第294話 〈閑話〉プミラの婚約者とその商店その三
私はトミー。
とある町にあるイーサン商店の息子だ。
私は今、王都にいる。
旅費は、うちの店と妻の店とで出し合った。私に一縷の望みを託して。
……妻はさっぱり理解していないが。
そもそもついてくるなと言ったのに散々わめき暴れ、諦めて連れてきたが、道中もずっと文句を言っていた。
王都で買い物する余裕なんかないと口を酸っぱくして言いきかせたのに買い物しようとし、金がないと突っぱねると暴れる。
どうしてこんな女と結婚してしまったのか……。
『騙された』と、一言で言えば早い。
だが、そのツケは、俺だけでなく俺の店、そして妻の店、さらには町まで呑み込んだ。
妻は、妻になる前――出会った頃は素敵だった。
プミラと違い豊満な身体をしていて、自分の美しさを理解しそれを強調させる服をまとい、アクセサリーまでつけていた。
裕福な女の象徴だった。
簡単に溺れた。
彼女が王都に支店まで出している
……だが、わかっていなかったのだ。
派手な服装やアクセサリーはどこから出るのか誰が出すのかを。
手荒れなどない整った肌というのは、何もしていない何も出来ない証拠なのだということを。
妻は、うちのような小さい商店でも自分の家と同じような待遇を要求し、全く店を手伝わず、ささいな家事すらも出来ないという、とんだ役立たずだった。
大店は、役立たずの金食い虫が売れてホクホクだ。ついでに、うちが金食い虫のせいで潰れたら買い取ってやる、みたいなことを冗談に紛らせて言ってきた。
私はとうに愛想を尽かし、妻は不平不満ばかりを口にするようになり、妻と両親との仲は最悪だった。
だが、不幸はそれだけではなかった。
ベンジャミンは、俺たちがプミラにした仕打ちを恨んだ。
店に乗り込んできたのでてっきり手切れ金の催促かと思ったら、証文を書かせたのだ。
『今後、ベンジャミン及びその商店の関係者と、イーサン商店及びその関係者とは一切取り引きを行わず、以降無関係である』という内容でだ。
当時の父は笑った。
当時の私はホッとした。
うちの商店に勝つ気か、むしろダメージはお前の方だ、と父は嘲り気軽にサインをしたし、私はさすがにプミラに気まずい思いをしていたので、この町を出るのならもう顔を合わせることもあるまい、と安堵したのだ。
ベンジャミンは大店にも現れて同じ証文を書かせたらしい。
そして、大店にも笑われ、潰すのは簡単だ実際潰して自分の下男にしてやろうか、などと言われたらしい。
……その結果はすぐに現れた。
数ヶ月も経たないうちに、うちとの取り引きを断る客や商人が続々と現れたのだ。
大店は、王都の支店で閑古鳥が鳴き客が入らなくなったので店を畳む事態になった。
それは、うちと大店だけじゃなかった。
『この町の出身』『この町で働いている』それだけで取り引きが行われなくなっていった。
他所から訪れる人間が目に見えるように減った。
それが全て、ベンジャミンの店から発信されているのが判明した。
王都に颯爽と現れたベンジャミンの店は、王都中で話題となっているそうなのだ。
貴族までもがひいきにしている。
見たこともない魔導具で作られた古代遺跡のような素晴らしい店、それがベンジャミンの店だと。
そしてそのベンジャミンの店は、うちと妻の実家の関係者とは一切の取り引き及び来店を拒否する、と大々的に掲げているというのだ。
そうなると、ベンジャミンの店をひいきにしたい客や取引先は、うちや妻の実家との取り引きを遠慮するようになる。
誰が関係者かわからないので、その町にいる人間全てをターゲットとする。
――そもそもが、私と妻との結婚に、町の皆はいい顔をしなかった。
長年婚約者としてそばにいたプミラを捨てて別の女に乗り換えたのもかなり心証が悪いのだが、プミラはこの商店の娘のように働いてきたのだ。
接客もちゃんと出来る、細やかな気遣いも出来る。
町の皆からもかわいがられていたプミラから、接客はおろか口の利き方もなっていない気の利かない女に『大店の娘』という餌に釣られて乗り換えたんだから、周りの反応はとても冷たかった。
今では冷たいどころではない。
罵倒されるのは当たり前だし、店にいたずらをされるのも日常茶飯事だ。
「この町から出て行け!」と面と向かって言われるのも一日に一度はある。
母親は心労で寝込んだ。
父親は私と妻を離縁させ、妻を大店に突き返したいのをこらえている。
ここに至れば一蓮托生、共倒れにならなければ、と呪詛している。
妻だけがわかっていない。
面と向かって罵倒されると罵倒し返すので、何度引っ張って家に閉じ込め説教したことか。
それでも理解出来ない。
妻も、私と離縁して実家に帰りたいだろう。
ぜい沢三昧で何もしてこなかった妻には、働くのが当たり前というここの質素な暮らしに耐えられない。実家に帰り、家の金を好きに使う暮らしに戻りたいだろう。
だからこそ、返さない。……この事態に決着がつくまでは、絶対に返すものか。
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