第358話 頭が高いぞ!

 震えるメイドさんが平身低頭しながらお茶を淹れてくれたので、優雅に飲みつつソードと談笑していたら、シャドが戻ってきて、私に報告した。

 なんと! 折よく貴族が集まっている最中だということだ。まぁね、私って魔王の資格持ちだから、そういうタイミングの良い運気を持っているのでしょう。

 低姿勢のシャドに扉前まで案内されたので、ドアマンが扉を開ける前にバァン!と私が思い切り音高く開け放ってやった。

 ソードが大きなため息をついて肩を落とす。が、私は気にせずズカズカと入場した。

 参内している貴族たちが呆気にとられ、そのうちの何割かが眉をひそめる。

 ジェラルド殿と、私に好意を持っているらしいサマーソル公爵令息もいた。ものすごくアホ面してこちらを見ているが。もしかしてフリーズしているのかもしれないね。

「……オイ! 平民が何を無作法に入ってきているのだ!? ……兵は何をしている!? その者を捕らえぬか!」

 お決まりの声をかけてきた貴族がいたので、思い切りソイツを見た。

「貴様こそ頭が高いぞ! 私を誰だと思っている!」

 私の怒鳴り声に貴族全員が硬直した。

「私はスカーレット嬢が盾に取られたと聞いて、貴様等呼びつけた連中を血祭りにあげるべくここにやってきたのだ! ――その私に頭が高いと抜かしたか? それほどまでにひどい死に様を見せたいなら、私がぜひともかなえてやろうではないか!」

「ヒッ!」

 私の脅しに短く声を上げると、言った貴族はすぐさまひれ伏した。

「……そ……そんなつもりは……まったく……」

 ガタガタと震えながらなんかをブツブツ言ってる。


 おびえたようなすがるような貴族たちの視線が一斉にジェラルド殿に集まった。それで我に返ったジェラルド殿は、

「……ソード殿。インドラ殿は、宮廷作法に詳しくないようだが……」

 と、ソードに仲裁をお願いした。

 指名されたソードは、何か吹っ切れたように肩をすくめる。

「悪いなジェラルド。俺も取り繕うのをやめたし、全面的にインドラの味方するから。つーか、俺とインドラがこの場で戦ったら、王城が瓦礫になるし、お前ら全員死ぬと思う」

 サラリとソードが言い放ったため、全員が二の句を継げず状態になる。

 シーン、と静まったところで、私はジェラルド殿をひたと見つめた。

「……ジェラルド殿。まさか貴男までが自分の娘を盾に取り、私を呼びつけるとは思わなかったぞ」

 私が言ったら、ジェラルド殿がキョトンとしてしまったのだが。

 …………あれ? 違うの?

 はて、と私が首をかしげると、ジェラルド殿は不思議そうに聞き返した。

「盾に取る? とは何のことでしょう? 私は娘からインドラ殿とソード殿が魔王を討伐したと聞きまして、ならば是非ともお祝いさせてほしいと伝えるよう娘に頼んだだけですが、どうしてそのようなことに?」


 …………。

 見解の相違だった。

 うん、まぁ、ジェラルド殿はそんな感じの人だよね。

 と思って、隣のサマーソル公爵令息を見たら、輝くばかりの笑顔で言われた。

「もちろん、私も話を耳にして同席したいと願い出ました。かわいらしい我が姪が、そんな危険な場所にいたのかと知り胸が潰れる思いでしたが、無事に帰還したとなればお祝いもしたくなるでしょう?」

 うん、安定の叔父バカぶりを見せてくれたよ。お祝いにとか言って、またフリフリのドレスを贈ってこないでね?


 …………うん? そういうことなの?

 肩透かしを喰らって拍子抜けしてしまい、どうしようかなと思ったとき、玉座から王が立ち上がった。

 そのまままっすぐ歩み寄ってくる。

「……へ……陛下……」

 後ろにいるシャドが動揺している。

 私は王を見た。

 王も、私を見ている。

「……久しぶりだね。インドラちゃん」

 王は、アレク殿だった。


 ……ふーむ。

 なるほど。話に聞いてた冒険者になりたがっていた風変わりの王様は、アレク殿だったのか。

 確かに風変わりだ。

 そりゃ、隠しようもない気品にあふれているはずだなぁ。

 ……などとのん気に考えていたら、アレク殿が頭を下げた。

「忙しいところを呼びつけてしまって、すまないね」

 私以外の全員が仰天している。

「忙しかったわけではないが、か弱き貴婦人を盾にとるなど紳士のやることではないぞ」

 私は一応苦言を呈しておく。

「盾にしたわけではないが……いや、詭弁だな。君たちが来なかったら彼女の悪評が立つし、ジェラルドの立場も悪くなる。わびてどうなるわけでもないが、謝る。すまなかったね」

 自らの弁解を否定するかのように頭を振り、再度謝ってくるアレク殿。


 …………むむぅ。

 ソードの言う「王様は良い人」がこういうことかと分かってしまった。

 魔族に次ぐ苦手な人だなぁ。


 はぁ、とため息をついた。

「しかたない。今回はアレク殿の顔を立てて見逃そう。だが……」

 ギロリ、と周囲の高飛車そうな貴族を見渡した。

「今度スカーレット嬢を盾に呼びつけてみろ。魔王様に認められた私の実力を、ここぞとばかりに見せつけてやるからな!」

 声高らかに宣言したら、ソードが『やれやれ』といった雰囲気を出しながらツッコんできた。

「お前、罠にはめられて仕返しするのが好きなんだろうが。なんでわざわざ機会を潰そうとするんだよ?」

 あ、そういえばそうだった。

「前言撤回だ! 次にやってみてもいいぞ! 私が嬉々として返り討ちにするからな! それでこそ貴族だな! 忘れていたぞ!」

 一斉に、貴族たちが高速で首を横に振った。

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