第293話 〈閑話〉プミラの婚約者とその商店その二

 かつての婚約者、今は別の女と結婚したトミーという男は、疲れた顔をしています。

 肌荒れがすごいわ。

 私も従業員も、寮や家に化粧品があってお肌のお手入れは必須(化粧品を売るのに肌荒れしているのは良くないという理由)なので、久しぶりに間近で肌の荒れている人を見た気がします。

「ちょっと話がしたい。店に入れてくれないか? ベンジャミンも呼んでくれ」

 …………言っている意味がわかりません。

 うちの店は、激烈な抽選の末、当選した人しか入れないのですよ?

 お得意様の紹介がありましたらご来店いただけますけど、購入しなかった方は次からは門前払いなのですよ?

 公爵家がお得意様にいらっしゃるお店ですよ?

 そこに、話がしたいから店に入れろ?

 というか、貴方、本当にどの面下げてそんな図々しいこと言えるのですか?


 私が棒立ちしているのに気付き、副店長であるバロックがやってきました。

「プミラ、どうしました?」

 そこで、私の前に立っているカップルが、かつての婚約者だと気付いたようです。

 バロックもトミーとは顔見知りでしたし、今までの経緯も兄の証文も何もかも、全部知っています。表情を険しくしました。

 それを見たトミーは気まずそうになりましたが、彼の妻である女性はにらんでいます。

 すごいわ、なぜにらむのか意味がわからないわ。

「…………プミラ? どうしたの?」

 バロックにもう一度聞かれたので、

「…………聞き違いかもしれないけれど、話がしたいから店の中に入れろ、って言われた気がして…………」

 と、答えたら、バロックも啞然として棒立ちになりました。

 私たちの様子にしびれを切らせたのは相手の女性で、イライラした口調で私に向かって言いました。

「ちょっと、なんで立ち話させるの? あんたも商店で働いたことがあるのなら、客を店の前に立たせたままなんて失礼だと思わないの?」


 私とバロックは、あまりの言葉に目が点になりました。

 客!?

 客とか言い出しましたけど!?

 うちの客になりたい人なんて山ほどいて、それこそ立ち話の門前払いを喰わされている人だって数え切れないくらいいますけど!?

 というか、取り引きしないし無関係だって話はドコへいったの!?


 バロックは、女性を一切無視してトミーに向かって言いました。

「貴方の商店とそちらの女性の商店の関係者とは、今後一切無関係、と、店長が証文を書いてもらったはずですが、なぜ声をかけてくるのですか? それに、手紙をよこすなんて、契約をなんだと思っていらっしゃるの? 商人でしたら、契約を守らないと信用ならない商人と思われますよ?」

 トミーは顔をしかめ、私を見据えてとんでもないことを言い始めました。

「その契約の話だ。詫びを入れるので契約を破棄してもらいたい。ベンジャミンに会わせてくれ。いや、プミラ、君からベンジャミンに言って破棄してもらってくれ」

 …………もう、呆れてものも言えない。

 ここまで図々しい人だと思わなかった。スカーレット様の言った通りだわ。

 結婚前にわかって良かった。

 こんな人と結婚したら大変だったわ。

 どんなに少なく見積もっても、兄の足を引っ張ることになったわ、絶対に。

 私が言えない代わりに、バロックが怒りつつトミーに言い放ちました。

「図々しいにも程がありますね。『どの面下げて』とはまさに今使う言葉でしょう。長年支えてきた婚約者を簡単に捨てて浮気相手に乗り換えた男が、よくもまぁそんなことを言えるのかとその厚顔無恥さに呆れを通り越して怒りを感じますよ。目先の欲に囚われまくってちょっとばかり大きな商店の娘の鞍に乗り換えたくせに、元婚約者の兄の店が栄華を誇ったら今度はそちらに乗り換えようとしているのですか?」

「何ですって?」

 女は目をつり上げましたがトミーは痛いところを突かれたようにうつむきました。

 あら、図星のようですよ、バロック。

 私はため息と共に軽く頭を下げてそのまま踵を返しました。

「……多忙なので失礼します」

「……プミラ!」

 なれなれしくされるのは嫌ですね。

 もう無関係なのですから。

 こんなことに時間を割くより、手紙を……手紙を読んで書かないと……。

 婚約破棄はされて正解だったのがわかったし、ちょっとだけ気分転換になったし、さぁ、仕事に戻りましょう。

「ちょっと! 店の中に入れなさいよ!」

「ふざけるのはその格好だけにしてください。この店は、英雄【迅雷白牙】のパートナーで大魔導師であるインドラ様が店長のために建てられた、魔導具の粋を極めたこの国随一の商店です。客になりたいと願う人など、王都にあふれかえっているのですよ。片田舎から出てきた無礼で厚顔無恥の田舎夫婦が簡単に入店出来る店じゃないんです。とっとと田舎にお帰り下さい」

 痛烈に言っているわ、バロック、かっこいい!

 キレたらしい女が副店長につかみかかろうとしたけれど、直後にけたたましい悲鳴をあげました。

「じゃじゃーん! ヒーロー参上!」

 危害を加えられる前にリョークが割り込んだのです。

 相手の女性はリョークを魔物と思って悲鳴をあげたのでしょう。

「バロックさーん、お助けします?」

「そうですね、お願い出来ますか? 追い払って下さい」

「あいさー!」

 あとはバロックとリョークに任せ、私は店の中に入りました。


 リョークってかわいい。

 インドラ様がかわいがるのもわかるわ。

 私も疲れたときに話し掛けてしまうもの。

 返事が斜め上で面白いのですよね。

 最近は、ホーブともちょっと仲良くなりました。

 インドラ様がおっしゃった通り、話し掛けてかわいがると懐いてくれます。

 もっと仲良くなりたいです。

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