第74話 緊張しています

 講習で儲かってしまった。

 帳簿も売ったので、中々の収入だ。

 うーむ、と悩み、屋敷と住人に還元することにした。

 とりあえず、酒造スペースを拡張。

 さらに、異なる温度帯の倉庫魔導具を作成。

 作業場の快適化。

 一度に殺菌洗浄乾燥の出来る部屋作成。


 酒造スペースはそれくらいにして、屋敷の拡張をした。

 また土地を買ったよ!

 それに伴い、リョークを増員。

 広くなると移動が大変なので、リョークに頼めば乗れるようにした。


 予備のシャールも空いてれば乗れる。

 但し! 運転するのはソード教官による運転講習を受けて合格したレンタル登録者のみ。

 さらに『低速モード』を設けて許可無く切り替えは出来ないようにした。

 ――運転希望者はすごく多かった。ほぼ全員、女性すらも受講して、全員合格。

 なんだよう。リョークに乗ればいーじゃんかよう。


「あとは……」

 考えてたらソードが呆れた顔して言った。

「まだ何かやんのか? つーか、そろそろレストランの新装オープンだろが」

 そうなの。

 だから、他のことをやりたくなってるのかも。

 そういうことってあるよね?

 ストレスがかかる仕事や勉強の締め切りが間近に迫ってると、別のことやりたくなる現象。

 ソードをじっと見た後、ピョンと飛びついた。

「おわっ!」

「……少々緊張しているのだ。新装オープンで、何か起きたらどうしようか、と。起きた方が楽しめるのかもしれないが、ワクワク感は全くないな」

 ソードが抱っこして頭をなでてくれた。

「それ、フツーの感覚だから。事を大きくするとワクワクするとか、変だから」

「そうなんだろうが……。きっと、幼少にいろいろありすぎて、感覚が壊れてしまったんだな。多少のことでは動じない。……なんだが、今回、何が起きるか想像がつかん。別世界の知識が邪魔して、この世界の富豪がどういうものかがわからんのだ」

「……まぁ、Sランク冒険者の俺と元伯爵令嬢が経営する『傲慢レストラン』ってネーミングの店で、何かするやつがいるとは思えねーんだけどよ……。でも、確かに、予想ってのはいっつも俺の遙か上を通り過ぎるからな。当日は俺もついててやるから、短気起こして殺すなよ?」

 笑った。


          *


 基本、金もうけではなく、「今までに培った技術を披露したい」「食べてもらいたい」という観点から始まったレストランなのだ。

 料理長以下、「こんなにおいしいものが作れるようになったのに、食べさせる相手が少なすぎる」という欲求不満から出た店なので、好きにしてもらって構わないと思ってる。

 潰されても別に構わない。赤字経営でも構わない。

 採算を求めてないから。

 そう思ってるし言い放ってるが、料理長以下、そんなことは絶対にさせない! と意気込んでるので、私も緊張が伝染ってしまったのだ。

 その、緊張した当日。

 私は、ドレスを着せられ、カツラまでかぶせられた。

「……この髪の毛、私の毛髪とソックリなんだが、どこで手に入れた?」

「インドラお嬢様が、プリムローズ様に切り落とされた髪を、カツラに仕立てて保管しておりました」

 って、怖ッ!

 いつの話だよ!

 もう五年以上前だよな⁉

 だがここで役に立つらしい。

 結い上げた風になった私を見たソードが飛び上がるほどに驚いていた。

「うわっ! お前、なんで女装してんだよ⁉」

 …………。


 なんだろう、あれほど「女だとは理解してる」と言っておきながらこの発言は?

 しかもベン君まで

「え⁉ インドラ様、どうして女装してんスか? コスプレッスか? いくらなんでも女貴族は無理があるッスよ?」

 とか? いや、私のこと貴族だって思ってるっつったよね?

 二人をガンガン蹴飛ばし、メイド嬢たちの元に向かった。


 メイド嬢、及び使用人たちは

「インドラお嬢様、お綺麗です!」

「インドラお嬢様の小さい頃を思い出します!

 とても愛らしいですよ!」

「はぁ……

 ようやくインドラお嬢様を着飾ることが出来ました!

 私は、ずっとこの日を待ちわびておりましたよ。

 本当に、お美しく、お似合いですよ?」

 と大絶賛なのに。

 うめいてる男二人のところに戻り

「ソード、お前、多少なら貴族のエスコートは出来るんだったよな?」

 と訊いたら、呻くのを止めて戸惑った。

「できるけど……うまくはないぜ? 王城や、貴族のお呼ばれで嫌々覚えた付け焼き刃だからよ」

「それでいい。さすがにこの格好でエスコートなしで冒険者の振る舞いで歩き回るわけにはいかん。皆をガッカリさせる」

 ソードがメイド嬢たちを見た後、頭をかいた。

「ま、そこまで気合入れて飾り付けられてりゃな。いいぜ」

 立ち上がった。

「さっすが、ソードさんッスね。エスコートなんて、言葉は知っててもどうやるかなんて知らないッスよ?」

 ベン君、感心してる場合じゃないよ。

「お前も直に覚える羽目になる。酒を売ってれば、そのうち貴族にも呼び出しがかかるだろう。仲介人を通すことになるだろうが、それでも、爵位の低い金持ち貴族はフットワークが軽いからな。直接のお呼び出しもあると思えよ?」

「げっ!」

 ベン君、真っ青になった。

 チャラ男だからねー、覚えるの大変だろうけど、頑張ってー。


 リョークもシャールもいるが、馬車で向かう。

 それが貴族のしきたり。

 ……今度、ちゃんとリムジンみたいな車を作ろうかなぁ。

 短距離なのに、乗り心地悪すぎてお尻が痛い。

 ソードもそう思ったらしい。

「コレ専用の、マトモな乗り物、作らねーか?」

 って言われた。

 エスコートされて、馬車から出る。

 私の様相に軽く目を瞠ったドアマンが、深く礼をした後、ドアを開けてくれた。

 ちなみに、ソードも正装だ。

 いざという時のために数着持ってたそうだが、メイド嬢たちが

「インドラお嬢様のドレスに合うスーツになさってください!」

 と作らされたらしい。

「どこの上流貴族の衣装だよ!」

 ってソードが叫ぶほど、凝った衣装だ。

 私のもね。

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