第289話 お客さんをナンパしたよ
翌日から、ベン君の昔からの取引客を招待した。
招待した当人とその同伴客が対象だ。同伴者は十五歳未満お断りでお願いした。
この店に入った子供が浮かれて何をしでかすかわからないからね。子どもに自制心を求めるよりも入店させないほうが双方にとって良いでしょう。
まぁ、大人も何をしでかすかわからんけどね! それでもベン君が招待する客が、物をぶっ壊すような真似をするとも思えない。
数日経ち、招待状を受け取った富裕層の人たちがチラホラと現れて、中に入って絶句していた。
そして、日が経つにつれて貴族からの問い合わせの手紙が雪崩のように降りそそぎ始めた。
ベン君の妹プミラ嬢が片っ端から読み、仕分けして、お返事を書いているよ。――うん、婚約者のことなんてもうぶっ飛んでいるくらいに忙しそうだ。
公爵たちがものすごい自慢してくれたのだろうね。
ありがたいけれど、プミラ嬢の負担がすさまじいことになっているぞ。
直接押しかける貴族もいる。だが、貴族客を迎えるに当たっての事前準備が整っていないので追って連絡します、と伝えて追い返している。
ゴネそうな客は、私がリョークとホーブとともに赴き説得する。
大体、私とリョーク、ホーブが現れると、
「ヒッ!」
って声と共に後ずさるのがデフォ。
「Sランク冒険者パーティ【オールラウンダーズ】のインドラだ。この店は、私とソードが懇意にしている商人のために私たちが建てたものでな、平民の私が平民相手の店を作ったのだ。ただ、私の友人にスカーレット・ショートガーデ公爵令嬢がおり、いろいろと協力してもらったので、ご家族と友人知人を招いてお披露目をしたことがある。
……まぁ、それで貴族向けの商店だと勘違いされたのかもしれんが、基本は平民向けだ。貴族には売らん、などとは言わないが、貴族に対しての礼節など持ち合わせていない平民の従業員が対応する。
店も平民向け、従業員も平民向けなので、貴族への招待は、もう少し時間をくれ。よもや平民と一緒にはっちゃけて買い物するというわけでもあるまい? そうするつもりだったと言われると困るが、それだと平民客の方が萎縮するので、遠慮願いたい」
皆、これで引き下がる。
粘る人皆無。というか、ガクガクとうなずきおびえて逃げるように帰るのだが……。
「恫喝すらしてないのだが、何にあれほどおびえているのだろう?」
私が首をひねると、副店長のバロック嬢が教えてくれた。
「すっかり見慣れましたけど、警備ゴーレムはパッと見る限りは魔物です。あと、ホーブも、数がそろうとかなりの圧を感じます」
らしいよ。
やはりというか、問い合わせ殺到、押しかけも殺到しているので、従業員だけではさばききれないし、ベン君もすぐに仕入れに行かないと落ち着く前に売るものがなくなる! らしいので、私たちは落ち着くまでしばらく滞在することになった。
ソードは王都の依頼を片付けまくりつつ店の警備。私はごねる客をなだめる係。
現時点では、見に来るだけの人もものすごく多い。いつも店の周りは人だかりが出来ているのだ。
――そんな中、一人、目立つ人がいた。
平民のような格好で気配を殺して見ているんだけど、絶対貴族だよねーって外見なのだ。
すっごいキラキラした目で、何度も通って見ている。
おじさんだけど、瞳だけは少年のよう。
入れないのがわかっているのだろう、店に押しかけることはなく物陰から見ているその人は、どことなくショートガーデ公爵を思い出させるのだよね。
……そう。彼ってショートガーデ公爵っぽいのよ。
縁があれば招待してもらえたのにねー。
勘だけど、たぶん君たち気が合うよ!
あまりに気になったので、私はそのおじさんに声をかけてみた。
「もし。貴殿は、どなたかの同伴でおいでにならないのですかな?」
おじさん、突然現れ声をかけた私に超ビックリしたみたいで、飛び上がった後、私を見て困った顔をした。
「……いや、そう出来たらそうしたいのは山々なのだが、私には伝手がないのですよ、お嬢さん」
パチクリした後、今度は私がびっくりした。
初見でお嬢さんと言われた!
今現在、冒険者の格好をしている。つまりはパンツを履いているので、大体が美少年に勘違いされるのに!
貴族のおじさんって、やっぱり見る目があるんだなー。叔父も私を男装の美少女だって一発で見抜いたしね!
「そうですか。貴殿なら伝手がありそうですが……。その格好といい、お忍びですかな?」
「えっ?」
驚く貴族のおじさんに笑いかけた。
「いや、平民のフリをしているようですが、さすがに無理があります。お忍びの貴族の方にしか見えません」
貴族のおじさんはポカンとした後、照れ笑いして頭をかいた。
「……やはり、無理がありましたか。ですが、貴族が頻繁に観に来ては、いろいろと体裁が悪いものでして……。平民のフリをしたら、そのうち一般開放されたときに入れるのではないかと狙っておりました」
そんなに入りたいんだ?
「何をお求めですかな?」
私が聞くと、おじさんは開口一番に言った。
「まず酒と」
わぁ。やっぱこの世界の人お酒好きー。
「他にもいろいろ見てみたいのです。建物自体がまず興味深い。あと、あの箒」
お、客寄せパンダの箒がやっぱり気になるのか。
「あれは非売品ですよ」
私が伝えると、おじさんはうなずいた。
「わかっています。でも、間近で見てみたいのです。他にも、いろいろ」
…………。
これは……もしかして、公爵の知り合いかもしれないな? 何かしら話を聞いて、自慢されたかして来たような雰囲気だな。
「……酒の価格はご存じですか?」
冷やかしは駄目だよ?
と思って聞いてみたけど、おじさん、しっかりとうなずいた。
「もちろん伺いました。購入した者に、散財しすぎたと嘆いているフリをした自慢をされましたから」
あ、やっぱりそうなのか。ショートガーデ公爵の知り合いだなこの人。似た者同士っぽいもんね。
私はあごをなでて、ちょっと思案した後おじさんに言った。
「…………ふーむ。そうなれば、私が招待しましょう。貴殿は品のある穏やかな方ですから、従業員の接客がなってないと怒り出す可能性はないと判断しましたので。買う気があるのでしたら売る方は儲かりますから、冷やかしでないのでしたらご案内いたします。ただ、平民に交じって買うことになりますが、よろしいですかな?」
おじさん、目をパチクリさせた。
そして、破顔した。
「もちろん! 感謝しますぞ! ――お嬢さん、名前を伺っても?」
「私はインドラと申します。Sランク冒険者パーティ【オールラウンダーズ】、『英雄ソードのパートナー』の方が通りが良いでしょうか」
おじさん、絶句。
フリーズして、ちょっとしたら戻ってきた。
「…………そうですか、貴女が…………。いや、噂に聞いていますぞ? 英雄【迅雷白牙】がパーティを組んだ、そのパートナーは天才にして大魔術師の大魔導師だと」
「ふむふむ! そうですか、そうですね。真実が正しく噂になってるようで何よりです。ついでに美少女だったと付け加えていただけると助かります」
私の返事におじさんが笑った。
「貴殿のお名前をお伺いしてもよろしいかな?」
おじさん、ちょっと黙ったが、
「……アレクと申します。平民のフリをしているので、姓はご容赦願いたい」
と、丁寧に名乗った。
「わかりました。ではアレク殿、私のことは『インドラちゃん』もしくは『お嬢さん』と呼んでいただけるとうれしい」
アレク殿が闊達に笑った。
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