第220話 〈閑話〉スカーレットと自慢の魔導具たち 九

 王宮の使者は、アリオス・サマーソル公爵令息だった。

 二十代前半、もう少ししたら公爵を譲られるだろう。

 今は経験を積むため、父親の手助けをしているらしい。

 無表情に挨拶を交わす。

「王宮からの通達です」

 サマーソル公爵令息は、冷たい表情でエリアス王子を見た後、書状を読み上げた。

『エリアス・フーランド。

 貴殿はショートガーデ公爵令嬢であり貴殿の婚約者であるスカーレット・ショートガーデを、別の女を王妃につけたいがためえん罪を画策し、ディレク・コビーニと共謀して公衆の面前で断罪し、ディレク・コビーニに命じて暴力で屈服させようとした。

 さらに、そのことを悪びれず反省もせずに「お飾りの婚約者だ」とうそぶき、おとしめた。

 そのような暴挙に出る者は国王にはふさわしくないと王及び議会が満場一致で可決し、貴殿を廃嫡とする。

 下賜先は、スプリンコート伯爵家。その養子となり、決められた女性と婚姻を結ぶこと』

 読み終わると書状を優雅にまとめる。

「以上、これが王宮の沙汰となります。……寛大な処置で良かったですな?」

 エリアス王子は冷笑され、クラクラした。

 自分は生まれたときから王位継承が決まっていた第一王子だ、腰掛けに過ぎない現王には自分をどうこうできる権限など無いということを冷静に諭すつもりが、頭に血が上りすぎて無理だった。

「か、寛大な処置、だと? ……ふざけるな! どこが寛大な処置だ! 大体、お前たちに何の権限がある⁉」

 相手の冷笑が消えた、と思ったらエリアスは地面に転がっていた。

 殴られたのだ。

「これはこれは、確かに。王妃になるべく血のにじむ努力をなされていたスカーレット様がさじを投げ王妃を諦めただけある方だ。このような人間が王になったら大変なことだったな。……三大公爵家の意見としては、幽閉するべしと、特に被害者の父であるショートガーデ公爵が強硬に言い立てておりましたが、現王は慈悲深く、下賜先があるならば、そして通達通りに出来るのであれば貴族としての自由を与えようとおっしゃったのだ。貴殿は、本来なら幽閉されていたのだよ? 今ここに来ているのが騎士団でなく私で良かったと涙し感謝すると思ったが……」

 侮蔑の顔でエリアス王子を見下ろした。

「さて、権限がない? と、言われましたか? 何をもって権限がない、と言っているのかが理解不能ですな。今、誰が国を動かし、誰が政治を行っているのか、かつて第一王子だった方は、ご存じない、と。……これは驚いた。それはもう、王にふさわしくないと自ら宣言しているようなものだ」

 エリアスは殴られたのがわかったが、殴り返せなかった。

 ここで暴れたら、恐らく本当に幽閉されるだろう。

 騎士団を派遣され、武力で屈服させられる。

 唇の血を拭った。

 歯が折れたかもしれない。

「……その通り、私は第一王子だ。私は、父が早くに亡くなってなければ、私が王位に就く予定だったのだ! なのにあの男が、王位に就く年齢ではないと言い立て、王位を簒奪したのではないか! 第一王子の私を、王位に就くはずだった私を、どうして簒奪さんだつ者やたかだか公爵家がどうこうできるのだ⁉」

 沈黙が流れた。

 重く、痛いほどの沈黙だ。

 エリアスも、だんだんと上っていた血が下りてきて、まずいことを口走ったことがわかりだした。

 実際のところ本音だが、建前を使わなければならないことくらいはわかっていた。

 現王は人気がある。

 三公爵家全ては現王の支持派だし、他の貴族にも支持者が多い。というか、反対派は全て側近に粛清された。

「……その言葉、持ち帰り報告いたしましょう。そこまで自分を尊大に考えていたとは現王はおろか私たちも思ってもみませんでした。【第一王子】、それは現王をしのぐ権力者であり独裁者なのですね。いやはや、勉強になりました」

 言い終わるな否や、腹を蹴り上げられた。

「うぐっ」

 おう吐感が込み上げたが、必死に堪える。

 と、頭髪をつかまれて、持ち上げられた。

「ひとつ、教えてあげましょう。――王子なんて、いくらでも替えがきくんですよ。貴様が消えたら、別の誰かが第一王子だ。男子が王座に就かなくとも、王女と婚姻を結んだ男を王位に就けてもいい。替えの利く駒が、何を勘違いして独裁者気取りなのか。王子なんてね、第一だろうが第二だろうが、どうでもいいんだよ。『今誰が王か』しかないんだ。控えの王子たちは、政治を動かす貴族たちの操り人形。操られるまま醜い争奪戦を繰り広げて、勝ち残ったやつが王になる。貴様はすでに、王座争奪戦から転がり落ちたんだよ」

