第12話 ドラゴンの恩返し
「はいはい、お待たせしまし……た」
素早く着替えて髪を梳かし、程よく冷めたお茶をくいーっと飲み干して階下に降ります。いい匂いのする台所を傍目に玄関のドアを開けると、目の前に立派な胸板がありました。素肌の。
驚いて上を見上げると、随分と高い位置にこれまたワイルドなイケメンの顔がありまして。ばっちり目があってしまいました。
赤髪をざんばらに長く伸ばし、髪と同じ赤い長衣の前を開けて着ていらっしゃるようです。腰布は金糸で刺繍された質の良いもので、長い服の裾の下は生成りのズボンにブーツという出立です。
ぎらっと輝く金の瞳が、私と目があった瞬間優しげに細められます。く、私の目を潰す気ですか……!
「魔女、この間は助かった。この恩、いくら返しても返しきれるものでは無いが、今日は一先ず土産を持って挨拶に来た」
はて?? 私はこんなイケメンを助けた覚えなど露ほどもございませんが??
と、思いっきり顔に出ていたのでしょう。ワイルドイケメンは可々と笑って家の裏手を指差します。
「我じゃ、あの山のドラゴンじゃ。人の姿で無ければこの家に入れぬのでな、一応服は纏ってきたがおかしいか?」
「あぁ、なるほど、あのドラゴンさ……って、えぇ?!」
この世界なんなんですか?! 人外は人間になれる(しかもイケメン)という設定なんですか?!
「お、かしくは無いですが……、えぇと、とりあえず中に入られますか?」
見た目18歳の私が家に二人も男を連れ込むというのは些か世間体が悪い気がしますが、一人は勝手に厩から入ってきたわけですし、一人はお客様です。今日は居ませんが神様だって出入り自由、もう今更な気がしてきました。
「おう、邪魔するぞ」
そう言ってドラゴンさんは肩に大きな袋を持って中に入ってきました。
北欧風のリビングにお通しして、ペガサスに朝ご飯をもう一人分とお茶の準備をお願いすると、恭しく承ってくれます。
元公爵令嬢として育っているので、こういうのは新鮮というより懐かしい気がします。
リビングに戻って目の前に腰掛けると、ドラゴンは香木のテーブルにがしゃんと袋を置きました。
「何分数十年動けなかったから今の流行には疎くてな。売って金子にしても良いし、気に入ったものは身につけてくれても良い」
はて? と、思いながら差し出された袋の口を開けると、イケメンとはまた違う眩さに目が潰れるかと思いました。
絢爛豪華な宝石の嵌まった金銀細工の装飾品が大袋いっぱいに雑に詰め込まれています。
流行は巡るものなので、どれもこれも夜会に着けて行っても恥ずかしくない見事な細工です。
私は幾つか手に取って惚けて眺めていましたが、流石に量が多すぎます。着けて行く場所もありませんし。
と、いう事でイケメンの方へ袋をずずいと押し返します。
「さ、流石に受け取れません。多すぎます」
「何をいうか。こんなのは我の財宝の一部に過ぎん。この程度ではあの大恩にも酬きれん。受け取れ」
「いやいや、そんな大した事はしてないですから本当に……」
「受け取れ」
竜のひと睨みに竦み上がった私は、渋々これを頂戴する事になりました。
「ありがたく……頂戴します……」
袋を手元に押し返されて頭を下げて礼を言うと、ドラゴンさんは至極ご機嫌な様子。
ふと、袋の端にあったシンプルなブレスレットが目に入りました。銀製で、ただ円を描いているだけの形ですが、真ん中に宝石で赤いラインが入っています。
細身ですし、普段から着けていても気にならない軽さです。そっとそれを腕に身につけ、ドラゴンさんに見せてみます。
「似合いますか?」
「よくそれを選んだ! それは我が魔力を込めた『身代わりの腕輪』じゃ。何かがお前にあった時、身代わりとなってお主を守る。肌身離さず身につけておくがよい」
ドラゴンさんは実に嬉しそうです。え、もしかしてこの財宝、他にもマジックアイテム的なもの混ざってます? ちょっと後で調べないといけませんね……仮に売るとしても、下手なものを流通させてしまってはいけませんし。
一先ずいただいたお土産を自室のクローゼットに置いてくると、テーブルの上には私とドラゴンさんの分の朝ごはんが用意されていました。
昨日買ったお肉の香草焼きとオムレツ、焼き立てのパンにサラダとスープ。ペガサスって料理上手じゃないとダメなんですかね? とはいえ腹ぺこです。
「ペガサスさんは食べないんですか?」
ここでは一応主人も使用人もないので純粋に尋ねました。
「私は飼葉で朝ご飯は済んでいますので」
「なんだ、主はペガサスか。この魔女に助けられた口か? 口だな? 惚れるなよ、この魔女は俺がいただくからな」
何言ってんだこのドラゴン。
「たかだか竜種の端くれが口が過ぎますね。お嬢様は命の恩人、その上この美しさです。私こそ番に相応しいというもの」
お前もだよペガサス。
前世と合わせて約50年目にしてモテ期到来ですか? 遅過ぎません?
しかしよく考えたらこの二人、人間じゃ無いんですよね。
元の姿を知っているのと、どうにも
「その話は後にしてご飯にしましょう。ペガサスさんもお茶くらいは一緒にどうですか?」
「ならばお言葉に甘えて……」
「馬ごときが作った飯を食うのは業腹ものだが、魔女のお招きだからな。ありがたくいただこう」
朝ごはんの最中も二人は反りが合わないのか、ずっと私の取り合いをして火花を散らしていましたが、私にとっては未だに名前も知らない竜と幻獣種です。さり気なく今日の天気などに話を逸らしながら、美味しい朝ご飯を平らげました。気は休まりませんでしたが。
余りに白熱した私の取り合い口論についていけず、せっせとカトラリーを下げて私は台所で水仕事です。元々前世では自分でやっていた事なので、こういう作業は気になりません。
袖捲りをした腕から、先程の腕輪が水に濡れてキラキラと輝いています。
「……嬉しいけど、素直に喜べないのはなんでかしら」
私も野生動物だったら嬉しかったかもしれないんですけどね。ままなりません。
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