第231話 イワナとの会話を終えて〈ソード視点〉

 特に、俺のメンタルを削るような話は出なかったのでホッとした。

 で、インドラを送ると称していったん離れる。

「やっぱり優しいのね」って言われたけど、ごめん、それを理由にシャールに行ってインドラの料理と酒にありつこうとしてるだけ。

 離れてから、

「……どう思った?」

 ってインドラに感想を聞いてみた。

 ……あっ、つい聞いちゃったよ。

「ふむ。……なかなかしたたかな女性だな、今のイワナさんは」

 ってインドラが返してきた。

「……強か?」

 何だソレ?

 つーか、俺、イワナについてどう思ったかなんて聞いてないけど?

「うむ。もちろん褒め言葉だぞ? 我が妹とは似て非なる者、といった感じだな。――親がおらず、姉妹で孤児院に暮らし、恐らく生活を支えてくれていた姉に感謝をしつつも、姉にコンプレックスを抱いている。彼女自身も美しいが、察するに姉はもっと美しかったのだろう?」

 うわ、そんなことまでわかっちゃうの?

 コイツってすごい。

「美しく頭も良く要領も良い姉がいた。その姉の才覚で自分は生かされているのだという自覚もあったが、それ以上にコンプレックスがあった。だから、姉が死んで、これからどうしようと悩むよりもコンプレックスが消えて、それをバネに自分を磨き、そして姉ほどではないがそれなりの美しさとそれなりの暮らしを手に入れた。女の武器というものも理解し、自分には姉ほどではないにしろ備わっているのも自覚し、それをわきまえつつ控えめにかつ大胆に使ってくる。なかなかに強かだ」

 …………。

 うん、わかんねぇぞ!

 女の武器ってなんだよ!?

 いつどこで使ってきたんだよ!

「まぁ、だが、かつての恋人に似た女性になら、お前の情緒も揺れ動くのかもしれないな」

「ちょっと待って。俺、今の今までこれっぽっちも揺れ動いてないから。会話が当たり障りない感じで終わってホッとして、これからお前の手料理を食べて酒を飲む算段だから」

 インドラがポカンとした。

「……彼女の部屋に行かなくていいのか?」

「どうしてそうなった」

 なんで俺がルーナの妹とどうにかなる予定になってんだよ!?

「……うむぅ? 彼女が『アナタの帰りを部屋で待ってるね』と言ってたではないか。お前もうなずいていただろう?」

 インドラが首をひねる。俺は眉根を寄せて聞いた。

「だから何? 俺、宿泊客だし、彼女は住み込みで働いてるって言ってたじゃん。単にそれだけだろ?」

 インドラが首を横に振った。

「いや? 帰ったら、全裸の彼女がベッドで待ってるぞ?」

「俺、今日はシャールに泊まる」

 何ソレなんでいきなりハニートラップ?


 インドラに帰れと言われたが頑として拒みインドラにしがみついて居座った。

「私が全裸でベッドに横たわってやるぞ!?」

 っつって、インドラは多分脅してきたんだろうが、

「お前のずん胴な全裸なんか見慣れてる上に、『腹、壊すぞ?』って優しく毛布を掛ける情緒まで備わってるぞ俺は」

 笑顔で返してやったらインドラがキーキー怒ったので笑った。


 で、インドラの手料理を食べつつエールで乾杯ナウ。

「お前は、ホンット女に甘い! つーか弱い! お前こそハニートラップにひっかかりまくり!」

 俺がそう言ったら、インドラは胡乱げな顔でこっちを見た。

「……なぜ今その話が出る?」

 否定しないし。

 コイツは男に生まれつかなくて不幸だったよな。

 いやむしろ幸運だったのか?

「お前は料理も天才的。いっくら前世の知識があるからって、そううまくはいかねーって、アマトもスカーレットも言ってたじゃねーか。でも、お前の料理はうまい。俺はもうお前の料理しか食えないほどにな。……なのに、お前、イワナの手料理をちゃんと食べてただろ? 料理人からもよー、お前の方が料理の腕前が数段上だったのに料理人の料理を残さず食べてたって聞いたぜ? 料理人が申し訳なかったって思ってたって……」

 失言だったのか、インドラが悲しそうな顔になった。

「お、おい? 俺は、お前の料理がうまいから、食べたいって……」

「ん? ……うん。ありがとう、ソード。……そうか、料理人はそんなこと言ってたか。そういうつもりはなかったんだが……」

 悲しげに言う。

「い、いや? でも、しかたねーだろ? お前の料理はホントにうまいし」

 インドラが甘えてきた。

 ので、よしよしとなでる。

「……料理人の料理だって、ちょっとダシが薄いかなとは思ったが、それでもおいしいと思って食べていた。それは、この世界のスタンダードだから、素材の味を大切にした味なのだろうと思っていた。確かに私は知識があるので、人間がうまいと思う刺激を理解して、それが味わえるような料理を作っている。でも、知らなかったとしても、丁寧に、おいしいと思ってもらえるようにと一生懸命作る料理はおいしいと思うんだ。

 ……イワナさんの料理も、すごく丁寧に作られていた。お前に食べてもらいたい、おいしいと思ってほしい、そう感じられる料理だった。お前が私への誓いのように私の料理をおいしいと食べてもらえるのはありがたいが、だけど、他にもお前に食べてもらいたいと作る料理があるのは、知ってほしい。……でないと、私の料理が、お前の義務感と強迫観念でおいしいと思うと錯覚しそうだ」

「違う」

 最後の言葉を即否定した。

「俺は、アマトに嫉妬するほど、お前の料理をうまいと思ってる。俺が一番思ってる。……だから、しかたねーだろ、お前の料理が俺にとっちゃ至高なんだからよ。で、その料理を作るお前は、俺の相棒で、いつだって頼めば作ってもらえるんだから。他にどんなにすっげー腕前のやつが現れようとも、ソレを食べたとしても、俺はお前の料理が一番なんだ。別に義務でも強迫観念でもねーよ、それは、俺の中の決定事項で、未来永ごう絶対に覆されない当たり前なんだよ」

 抱きしめた。

「お前は料理人だし、だからこそ作り手の気持ちがわかって俺に言うんだろうけど、俺は、お前の料理が食べたいし、お前の料理よかうまいものはないって思ってる、それは俺の気持ちだ。だから、そこだけは譲れねぇ」

「…………うん」

 短く返事してきた。

 これは、デレたときになる返事。

 いっつもふてぶてしいけど、たまーに恥ずかしがってそっぽ向いたり顔を隠して短く返事したりする。

「……だからよ、イワナには悪いが、俺はお前の料理が食べたくて、他の料理は義理では食べるけど、それ以上の感情は無理だ。俺の至高の料理はお前の料理だからな。もちろん、料理人の料理だってうまいぜ? 何せお前直伝の腕前だからよ。でも、それでも、お前の作った料理の方がうまいんだ。わかったか?」

 もはや返事せずに小さくうなずくだけ。

 これ以上言うと暴れ出すか泣き出すかしそうだからやめて、よしよしとなでてやった。

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