第38話 救出依頼を受けたよ
旅立つ支度をした後、ふと、リョークがいないのに気がついた。
「え? あれ? リョーク知らない?」
「いや? つーか、呼べば来るだろ」
呼べば来る、というか、勝手にどっか行くのが考えられないというか。
……と、屋根からコソッと顔を出した。
「あ、リョーク! ……どうしてそんなところにいるのだ?」
「……あのー、僕……」
あれ?
なんかの基本動作が発動した?
「薬屋 ノ オバアチャン カラ 依頼 ヲ ウケマシタ」
……なんですと?
ソードと顔を見合わせた後、私とリョークが光学迷彩化し、ソードは面が割れてないだろうとそのまま向かった。
道々、実は依頼は〝定型〟だったのでギルドからもう受けないよう言われたと説明した。
「……なるほどな。道理で安すぎると思った。採取に期限があるのも変だったしな」
「彼女専属の冒険者が怪我をして動けなかったが復活したので、これで終わりのはずなんだが……」
おばあちゃんの許へ訪れるとリョークがおばあちゃんのそばに寄っていった。
「あぁ、呼んできてくれたのかい。賢い子だねぇ」
なでられるリョーク。
……っておい、なぜ私以外の人間に懐くのだ?
「……リョークから依頼を受けたとか言われたのだが……」
「そうなんだよ」
「ちょっと待て。私はギルドから貴女の依頼を受けないように指導されているし、貴女には専属の冒険者が付いているだろう?」
「その子のことなんだ」
なんと彼女、私に対抗心を燃やして彼女の腕では到底無理な森の奥に行って採ってくる! と飛び出してしまったらしい。
「いや、それならば安心しろ。ギルドは納期から過ぎた冒険者には救助が出る。無事に帰ってくるならよし、帰ってこなければ救出依頼が出るから助けてもらえるぞ」
おばあちゃんが悲しそうな顔で首を振った。
え? そうだよね?
ソードを見たら、渋面。
「……つまりは、ギルドを通さず無料で救出してこい、ってことか」
ん? どゆこと?
首をかしげたら、おばあちゃん、なんか自棄になったみたいな口調で語り出した。
「……見てわかるだろう? この通り、金のない連中が集まってる場所だ。あの子もこの場所で生まれ育ってる。私がここで薬屋をやってるのは『回復薬を買う金もない』って連中の怪我や病気を治療するためだよ。私はそのことに対して不満もないし、むしろこの知恵が人の役に立つってなら喜ぶべき事だ」
おばあちゃんがため息をつく。
「……あの子にもそうなってほしいと色々教えてたけど、あの子は嫌がった。『冒険者になって稼いでくる!』って飛び出してった。……だけどね、落ち着きがなくそそっかしい、何よりあの細腕で装備を買う金もないってんじゃ、冒険者なんてままならない。危なげない依頼で採取をさせようと、私が依頼を出してたのさ」
――あの依頼は優しさの〝定型〟だったのか!
それは……受けてしまって悪いことをした。
だけど、あの子は勘違いしてるぞ。
冒険者は稼げる職業ではなく、冒険する職業なんだ!
「……なのに、その依頼のせいであの子が罰金を払うことになったら……払えればまだしも、奴隷落ちになったら申し訳なさ過ぎる。だけど、私にだってそんな金は無い。ただ、アンタになら、あの子を助ける頼みが出来る」
いや、私、そんなに甘くないよ?
「悪いが、私はあの子を助けたくない。アレは、恩を仇で返す典型の人間だ。貴女の頼みは叶えたいが、あの子を助けたくないって気持ちの方が強いので、今回は断る」
ソードが横目で私を見てる。
……うん、顔に「お前、何かあったのを俺に黙ってるだろ?」って書いてあるぞ!
察しがいい男はモテないぞ!
ソードに向かって知らんぷりをしていたら、おばあちゃんがゴソゴソと何かを取り出した。
「……これは、不老長寿の薬だよ。まぁ、そう言われてるだけでそこまでの効果は無いし、常用しないと効かないけどね。それでも、原因不明の病にかかった人に飲ませて治った実績もある」
瞳孔開いた。アドレナリン放出した。
「……[活性酸素]除去効果か!」
「は?」
ソードがすっとぼけた声を出して、疲れたような顔をしていたおばあちゃんが笑った。
「バカ! [活性酸素]を知らないのか! 常識だぞ! [活性酸素]はな、私がいた世界では人間の病気の大半の原因はコレ、って言われてるくらいの人間に害のある成分なんだ! 人体には[酸素]が必要不可欠なんだが、[酸素]ってのは非常に有害な性質もある。過剰な[酸素]は人体に取り込まれると[活性酸素]となり、これが人体の細胞を損傷していくとぉごぉごぉご」
ガックンガックン揺さぶられた。
「わかったーーー! いいから落ち着け!」
スーーーーッ。
ハーーーーーッ。
おばあちゃんは笑ってる。
「気に入ってもらえたみたいだねぇ。じゃあ、引き受けてくれるかい?」
「待った、原材料も教えてくれ。私が知ってる一番除去効果がある成分が含まれていた植物は農の大国から採れる[メロン]の皮なんだが、ここでは何に当たるんだろう? それとももっと効果のある植物がぁがぁが」
ガックンガックン。
「コーフンするな!」
スーーーーッ。
ハーーーーーッ。
「わかった、受けよう」
キリッとして答えた。
「……お前、絶対道を間違えてるぞ。冒険者じゃなくて学者になるべきだったんだよ」
そのセリフを聞いたおばあちゃんが声を出して笑った。
「まだ小さいんだから、進む道なんて選べるだろう?」
確かにそうだけど。
「まぁ、そうかもしれないが、コレは仕事にしたくない。趣味だからこそ楽しめる、そういうものなんだ。それにまだ冒険してない。貴女も無事に彼女が帰ってきたら言いきかせてやれ。『冒険者は稼ぐものじゃない、冒険するものなんだよ!』ってな」
今度はソードが笑った。
「確かにその通りだ。稼ぐなら他にもっと良い仕事がいくらでもあるよ。理不尽や不条理を全部飲み込むってんじゃないと続かねーだろうけどな。罵倒されて理不尽な暴力に耐えてってのが出来ねーなら、儲からねぇ冒険者続けて口を糊しろってんだよ」
ソードはもうけてるみたいだけどな?
