第80話 <閑話>スプリンコート家の状態
スプリンコート伯爵と執事、二人の仲は悪化する一途だ。
スプリンコート伯爵は戻ってきたものの、領地経営をせず、金を持ち出しては愛人の所に行ってしまうのを未だに繰り返していた。
最近とみに歯止めが利かなくなっている。
維持のために税率を上げざるを得なく、住民の流出はとめどなく、伯爵の評判は最悪で取引もままならない上、スプリンコート伯爵自体が、市井で遊んだ金を借金にし、その返済を求められている。
もしもスプリンコート伯爵に息子がいたなら執事自らが教育し、説き伏せて引退させ縁を切らせるのに。
執事は再三、どこか優秀な親戚の子供と養子縁組をするように、と詰め寄っているが、プリムローズがいるだろうと相手にされない。
インドラお嬢様ならまだしも、プリムローズではダメです、とも言ったが逆ギレされてしまった。
――確かにスプリンコート伯爵から見れば、プリムローズの方が可愛いだろう。
何しろ伯爵そっくりの穀潰しなのだから。
プリムローズに領地経営など出来るわけがないし、その結婚相手に期待するしかないが、まだ相手すら決まっていない上、そもそも相手が捕まるかもわからない。
マナーなど習ったことがない、平民ですらこれほど酷くは無いであろう有り様なのだから。
音を立てて食べるのは勿論、手づかみだってあるし、食事が終わるとドレスが必ず汚れる。
静かに歩くという芸当など出来ない。それどころか挨拶すら満足に出来ない。教養も無い。
こんな野獣のような娘を、誰が嫁にしようと思うか。
王都の学園に入れる程度にしろと当主がようやく言い出し、メイド長が厳しく指導しているが、どうして私を虐めるのと泣き嘆くばかりでほとんど進捗がない。
執事は痛む頭を抱えながら、執務をこなした。
「…………保って、数年ですな」
返す宛のない借金をスプリンコート伯爵が繰り返し、現状維持すら出来ない採算で、屋敷自体、残っている使用人の数では維持が困難になっている。
客室や使っていない部屋の家具は粗方売ってしまった。
骨董品はもっと前に売った。
ふと、紅茶の香りがし、振り向くとメイド長が紅茶を淹れてくれていた。
「……使用人が飲むものではありませんよ?」
「これは私の自前の紅茶です。メイドたちがここを去るときに、餞別としていただいたものですよ」
そう言って執事に差し出した。
「……では有難くいただきますかね」
紅茶の香りを嗅ぎ、口に含む。
「…………今後、どうされますか?」
ふと、執事がメイド長に質問した。
「貴女は公爵家から公爵夫人付で此処に来た方でしょう? 伯爵家に恨みはあっても義理はない。お辞めになっても誰も困りませんよ。……プリムローズ様も、泣きながら嫌がりながら虐めだと叫びながらマナーを教わらずに済むでしょう」
メイド長が苦笑した。
そして窓の外を見る。
「…………これは、罰なのです」
独り言のように呟いた。
「奥様を、イサドラ様を止めるべきでした。政略上の婚姻でもない上に、どう考えても幸せに出来る男ではないとわかっていた。――見てくれが多少良く、耳当たりの良い言葉を
――そして、イサドラ様の独占欲も……。まさか、あのようになってしまわれるとは、夢にも思わなかった。さらに、それを諫めることすらしなかった私の、インドラお嬢様への罪の、罰なのです」
執事はメイド長を見つめた。
そして、微笑む。
「……では、雨に溶け崩れる泥の城のような状態のスプリンコート家に、最期までご一緒に奉公させていただきましょう。五年は保ちません。それで、私たちの罰が終わります」
メイド長が向き直り、メイドの最敬礼をした。
「どうぞよろしくお願いいたします」
「こちらこそどうぞよろしくお願いいたします」
執事も立ち上がり、礼を返した。
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