第362話 今更かまわないだろう?

 ソードも召喚された勇者の正体に気がついたのか、血の気を引かせた。

「…………おい。じゃあ、アマトのやつって…………」

「魔素で形作られた、人間の形をした何かだな! ――まぁ、この世界は回復薬で腕が生えたり欠片に魔素を与えれば魔物が生み出される世界だ。別世界の人間の形を模した何であろうとも、それが生きて動いているのは確かなのだから、大した問題ではないぞ」

 私がそう言ったら、ソードだけじゃなくてアレク殿とシャドも口を大きく開けて自失したけれど、なぜだろう。

 私は気にせず続ける。

「アマト氏は別世界の全く違う言語を話していた人間だ。それなのにここに現れてすぐに会話出来るのは、アマト氏がエネルギーの塊で、思念で意思疎通していたからだろうな。受け手は違和感なく話しているように感じるから、気付かないのだろう」

 私よりも上手だな。アマト氏は、相手に思念を受け取れるスキルがなくてもやり取り出来てしまうようだからな。

 ソードが困ったような悲しむような曖昧な顔になった。

「別世界から連れてこられたんじゃなくて、その記憶を持ってるだけの作られた人形ひとがたってことなのかよ。……俺、アマトに同情してもいいのかな?」

 私はあごに手を当て首をひねる。

「うーむ、どうだろう? この世界の人間として生まれたかったのなら同情すべきだが、別世界の人間もこの世界の人間も似通っていて、記憶された別世界の人間と同じように作られているのだから私としては問題ないように思えるのだが。ソード、お前だってさんざん回復薬を飲んでいるのだろう? 回復薬で作られた肉体を、自分の体じゃないと嘆くか?」

「あ、そういう理屈ね」

 ソードが曖昧に納得した。

 ……私が唯一同情するのは、アマト氏はこの世界の人間として作られていないから、この世界の人間と交尾出来ないことかなー。

 おめでとう! 魔法使いに至る道は開かれた!

 もちろん私もだな。エネルギーを受けて変質しているだろうから、交尾したら死んじゃうカモだよね。よし、これからも未開通だ!


「…………それで、この魔法陣はどうしましょう?」

 シャドが恐る恐る私に尋ねてきた。

「これ以上エネルギーを引っこ抜かれる人間が増えるのは気の毒だ。破壊する」

 私が回答すると、シャドは苦渋の顔になり、さらに恐る恐る聞く。

「…………魔法陣を破壊すると、国が滅びる、と…………」

「魔素が暴走するからだろう。既に抜き取って、これ以上集めないように私が集めている」

 おかげで、私の周りのフンワリさんがすっごいことになってますけど。ソードが近くにいるから魔法陣が躍起になって魔素をかき集めているので、よりすごいよ。

 魔王に匹敵しそうになってきたぞー。ソードにも分けてやれ。

「やめろ。お前、俺に魔素をまとわりつかせようとしてるだろ」

 エスパーにお断りされた。


 結局。

 私は魔法陣を書き換えた。

 綺麗な場所なのにもったいないね、でもしかたないかとアレク殿がちょっとだけ寂しそうに言うから、じゃあ、違うことをさせようとなったのだ。

 確かに綺麗な場所だからね。結婚式場にでもしたらいい。

 ……というわけで、魔法陣からは別世界のエネルギーではなく水を噴出させた。レインボーカラーで。

 ついでにキラキラした光(ケミルミネッセンス)を舞い飛ばすことにした。

 噴水の水は循環式。これで文句はあるまい。

 アレク殿、大喜び。

 シャドも大いに安堵した顔をしているし。

 それを眺めていたら、ソードが私に耳打ちしてきた。

「……なぁ。さっきの勇者にエネルギーを注入する話。……アレって、もしかして、お前がそうなのか?」

 さすがエスパー。鈍感男子を演じる超敏感男子なだけある。

 私は肩をすくめて首肯した。

「まぁな。むしろ、私やスカーレット嬢のように偶然起きるのが普通なのだろうな。アレを魔法陣として作ったやつは、私のように急激に強くなった人間を知り、その理由を突き止め人為的に起こすべく作ったのだろう」

 そう言った後ソードを見ると、憂い顔をしていた。そして、悩んだ末に私に尋ねた。

「…………インドラ。お前、何か思い出したのか?」

 私はソードと見つめあった後、視線をそらしてキラキラと輝く噴水を見た。

「私の記憶の持ち主は、満願成就したようだな」

 ――此処にいる私は、いろいろな思念が混ざった集合体。だが、私は私だ。

 インドラという名の、ただの生き物だ。

 以上!


「…………そっか」

 ソードが私の頭を撫でた。

「別にお前は、私が人間でなくとも、別世界で〝猫〟という小型の愛玩動物であったとしても、今更かまわないだろう?」

「今更だな。お前が気にしてないんならどうでもいいよ」

「そんなことを気にする私だと思うか?」

 片眉を上げてソードに問い返したら、ソードが明るく笑った。

「……愛玩動物ってか。可愛げがあんまねーぞ? でも、だからいつまでもちっこいのかね」

 撫でるのをやめると、両脇に腕を入れて抱き上げてきた。

「シャーッ!」

 その抱っこ、いかにもだからやめろ。

 笑っているソードに蹴りを入れた。

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