アレかな、何か副業しててそっちでもうけてるのかな?
依頼場所へ向かう途中、早速ツッコんできた。
「お前、俺に黙ってることがあるだろ?」
「男はなぁ、女の隠し事をネチネチ聞き出す真似はしないものなんだ! それに、鈍感なくらいがモテる男の秘訣だぞ!」
ぷぃーっとそっぽ向いたら、お決まりのグリグリをされた。
「この場に女はいねーし、そもそもモテたくないんでね!」
「いたいいたいいたい。……大したことじゃない。行きに話しただろう、〝定型〟依頼を知らずに受けてしまったと」
「それで? もめたんだろーが」
「ちょっとだけ騒ぎになったが、無事収めた」
「その『ちょっと』を話せ、っつってんだよ!」
「……その、今回の救出者がな、私が勝手に依頼を受けたのが気に入らなかったらしく騒ぎ出した。おばあちゃんが宥める声も聞かず、私が彼女を騙してるとわめき騒ぎ立て、あちこちからオッサンたちが現れて、一緒になってギャーギャー言い出したので、近所迷惑のためちょっとお休みしてもらい、ギルド経由の官憲にお世話してもらったんだ」
ソードが唖然とした後、怒鳴ってきた。
「お前! 大事じゃねーかよ!」
「そこまでじゃないぞ? 騒ぎが大きくなるギリギリでちょっとなでてやったら静かになったし、ギルド職員も自分の落ち度を認め謝罪してくれた。ただ、もう近寄らない方がいいと言われて、そのまま町を離れる予定だったのだ。既に薬草も判明し調合も済ませてあったし、薬草談義で盛り上がっていただけだったからな」
ソードが口を開け言いかけたが、また閉じた。
その後頭をなでられた。
「で? その騒ぎを起こしてお前を出禁にしたやつを救出に行くってか?」
「あぁ。……コレを出してくるとは、あのおばあちゃんも随分彼女を思いやってるのだな」
もらった薬を見せた。
「食いつくのはお前だけだろうけどな。ものの頼み方が上手なこって」
「全くだ」
深くうなずき、また薬を見たら、ソードが笑った。
「……お前にとってそんなに価値があるモノなら、嫌な依頼を受ける張り合いがあるってモンか」
はい?
「いや、お前は来なくていいぞ?」
断ったらソードが驚いた顔してる。
「おい! いきなり何言い出すんだよ!」
何言い出すも何も……。
「簡単な人命救助でも、お前って知らぬ間にダメージを食らうからな、精神的に。だから来るな」
「行くに決まってんだろ! つーか、むしろ替わってやるわ!」
私、顔を顰めた。意味がわからん。
「なんでお前が替わる。ずっと言い聞かせてきただろう、人命救助は私がやる、と」
「お前を犯罪者扱いして袋だたきにさせようとしたやつを、お前が助けるのかよ!」
「予想するに、さらに、『助けられたくない』とごね、助けた後もがなり立てるだろうな」
「わかってるのに助けるのか⁉」
「その価値がある」
「……もらった薬にか?」
深くうなずいた。
ソードは私を見て、ため息をついた。
「……わかった、でも、俺も行く。心配だ」
「私はお前の方が心配だぞ……」
また深酒するようなダメージを食らったらと思うと、ついてこないでほしいんだけど。
私もため息をついたらグリグリされた!
理不尽な!
「……心配してやってるっつーのによ。むしろお前、もうちょい精神ダメージ受けろよ」
若干やさぐれたソードにひどいこと言われた。
「こんなんで受けてたら貴族なんてやってられないぞ。それに、幼少時はもっと劣悪な環境にいた。それに比べたらそよ風くらいのものだ」
「…………」
「わっ!」
急にソードに抱え上げられて驚いた。
「……ごめんな。お前のいた環境をわかってなくてよ」
私、またため息をつく。
「だからな……。ちょっと言ったことでダメージを受けないでもらいたい。思いやりも反省も必要だが、不必要に敏感に傷つくなよ、多感な少年時代をとっくに通り越したオッサンだろうが」
たたき落とされた。
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