第219話 〈閑話〉スカーレットと自慢の魔導具たち 八
一方、スカーレットは皆と会話しながら、エリアス王子と別れた方がうまく物事が運んだんだな、と思い返した。
合わなかったと言ってしまえばそれまでだが、エリアス王子と自分は、互いに傷つけ合って、自分はつらい恋でがんじがらめになり、エリアス王子は自分を陥れてまで別れたがり、失敗した。
――インドラが、『別世界の自分と今の自分は性格が違う』と言っていた。
そして、それは自分もそうだった。
別世界での自分は、男に縁が無かったが、別にツンデレでもなく普通の女子だった。
BLマンガや乙女ゲーム漬けの日々だったが、周りもそんな子が多かったので特に浮いていたわけでも無かった。
今の自分は、公爵令嬢として生きている。
そのせいなのか元々の性格なのか、とにかくかわいげが無い。
自分でもわかっているのだが、ついつい言ってしまうのだ。
これじゃエリアス王子に好かれるわけないよな……だけど、性格を変えたくても変えられない。
昔からエリアス王子にかわいげの無いことばかり言って、どんどん嫌われて、泣いてばかりいた。
それでも好きだった。
そうして『邪険にされる』を超え、とうとう顔を合わせただけでしかめられるようになった。
プリムローズとの仲を見せつけられるようになった。
話し掛けても無視されるようになった。
それでも。
振り向いてもらえなくても、自分は婚約者。
バッドエンド回避のため、アリバイ証明は完璧にしてある。
更に、相手が実力行使に出てきても対抗出来そうな有力な味方を得た。
その結果、平民になる決意を固めたエリアス王子を、プリムローズはフッた。
どう取り繕っても平民に堕ちるのをいといエリアス王子で無くなるエリアスを用無しにした、としか考えられないだろう。
自分の許にまた戻ってきた!
その瞬間だけはそう浮かれたが、エリアス王子は冤罪で陥れようとしたのに謝罪もなく、変わらず冷たい尊大な態度。そしてインドラにエリアス王子の化けの皮を剝がされていく度、地が見えてくる度、自分の、あれほどまでにつらかった恋心が少しずつ冷めてきた気がしていた。
その後、気分転換をしたいと思い、インドラに頼んで彼女の屋敷でバケーションを過ごし、そこで伸びやかに、楽しく、素の自分で楽しめた。
かわいげの無い発言などしてな……していたかもしれないが、インドラは寛容に聞き流してくれた。
優しくしてくれて、王子なんかよりも優雅にスマートにエスコートしてくれた。
誰にもされたことなかったので、びっくりしたし、うれしかった。
そうして、休み中はおろか帰ってきてもバケーションを満喫し、自動車で走り回ったり、もらったタブレットで遊んだり、それをどう級友に自慢しようかと考えていたりして過ごしていたら、エリアス王子のことなど一度も思い出さなかった。
学園に戻る日が近くなり、両親に呼び出され、三人で話し合って初めて思い出したのだ。
そして、乙女ゲーのエリアス王子のキラキラした笑顔ではなく、現実のエリアス王子の嫌な物を見た、というような顔が浮かび、暗い気持ちになった。
……私に向かってあんな顔をする人と、本当に仲良くやれるの?
王妃になったら私、インドラ様たちと遊べなくなる。
もう、ラーメンも焼きそばもお好み焼きも、大好きなカレーさえ食べられなくなるのよ?
インドラ様のお屋敷ではあんなに伸び伸びと過ごして楽しかったじゃない。なのに、楽しみを全部奪い取られ自分にしかめっつらしかしないような男と婚姻を結び、ソイツと自分の教育で神経をすり減らすような毎日を送り、何の楽しみもなくずっと生きていくの? 一生?
