第286話 エリーさんはモッテモテ

 満足したらしいエリー殿が下りてきた。

「……売るつもりはないのか?」

「美女が空を飛ぶのは絵になるが、貴女がそれを手にしたら、他にも欲しくなる人間が後を絶たなくなる。あくまでも店に飾るための玩具を作ったのだ。申し訳ないが諦めてくれ」

 断ったら引いてくれた。

 ソードよりも諦めがよくて良かった。

 ホッとした私を見て、クスリ、とエリー殿が笑う。

「うむ?」

「……さすが貴族の下地がある、と思ったのです。私を前にして世辞が出る方はそうはいませんよ」

 エリー殿がおかしなことを言うので、私は首をかしげた。

「私は世辞など言わないぞ? 思ったことを正直に口にする。社交辞令は通用しないタイプだ」

「平たく言うと、ナチュラルに口説くよね」

 ソードが変なことを付け加えた。

 エリー殿は揶揄するように聞いてきた。

「ほう? 私は美しいか?」

 私は真顔でうなずく。

「美女ですね。ご自身でもそう思うでしょう? 凜々しさのある美女ですので、結婚前はさぞかし女性に人気があったのではないでしょうか」

 エリー殿、黙った。どうやら図星らしい。

 今度はソードが揶揄するように言ってきた。

「お前も女性に人気のある美少女だもんな」

「うむ! 男は私ほどの美少女だと気後れするらしくめったに口説かれないが、かわいい女性には非常に人気があるな!」

 ふんぞり返るとソードとエリー殿に笑われ、スカーレット嬢は残念なものを見る目になってつぶやいた。

「……インドラ様は、本当に残念な部分のある方ですわよね。そこが楽しくて良いといえば良いのですけど」

 ソードに乱暴になでられる。

「拠点のメイド嬢たちにめちゃくちゃ甘やかされてるからな。うぬぼれと残念さにすっげー磨きがかかってんだぜ? 俺が照れて告白出来ないって根も葉もない話を、誰に吹き込まれたんだよ?」

「メイド嬢たちが言ってた! 私ほどの美少女になると、男は気後れするのだと! ソードなんて照れすぎて私の前に立つとぞんざいに扱ってしまうと!」

「「「…………」」」

 あ、スカーレット嬢だけじゃなく、ソードとエリー殿までが私を残念なものを見る目になったぞ?

「……その設定はそそられますけど、たぶん絶対に違うって私でもわかりますわ?」

「その前にハッキリ言っておくけど、違うぞ?」

「……ソード、なかなか面白い少女と組んだではないか。――スカーレット、貴女はまさかメイドが褒めたのを鵜飲みにしてないわよね?」

「大丈夫ですわお母様。このように鵜飲みにする方は、恐らくインドラ様だけかと思いますわ」

 なんか言われたー。


 ふと、エリー殿が私を振り返り言った。

「貴女が男だったら、是非スカーレットをもらってほしかったのですが……残念です」

 スカーレット嬢が驚いている。ソードは私を見て、軽く肩をすくめてみせた。

 エリー殿は悲しげに顔を伏せる。

「……第一王子の婚約者としてずっと努力してきていたのにあんなことになってしまって、婚姻を進めた私も夫も後悔してるのです。――でも、スカーレットは貴女と出会って救われました。何より、貴女といるスカーレットはとても楽しそうだわ。貴女が男だったなら、絶対に諦めませんでしたけど」

 うん、私は女ですからね。

 私はエリー殿に向き直ってお断りした。

「それもありますが、私は独身主義なのです。性別問わず、誰かと結婚する意思はないのですよ。冒険に飽きたらどこかドラゴンのいない浮島を見つけて、そこでゴーレムたちとひっそりと暮らそうかと思っています」

 エリー殿が目を見開いた。

 スカーレット嬢は手を打ってはしゃぐ。

「あらファンタジー! 浮島がありますの!?」

「らしいぞ。ソードから聞いた。……だが、現実の浮島はドラゴンの巣で糞だらけのようだ」

 私はスカーレット嬢とテンションを下げた。

「……現実ってそんなものですわね」

「まったくだ……」

 私たちの様子を見てエリー殿が笑った。

「貴女から聞く冒険者の話は素晴らしく楽しいな。空飛ぶ箒も、浮島も、夢がある」

「冒険者というのは私にとってはそういうものなのです。未知を探検し腕の鳴るような強敵と戦い奇想天外な発見をする、それこそが冒険者だと思ってるのですが……」

 エリー殿は笑うと、ソードを見た。

「ソード、お前は本当に良いパートナーを見つけたな。正直、羨ましいぞ」

 ソードが笑った。

「俺も、Sランクまで上り詰めてようやく冒険者とはなんたるか、冒険とはなんたるかがわかったよ。……楽しいよ、冒険者って職業は楽しいんだって、ようやくわかった」

「ショートガーデ公爵は、最初からわかっていたようだったぞ?」

 私がツッコむと、エリー殿とソードが黙った。

 そして同時にため息をつく。

「…………まぁ、あの人は、生まれが悪かったと諦めてもらうしかありませんわ。正直、私だってわからなくもありません。王女の近衛騎士を辞めるとは思いませんでしたし、もしも平民に生まれていたら貴女と同じ道を選び、楽しんだでしょうけど……。でも、今を後悔したことはありません。それはジェラルドもそうだと思いますわ」

 それを聞いて思った。

 やっぱりこの人はカッコいいな。

 スカーレット嬢は絶対深層心理でこの人を理想としてると思う。

 こんなカッコいいお母さんがいたら、理想にしちゃうよ!

 って考えてスカーレット嬢を見たら、赤くなって膨れてそっぽを向かれた。

「……お母様は確かに理想的な人ですけど、お母様はお母様ですから!」

「ん? どうかしたか?」

 エリー殿が尋ねてきたので、私は答えた。

「貴女のような母親をもったスカーレット嬢は、理想とする男性のハードルが高そうだと思ったまでです。あ、王女の近衛騎士だったと聞きましたが、王女様は大丈夫ですか?」

「…………」

 エリー殿が視線をそらした。大丈夫じゃないようだ。

 しばらくして、エリー殿が答えた。

「…………私よりも強く凛々しい男でない限り結婚しないと、いまだに駄々をこねているようです」

「「ワーヲ」」

 スカーレット嬢と声をそろえた。

「一度、ソードに白羽の矢が立ったのですが」

 マジか!? 下手したら王族になっていたのか!

 ソードを見たら、嫌そうに顔をしかめていた。

「絶対嫌だと頑張った」

 頑張ってどうにかなったのか。

「良かったな」

 私が言うと、ソードがエリー殿を顎をしゃくるように見た。

「つーか、エリー目当てだろ。俺は当て馬だからな」

 あー……なるほどね。私、納得。

「それはもう諦めて王女様は独身を貫いた方がいいな。待っていればいつか凛々しい女性が近衛騎士になってくれるだろう」

 男の娘じゃ駄目なパターンだもんね。

 凛々しい女性じゃないと絶対駄目だと思う。

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