 エリアスが目を見開いた。

 そのまま頭を床にたたきつけられた。

「ぐっ!」

「……あのクズーノ・スプリンコートの、愛人の娘にたぶらかされた男に興味があって使者を買って出たが、騎士団に任せてしまえば良かったと後悔してるよ。――あぁ、貴殿もスプリンコートになるんだったな。そこで苦労してくるがいいさ。私の姉を手練手管で口説き、猛反対されても結婚したくせに、結婚後は姉を放り出して遊びまくり、愛人への仕送りにすら姉の金を使う! さらには、姉が亡くなった途端愛人の子供と共に屋敷に乗り込み、姉の子供を虐待した挙げ句、追い出す! 姉と公爵家をバカにしたようなその仕業、許しがたく憎しみで胸がはち切れそうだ」

 憎しみと呪詛の籠もった声でサマーソル公爵令息が罵った。

「あの家とあの男は我がサマーソル公爵家の、私個人の敵だよ。遊ぶことしか知らないクズは、ただでさえ身代を食い潰していたのに古くから仕えていた使用人の首を切り、更に窮地に陥ったらしいな。このままじわじわ潰してやる予定だったが、貴殿がさらに引っかき回してくれることを期待しているよ。……ま、私の報告を聞いて『幽閉後自害』とならない限りはね」

 サマーソル公爵令息は辛辣な言葉を残し、出て行った。


 エリアスは固まったまま、動けなかった。

 悔しさより悲しさがあふれる。


 ……自分は、キラキラとした幻を見ていたのだ。

 父がまだ生存していた頃、幼少期に優しく頭をなでられ、こう言われた。

「お前が次の王になるのだから、勉学を励みなさい。皆の期待に応えられるような王になりなさい」


 その言葉を信じ、支えにして勉学に励んだ。

 周りも自分が王になると思っていた。

 そう言われ続けてきた。


 だが、そのキラキラとした幻を、サマーソル公爵令息が木っ端みじんに打ち砕いた。

 貴族の操り人形。

 議会の連中が、自分たちをいいように操っている。


 ……たかが公爵家の娘をないがしろにしただけで幽閉か。

 だが、その公爵家の娘よりも自分は価値がないらしい。

 王子とは替えのきく駒で、自分は王座争奪戦から転げ落ちたそうだ。

 自分は誰よりも偉いと思っていたのは勘違いだったのだ。

 自分は公爵令息に暴力を振るわれても何も出来ないほど、あの傲岸不遜の平民よりも劣る存在だったのだ。


 ――それでインドラを思い出した。

 更には、サマーソル公爵令息の憎しみに満ちた顔。

 彼は、スプリンコート伯爵を憎んでいる。

 プリムローズのこともだろう。

 何しろ、インドラ・スプリンコートを……おいっ子を追い出した片割れだ。

 プリムローズは心配していたような口ぶりだったが、噂を聞く限りは虐待の片棒を担いでいた。

 それでなくても、公爵令嬢の持参金でぜい沢をさせていた愛人の子供だ。

 姉弟仲が良かったらしい公爵令息が憎まないはずがない。


 さらに、プリムローズに籠絡され、公爵令嬢を陥れ断罪し恥をかかせようとした自分。

 公爵令息には、スカーレットが姉とダブって映ったんだろう、自分を見る目に激しい怒りと憎しみが宿っていた。

 そのスカーレットは、姉の子供であるインドラと友人になった。

 それを聞いたサマーソル公爵家が、自分と公爵令嬢のどちらの味方をするかなんて明らかだろう。

 保身にけているどころではなく、母親が言うように先見の明があったのだ。


 泣けてきた。

 全部終わった。

 全部崩れた。

 ……今となっては、プリムローズと結婚したいなどと思わない。

 彼女は父親と同じく、権威と金がある見目良い男子と結婚したかったのだ。

 もし自分と結婚したら、彼女の父親と同じく王家の金を使って遊び歩くのだろう。

 マナーもなってない、勉強も出来ない、そんな女。

 ただ、男を口説くのだけがうまかった。

 自分が兄になると知ったら、どんな顔をするか……。


 唯一残っていたジーニアスも去った。

 自分に声をかけずに両親と去っていくその後ろ姿を恨んだが、今の自分に声をかける者などいないのだ。

 三大公爵家の二つに目をつけられている自分は、うぬぼれていたほどの権力は全くなかった。

 そんな自分に、泣いた。

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