第221話 〈閑話〉スカーレットと自慢の魔導具たち 十

 ――スカーレットは、両親からの手紙と級友たちからの噂で、エリアス王子が王子ではなくなり、なんと! スプリンコート伯爵の養子になることが決定したと知らされた。

「…………それなら、婿養子に行けばよろしかったのに。運のない御方ですこと」

 としか言えなかった。


 養子になりスプリンコート伯爵家を継ぐのなら、血縁のある女性と婚姻を結ばなければならないだろう。

 それこそプリムローズで良かったのに。

 だが、借金を返せずどうしようもなくなった父親が、プリムローズを平民の富豪に返済手形と交換で売ったのだ。

 どうしようもない父親だな、インドラ様はなんでこの父親を殺さないのかしら? と物騒なことを考えた。

 プリムローズのことは嫌いだったが、借金の形に売られたのを喜ぶほど嫌ってはいない。

 えん罪で陥れられそうだったが、実際、誰かにいじめられてたのは確かなようだし。

 ただ、なんでいじめた相手じゃなくて自分を陥れようとしたのかは謎だけども。

 ディレクとエリアス王子が言い出したのかもね。

 エリアス王子はそうでもしなければプリムローズと結婚出来ないことをわかっていただろうし、ディレクは特に、ゲームでもこの世界でも私のこと嫌ってたもんね。

 二人が共謀して私を犯人に仕立てあげようと考えたのだろうな。


 虚偽の発言をした令嬢は、インドラ様が「死んだかもしれないがまぁしかたがない」ような目に遭わせたあと、死なずに済んだらしく意識を回復し、泣きながらディレクを責め公爵家と自分の父に取りなしてくれとすがったが、激昂したディレクにさんざん殴られ蹴られされ、大ケガを負わされたそうだ。そして、バケーションの間に罪の重さに耐えかねて自害したらしい。

 ディレクはえん罪の実行犯だったため、父親の騎士団長は息子の責任を取らされて騎士団長の任を解かれ警備騎士として辺境に追いやられたそうだ。夫と息子のDVに悩まされていた奥さんはこれ幸いと離縁して実家に戻ったそうな。

 肝心のディレクは、父親についていく以前に、勘当されて平民になっている。

 インドラ様でもプリムローズ様でもなく、私を!恨み、何やら賊と手を組み私を襲う計画を立てていたらしいけど、密告があって捕まった。

 牢屋に入れられ、死罪を言い渡されている、と母から聞いた。


 エリアス王子は、もうどうしようもない。

 まさかスプリンコート伯爵の養子になるとは思わなかった。

 確かに、彼が王に就いたとき嫌がらせされるかもと懸念したのだが、その前に父が手を打ったようだ。


 ……どうしてそこまで自分を嫌ったのか、いまだに分からない。

 嫌いなのに、男が取り巻きにいると尻軽女と批判する。

 自分だってやってることだろう、と言ってやったが、お前とローズを一緒にするな嫉妬は醜いぞ、と言われて終わる。

 つまり、話がかみ合わない。

 今となっては本当に!ドコが良かったんだろうと首をかしげるほどに未練が無い。


 ……などとつらつら考えつつ、インドラから教わったジャガイモ(らしき芋)とサラミ(インドラからもらった)のハーブサンドイッチをモクモク食べていたら、誰かが近くに立った。

「……スカーレット様のランチは、本当においしそうですね」

 話し掛けられたようなので見上げると、最近よく見かける顔だった。


 男子だが、タブレットに目をむいて、遠巻きに凝視してくるのだ。

 かわいそうなので少し使わせてあげたらものすごい喜びようだった。

 今度はサンドイッチを凝視してる。

 自分のどこも見ていない。サンドイッチだけ!を凝視してる。


 呆れるを通り越し、笑ってしまった。

「えぇ、おいしいわよ。これもインドラ様に教わったものなの」

「……またもやインドラ様ですか。僕も、勇気を出して話しかければ良かったです。あの方がそんな素晴らしい方だと知っていれば、どんな怖い目に遭っても話しかけたのに……」

 すごく残念そうに呟いた。

 確かに、初日から貴族を拷問したり王子をこてんぱんにやっつけたり、喧嘩を売られるために校舎中を(しかも廊下の真ん中を)練り歩いたり、どこの不良だ、と言いたくなることをやらかしている。

 誰もが平民のくせにと見下さず、ちょっとでも近付いたら何をされるかわからない、と魔獣扱いされ、魔族よりデーモンよりも恐ろしい存在だと言われていた。

 ――そんな人間に、誰が話し掛けようか。

 いや私は話し掛けて仲良くなりましたけどね。

 と、スカーレットが心の中でツッコミを入れた。

「私は……と言いますか、女性一般には紳士的な方ですからね。男性は怖がるでしょうけど、私にはその理由がありませんでしたから」


 妹に対しても、結構ひどい目に遭わされたはずなのに邪険にしつつも手を挙げたりしていない。

 ソードの剣戟けんげきから身をていしてかばったりしていた。

(ある意味尊敬するわね。いくらマナーが完璧だからって、女だからって理由で優しくするとか許すとか、どんな紳士だよ……あ、『かわいいは正義。』って言ってたから、かわいい子には誰にでも優しいのか。って待てよ? それだと、私は『かわいい枠』に入ってるんだ!)

 スカーレットが思わずニヤけてしまったらけげんな顔をされ、慌てて咳払いした。

「……でも、物欲目当ては下品じゃありません事? 下心が透け過ぎてますわよ?」

 そう言ったら赤くなった。

「そうですよね……。でも僕……彼のように色々知っていて色々作ったりしてる人を尊敬してるんです。僕も色々作ってみたくて……」

 スカーレットはその発言を聞いて、まじまじと彼を見た。

 彼は、エンジニア志望らしい。

 どの程度やれるのかわからないが、作りたいという熱意がもしも本物ならば、手助けしてもいい。

 そうして、うちの公爵領を発展させるのだ!


 ――今の時点では、スカーレットは嫁には出さないと言われている。

(私に期待されているのは公爵領の発展。後継や経営はまだ誰かは決まってないけど、私が出ないことはほぼ決まりらしい。婿養子を取って公爵家を継ぐか、公爵家を継いだ者を支え公爵領に残るか、どちらかになるだろう、と手紙には書いてあった。なら、切り捨てられないようにコネクション作りと人材発掘をしなくては!)


 顔とかはもう、どーでもいい!

 腕と頭脳をよこせ!

 公爵家の礎になる人募集中!


 ……と結論づけてニッコリ笑った。

「あら? それなら私、少しはお力添え致しますわよ? 貴男に失敗してもくじけない心の強さがあるのなら、いろいろ試してもらいたいのです。私も、インドラ様ほどではありませんが、少しは英知を持ち合わせているので。……ただ、インドラ様と違ってそれを作りあげる技術がないのです」

 彼の瞳が輝いた。

「お名前、お伺いしてもよろしいかしら?」

「ぼ、僕は、サム・オータムマウンテです」

「よろしく、サム様」

 スカーレットは手を差し出した。

 サムが慌てて手をズボンで擦ってから、そっと握ったのに、笑った。

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