えて下に行かなければなりません。なんだか追放されてからやけに忙しいような……気のせいという事にしておきたい。
ここで私はのんびり薬を作ってはクリス神様の布教をして生活する予定だったのです。予定は未定とはよく言ったものですが、あまりに目まぐるしいのは本当困ります。精神的に。
ため息を吐いても仕方がないので、諦めた私はベッドから降りました。
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