初めて、自分の心が揺らいだ。
だけど。
もしかしたら、エリアス王子が休み中に心変わりしてくれるかもしれない。
エリアス王子が王としての自覚を持ち、自分を王妃として迎える覚悟を決めてくれたら……そこまではいかなくても、王として努力するという姿勢を見せてくれたら、自分も王妃として努力しよう。
王は、与えられた物を当たり前に自分の物として扱う、そんなものじゃない。
国を支える柱なのだ。
そのため、逆に自分の物を分け与えなくてはならないときもある。
王妃は王の横に据える『飾り物』ではない、王の妃なのだ。
それをわかってもらえたなら、社交でもいいからインドラの半分でいいから自分を『婚約者の女性として』紳士的に扱ってくれるのなら、自分も王妃になる覚悟を決めて、言葉使いも態度も改め、エリアス王子と共に歩みます、と両親に伝え、自分も覚悟を決めた。
……結果は、アレだ。
自分は相変わらずかわいげが無く、エリアス王子からは婚約者として軽んじられ、嫌悪され、お気に入りを取り上げられそうになって終わった。
だが、もういいのだ。
ここはゲームの世界ではなく、前世の自分でもなく、『私』は生きている。
この性格と一生付き合おう。
結婚出来なくてもしかたが無い。
かわいげが無いのは自分でもわかってるのだから。
せめて、もう少し前世の性格寄りだったら良かったのに……。
「いや待てよ、むしろ前世の性格寄りだったから破滅ルートが回避出来たのかしら?」
思わず呟いたら周りがキョトンとしたので、慌てて取り繕ってオホホと笑った。
今の私はゲームのキャラほど高飛車のわがまま娘ではない。
というか、傲慢さはインドラの方が上だ。
貴族の令嬢というか、傲慢な王のような性格をしていると思う。
エリアス王子の容姿だったらインドラに乗り換えたのに、とスカーレットは思った。
ハァ、とため息をついたら、
「スカーレット様、先程からどうしましたの?」
と聞かれてしまった。
「ままなりませんわよね……。インドラ様って、見た目以外はとても好みですの。私、自覚していますが、かわいげの無い性格をしておりますし、この性格は直りません。でも、インドラ様は全く気にした様子はなく、紳士的に振る舞ってくれますの。王都のダンジョンを攻略した大金持ちですし、貴族時代に厳しくしつけられたのでマナーも勉強も完璧。頭脳は天才、剣術も魔術もSランク冒険者とひけをとらず、最新の魔導具やゴーレムを作り出せる技術を持っているって、もう文句の付け所のない方なのですけど。……見た目が女の子みたいにかわいらしいでしょう? そこだけがどうしても『惜しい!』と言いたくなるのです」
インドラが聞いたら「その前に性別で惜しいと言ってくれ」と言いたくなるようなことを言った。
そして級友たちは、見た目だけが問題か? あの性格の方が問題じゃないか? と思ったが言わずにおいた。
確かに、婿養子としてなら、インドラは完璧だろう。
平民だが貴族としての下地があり、頭脳は素晴らしく、持参金を自分で背負って持ってくるほどの大金持ち。
英雄のパートナーであり剣術魔術は英雄に引けを取らず、誰も作り出せないような素晴らしい魔導具を作るほどの大魔道師とあれば、もう文句のつけようがない。
…………ただ、あの性格がなければ。
終業パーティで、ウソをついたと勘違いし、窓を一斉に破壊した。
スカーレットを冤罪で捕らえようとしたディレクは、手を焼かれたあと、二度と手のひらを開けぬようにされた。
スカーレットを陥れるための虚偽の発言をした令嬢は、唐突に喉を掻きむしったあと倒れた。
誰もが恐ろしくて近寄れずにいた。うっかり心配して介抱したら、インドラからどんな目に遭わされるかと恐れたからだ。
あんな性格で、それこそ貴族のままだったらどうなっていたことかと背筋が寒くなるが、スカーレットはそこはどうでもいいのか。
……どうでもいいらしい。
思い返せば、終業パーティのときに大暴れしたインドラにみんな引いたが、スカーレットは全く動じてなかった。
二人が組んだら大変なことになると、また背筋が寒くなるが、スカーレットはインドラの見た目が好みじゃないらしい。
それに、いくらなんでも公爵家が平民を婿養子にはしないだろう。
と、考えることにした。
そして、『スカーレットの好みはインドラ』という話が広まった。
だから破談にしたのだと。
……その噂を聞いたとき、エリアスはこめかみの血管が切れるかと思った。
自分よりも、あの傲岸不遜の平民が良いと抜かすか! 尻軽女め!
この手でひねり殺してやる!
と、そこまで激怒したのだが、直後に王宮からの使者が現れ、気持ちを落ち着けた。
とにかく、使者に事の真偽を確かめ、もしもジーニアスの父親の言う通りならば、撤回を命じるしかない。
自分は、先王の第一王子なのだ。
そもそも現王は、たまたま先王の父が亡くなったのが早かったから即位したまでの、腰掛けではないか。
もともと自分が王位に就くのが決まっていたのに、王位を追われる?
そんな暴挙があってなるものか!
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