2-3 タラシネ皇子の理由1
タラシネ皇子は二人掛けの椅子の中央に腰を下ろした。向かいにはワリュランスに抱え込まれたままハル、その隣にはブロードが座った。ジャルジュはティーカップに注いだ茶をタラシネ皇子の前に置き、ブロードの斜め後ろに控えた。
タラシネ皇子は優雅な仕草でティーカップの取っ手を持った。この国には珍しい流麗な細工の白磁のカップを洗練された仕草で口へ運んだ。ハルはワリュランスに抱きすくめられたまま、ティーカップに添えられたタラシネ皇子の細く白い指をじっと見つめた。
「ハル・ヨッカー」
「なに、タコワサ」
「タラシネ、だよ」
タラシネ皇子はカップを置き、訂正した。
「はい。タダシネ」
ハルは力強く頷いた。
タラシネ皇子は強烈な《殺し》文句に目を丸くした。ハルは満面の笑みだ。タラシネ皇子は小さく息をついた。
「君はどうしてこのセドをするの?」
「私、セドします。お金ためます。買います」
ハルははっきりと言った。
「何を?」
「私、荷物、あり……ます。全部集める、です」
ハルは唇を噛み、下を向いた。
「? それがあれば、君はセドをやめるの?」
「……」
ハルは下を向いたまま、ワリュランスの長い巻髪を掴み指先に巻きつけた。ワリュランスはそっとハルの手に自分の手を重ね、ハルの耳元で何か囁いた。ハルは首を振った。頑是ない子供のような仕草に、タラシネ皇子は呆れたように、ブロード、ジャルジュの順に目をやった。
「君たちはこのセドが何かも分かっていないハル・ヨッカーのために命をかけられるのかい?」
タラシネ皇子はジャルジュに向かって「災難だね」と肩をすくめた。ジャルジュは小さく目を見開いた。
「なんか勘違いしてるようだから言っとくがな、このセドはハル・ヨッカーのもんだ。ブラッデンサ商会のもんじゃない。後見として俺がいるってだけだ。うちの優秀な統括いじって遊ぼうなんて、帝国の皇子さまっていうのは随分変な趣味をお持ちなんだな」
ブロードはちらとジャルジュを振り返り、鼻で笑った。セドの相手が実質的経営を担うジャルジュに揺さぶりをかけるなんてことは日常茶飯事だ。皇族への敬意もへったくれもない、伝法な口調にジャルジュは苦笑した。
「そうですよ、私のハルを貶めようとなさるのであれば、容赦しません。大体、セドというのは一攫千金を狙う者たちがひしめくもの。欲しいから取って落札する。それ以上の理由など必要ないでしょう。私の可愛いハルをこんなくだらないセドに巻き込んで、大義だなんだと仰るつもりなら、あの馬鹿王を止めてから言ってくださいまし」
ワリュランスも、少々的外れながら噛みついた。
タラシネ皇子は面白そうな顔で首を傾げた。
ブロードは大きな動作で足を開くと、体を大きく前に倒した。
「それから、知らないようだから言っとくがな。『何人もセドでその権利を有したときから平等である。』セドの規則は絶対だ。リドゥナをとった時点で参加者に身分の差も、このセドのなんたるかなんて意味のないことだ。後は差し出せる対価だけ。これはハル・ヨッカーのセド。ハルに話が通じないからこっちを揺さぶろうと思ったんだろうがな。言っといてやる。うちの右腕は安くねえ」
胸倉こそ掴んでいないが、目を不敵に輝かせ、さながら肉食獣が今にも獲物に掴みかかろうとしているようだった。
「ふうん。噂なんてたいがいあてにならないものだけれど、君に関しては違うみたいだね」
タラシネ皇子はまじまじとブロードを見た。
不躾ともいえる視線に、ブロードはでんと机をたたいた。
「これ以上、用がないなら、帰ってもらえるか?セドの相手と話をしようなんて人間は情報を求めているやつか、引っかき回したいだけの性根の腐ったやつって相場が決まっているんでね」
「ブロード!」
さすがに不敬が過ぎる。ジャルジュは声を上げた。
「……はははは、いいね。本当!君にした」
タラシネ皇子は高らかに笑った。ブロードと同様に足を開くと、体をずいっと前に出し、ブロードに顔を近づけた。
「共闘しない?」
「共闘?」
ブロードは眉を寄せた。
「僕は、何せこの国の事情に疎いからね。セドをするにも誰かと組みたいと思っていたのだよ。この国を落としたところで、信頼できる相手は必要だろう?」
一体目の前の異国の皇子は何を言っているのか。明らかにさっきまでと違う雰囲気に、ブロードは迷惑を露骨に顔にのせ、上半身を起こした。
「旅の記念というわりには随分本気だな」
「やるなら、手を抜かない主義でね。それに友のためだからね」
「友?」
「王だよ」
その一言はそれぞれの中に静かに広がった。ハルが、ブロードが、ワリュランスが、ジャルジュがタラシネ皇子を見た。
四人分の視線を受け、タラシネ皇子は茶目っ気たっぷりに首を傾げた。
ブロードはハルとタラシネ皇子を見比べ、大きなため息をついた。
「話を聞かなきゃいけないみたいだな」
「だな!」
ハルが元気よく手を上げた。皆が白けた目でハルを見た。
タラシネ皇子は「実はね」と切り出した。
「国を出てきたのだよ」
「出てきた?それは、旅という意味か?」
「ううん、違うよ。皇子が国を出るって言ったら分かるでしょう? 出奔というのかな、一応。知っているのは護衛一人で他は知らないから……。そのつもりでお願いね」
タラシネ皇子はさらりと告げた。
ハルをのぞいた三人はあんぐりと口をあけた。
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