第361話 私の正体は

 ――――そうか。思い出した。

 私は――――


『――……死なないで、お願い……――』

『――……命より大切な……――』


 ――――あぁ、そういうことか。

 今このとき、私は気付いてしまった。

 ずっと思い出せなかった『強く願ったこと』。その願いはもう既に達成されていたのだな。


『私』は、私であって私でない。


 私は、私の記憶を持つ飼い主がとても愛していた、死んでしまった猫だった。


 飼い主の、『死んでほしくない』『生き返ってほしい』『自分の身と引き換えにしてもいい』という強い想いが、そのエネルギーが、たまたま近くにあった次元の歪みにつながってしまい、そしてたまたま死にかけていた私につながって流れ込み、何もかも全てが混じり合い、今の私が出来上がったのだ。


 この私の知識は、ほぼすべてが飼い主の記憶だ。

 それが、インドラの魂と、猫の魂と、入り交じってこうなった。

 そりゃあ、私って普通じゃないよな。確かにソードの仲間になれるわけだわ。

 私、何割か人間じゃなかったんだ。


 それにしても、猫なのに発情しないのはなんでだ?

 ……まさか、前世で去勢されていたからとか言わないよな?

 …………言うかもしれない。やはり無性だったのか…………。


「――――インドラ!!!」

 突然、耳元で大声を出され、肩を揺さぶられた。

「んぁ?」

 顔を上げたら超真剣な顔のソードが、汗をしたたらせながら私をのぞき込んでいた。

「どうしたソード? 何かあったのか?」

 ソード、急激にガックリした顔になり、うなだれた。なんだなんだ?

「……どうした、はコッチのセリフだよ……。お前、いきなり固まって瞳孔が開いてフツーに声をかけても返事しねぇから、ヤバいことになったのかもって慌てたんだぞ。心配したじゃねーかよ……」

 と、ソードがぼやく。

 そうなのか。

 私の感覚だと一瞬しか考え込んでいなかったと思ったけれど、実は結構長い間考え込んでいたらしい。

「そうか。すまないな、考え事をしていた。解析結果が出たぞ」

 アレク殿とシャドが硬直した後、真剣な顔で私を見た。

 私は立ち上がると、アレク殿に向かって解析結果と考察を伝えた。

「この魔法陣は、そもそもが『勇者に選ばれた者』の力を増加させる装置なのだ。別の世界からエネルギーを引っ張り出してきて、勇者に注入するように組まれている。、魔王城ダンジョンを攻略出来るほどに強くなるだろう」

 アレク殿とシャドが呆気にとられた。ついでにソードがすごく嫌そうな顔になった。

「……つまり、本来は俺がそこに立って、魔法陣を作動させるはずだった、ってことか?」

 私はソードに向かってうなずいた。

「そうだな。お前が立たずとも作動はするのだが、勇者たるお前が立つと、魔法陣はお前にエネルギーを注入するな」

 話を聞いていたアレク殿が、真剣な顔で私に尋ねた。

「……インドラちゃん。今、『成功すれば』、って言ったってことは、もしかして失敗もあるってことかい?」

 私はアレク殿の言葉を肯定する。

「うむ! 注入されるエネルギーは、かなり膨大だろうからな。人ひとりを形作ることが出来るほどのエネルギーだから、耐えられなければどう変質するか分からないな! 異形になったり爆発したり自我を失い暴れ出し王城を破壊する可能性もあるだろうな」

「げ」

 ソードが固まった。


 ――勇者であるソードが王都に近付くたびに、あるいは王都に滞在するたびに、魔法陣が勇者を感知して作動する。作動するだけでもそうとうの魔素を使うので頻繁には無理のはずなのに、無理をして二度も発生してしまったという。

 しかも、人を二人分生み出すほどのエネルギーをソードに注入しようとしているのだから、ソードは恐らく歴代最強の勇者なのだろう。


 たぶんその読めない古文書には、『魔法陣が光り輝いてきたら勇者が近くにいる証拠なので、急いで捜し出して魔法陣の上に立たせなさい』って書いてあると思うよ!

 恐らく、作った当時はこの古の魔法陣に、勇者を立たせて魔王国に向かわせていたのだろう。それでも攻略出来なかったみたいだけれど。ひっぱってくるエネルギーが足りなかったのか……いや、あの魔王様に勝てるのはなかなかいなそうだからねー。私とソード二人がかりでようやくだから、普通に敵わなかったのか。


 時が経ち、何らかしらの出来事で古代人が滅び、だけどダンジョンコア様たちは残された。

 古代人の言いつけを守り、秘匿を誰にも明かさず、ダンジョンに挑む者を迎えていた。

 王城も滅びなかった。生贄のはずの仮初めの王はいつの間にやら本物の王となって王国を統治した。あるいは現代の人族で統治していた者がわざわざ建てなくていいってんで住みだしたのかもしれない。

 しかし、古代人が決めたダンジョン合戦のことは知らないので、魔法陣に勇者を立たせて強化させるということはしなかった。

 ところが、勇者が王都に滞在すればこの優秀な魔法陣は探知する。探知して、魔素をかき集め作動する。ここに勇者を立たせることを知らない王城の人たちは、なんか魔法陣が勝手に動いちゃってる原因を探るために古文書を研究し、どうやら勇者関連の魔法陣だということを調べ上げた。

 でもそこまでしか分からずじまい。勇者が立たないままとうとう魔法陣は作動してしまう。するとどうなったか。――別世界人がまるで召喚されたように産み出されたというわけだ!

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