第290話 お友達からはじめましょう?
私はアレク殿とともに店に入った。
中に入ってすぐにホーブを呼ぶ。
「このお客様に、ベン君か副店長をつけてくれ。酒販売ルームに案内する。手が空いてないようだったら私が案内すると伝えてくれ」
「かしこまりました」
私とホーブとのやりとりを見たアレク殿が、びっくりして尋ねてきた。
「今のは、噂のゴーレムですか?」
「噂のゴーレムです。主に店のメンテナンスと警備ですが、連絡事項を伝えることも出来ます」
多忙な従業員をつかまえて使い走りさせるよりも、ホーブに頼んだ方が楽だしスピーディだもんね。
アレク殿と話していると、すぐホーブが戻ってきた。
「どちらも接客中でした」
「では、終わり次第来るように伝えてくれ」
恐らくアレク殿は金づるだから、二人に挨拶させたいのよ。
アレク殿は最初こそ大人しかったが、酒販売ルームに至る前に壊れた。
公爵ほどじゃないけど、興奮してあっちこっちフラフラして、到着するまでに三十分くらいかかったよ。
でもって、酒全種類をお買い上げ。
馬車がないとつらそうだけど、大丈夫なのかな?
そう心配したらアレク殿、得意げに言い放った。
「冒険者必須の、重量軽減マジックバッグを毎回持って歩いているのだ! いつ一般開放されるかわからないから、準備は怠らなかった!」
ソウデスカ……。
うん、キミ、絶対に公爵と気が合ったでしょ!
アレク殿はその後も、あっちこっちフラフラ見回り、平民がいても何のその、にこやかに挨拶まで交わしている。
わぁ。すごいや、あんな貴族ってショートガーデ公爵だけだと思ってた!
そういう意味では、平民に紛れられる性格ではあるのか。
平民ぽい格好をしてもにじみ出る気品をなんとかすれば溶け込めそう。
二階の、ある意味戦場である化粧品コーナーでも、せっけんと基礎化粧品ゲットしていた。すーげー。
食器も買ったし、大丈夫かな、散財しすぎじゃないか?
三階でも食料品をいくつか買って、ようやく休憩。
VIP用ソファ席を使うとホーブに伝え、ドリンクはサービスした。
「貴族の方ですと紅茶は飲み慣れていると思いますので、ちょっと変わったものをお出しします」
紅茶を淹れてアレク殿に出す。
アレク殿はカップを手に取り、匂いを嗅いで驚いたようだ。
「これは……」
「フレーバーティーと言いますかな。乾燥させた果実を、紅茶に混ぜて抽出したのです。落ち着きますし、香りも良いでしょう?」
アレク殿は私を見上げると、ニッコリ笑ってうなずいた。
「インドラちゃん、今日はいろいろとありがとう。君と出会えて良かった。めくるめく素晴らしい一日で、私は今日を忘れないだろう」
私、アレク殿のセリフに固まった。
…………すっごいキザなこと言い出したけど。
なんかソードのセリフを彷彿とさせる。
そういえば、こうやって落ち着いた感じはソードっぽいよな。
…………とか考えていたら。
「アレク!?」
その声に振り返ったら、ソードが驚いた表情でアレク殿を見ていた。
「ソードか。……もしやアレク殿と知り合いか?」
私はソードに聞いたが、ソードはがく然としながら私とアレク殿を指してぷるぷる震えている。
ソードの代わりにアレク殿が答えた。
「実はそうなのです。昔、ソード殿には助けていただいたことがありましてな」
へぇ。でも、助けた方のソードが覚えているとは珍しい。
ソードは、しばらくしてようやく言葉を絞り出した。
「…………お前等、なんで?」
アレク殿がにこやかに答える。
「この店が気になってな、いつか一般開放されるかもしれないとちょこちょこと見に来ていたのだ。そうしたら、こちらのお嬢さんに声をかけられ、案内をしてもらうことになったのだ」
私は補足説明した。
「なんというか、建物を見る目のキラキラ加減がお前が新しい子を見たときとか、ショートガーデ公爵が見たことがないものを見たときの反応にすごくよく似ていて気になったのだ。品も良く穏やかな方で購買意欲もある、顧客として案内しても大丈夫な方だと判断して、私が自ら案内した。手が空いていたら店長もしくは副店長をつけたかったのだが、接客が長引いているらしい」
ソードは放心して私たちを見ている。
ソードの様子に私は首をかしげた。
「どうした? お前も知り合い……しかも親しげに呼ぶ仲のようだから、悪い知り合いでもないのだろう? ……あ、でもシャドって例もあったか」
アレク殿がピクリと反応した。シャドとも知り合いかな?
ソードも、シャドの名を聞いたら復活したようで、頭をかいて気を取り直したように言った。
「……確かに悪いやつじゃないよ。シャドも、腹黒いし陰険ドSだけど、王様思いなやつで悪いやつってワケじゃないから。お前だって、ちょっとスパイされただけじゃないかよ」
まぁそう言われればそうだけどさ。
「…………で、どうだった?」
ソードに変なことを聞かれた。
どう、ってなにがだろうと、私はまた首をかしげる。
「たくさん買ってもらった。本日の購買客ナンバーワンじゃないか? 歴代ではあの飾られてる瓶と化粧品を買った女性客がナンバーワンだが、ナンバーツーかスリーくらいにはなりそうだ。――と、いうわけで、上得意客の方だ。店をご覧になった反応も、ショートガーデ公爵に匹敵する感動っぷりで、非常に好感が持てるお方だな」
アレク殿がゲホゴホ咳き込んだ。
「……あぁ、お前とジェラルドは気が合うもんなー」
ソードはね、追いかけ回されているからね。でも、私には普通の人だし。
なげやりっぽいソードの声に私は返した。
「スカーレット嬢とも友人だが、ジェラルド殿も友人だ」
だって、ラーメンに怖じ気づかないで啜って食べ、貴族よりも冒険者の方が素敵な職業だと言う人だもの。
「では、私とも友人になってくれますか?」
アレク殿が立ち上がって私に手を差し出した。
「ジェラルドとは友人でしたが、お互い家業を継いで、昔のようなやりとりが出来なくなってしまったのです。それでも私は友人だと思っています。そのジェラルドの友人の貴女と、私も友人になりたい」
私は首をかしげ、しばし思案したが、
「……ではまずお友達からはじめましょう?」
と、アマト氏とスカーレット嬢ならわかる返しをして握手した。
「え? おい……」
ソードが止めるべきか悩んでいるような仕草をしたけれど、結局止めなかった。
まぁ、今更貴族のお友達が増えてもどうってことないよ。
私は私だから。
それにこの人、平民のフリをしているから、私とも平民として交流したいのでしょう。
そう思っとこ。
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