第39話 熱さましの原材料を知っているか

 目標地点到達。

「……雨が降らなくて幸いだな」

 どうやら魔物に襲われたらしい。

 血の跡が残っていた。

「出血量からすると、丸飲みされてなければ生きているはずだが」

 致命傷にしては出血が少ない。

「血の跡を追うか。力尽きたところでトドメ刺されたか、食われたかしてるかもだぞ?」

 確かに。

 血の乾き具合からすると、急いでも間に合わないし、別に間に合わなくても良い。

 周りを警戒しつつ跡を追ってみた。

 ……と。

「猪だ」

「ファングボアだな。隠れる場所が見つかればやりすごせただろうが、じゃないと逃げ切れないだろうな。……さて、どうしたもんだか」

 猪もこちらを見つけた。

 こっちを見て、前足で地面をかいてる。

「気性が荒くなってる。攻撃されるな。リョーク、木の上に避難してろ」

「悪いが殺すぞ?」

「仕方ないだろうな。晩ご飯のおかずになってもらおう」

 ソードは笑うと地面を蹴って、突撃してこようとする猪の心臓辺りを綺麗に刺し貫いた。

 血が噴き出し、猪が踏鞴を踏んだあと、倒れた。

「処理したいのは山々だが、依頼が先だ」

 もう少し先に進むと、窪んだ岩が見えた。

 ガタガタに削れている。

 猪が何度も突っ込んで破壊しようとしたんだろう。

 その奥に、真っ青になり震えている少女を発見した。

「ソード、発見した。連れて帰るからお前は猪を処理してくれ」

 ソードに言い捨て奥を覗き込んだ。

「救助依頼を受けた冒険者だ。町まで安全を保障する。まず、出てこい」

 それを聞いてホッとしたのか泣き出した。

 震えながら出てくる。

 左腕の肘から下が曲がり、完全に骨折して筋肉も切断されている。

 通常の方法では左手は切断しなくてはならないだろう。

 手早く応急処置を施し、左腕を固定した。

「痛み止めだ、飲んでおけ」

 熱さましと化膿排出解毒効果のある薬を渡す。

「……これは……」

 渡された薬をじっと見た後、顔を上げ、私を見た。

 じわじわと驚愕の表情に変わっていく。

「それを飲め。効果は……ま、大丈夫だろ。怪我したことないのでわからないが、大体合ってるはずだ」

 熱さましで〝ジャイアントワーム〟使ったんだけど、合ってるかなぁ?

 似た感じだし、ソードに聞いたら毒は無いって言ってたから大丈夫だと思うんだよなあ。

 おばあちゃんはびっくりした後それは使ったことなかったって笑ってたけど。

「あんた……あんた! あの時の!」

 ワナワナ震えてる。

 意外と元気だ、つーか、腕がそんなことになってるのによくもまぁそんな元気にしゃべれるな。

 冒険者って大概が死にそうになっても助かったら元気いっぱいだよな。ある意味尊敬する。

「町まで運ぶ」

「いらないわよ! あんたなんかに助けられるくらいなら死んだ方が……」

 フェードアウトした。

 死んだ方が? の続きは?

「死んだ方が? いいのか?」

 黙ってる。

 それならば死んでいてくれた方がこちらも良かったのだが。

「残念だが拒否権はない。もう依頼の報酬を受け取っている」

「え?」

 ホッとした顔をしている。

 ……よくわからないな。でもまぁいいや。

 私は依頼を遂行するのみ。

「……なら! こんな薬じゃなく、回復薬を渡しなさいよ!」

 こんな薬とは何だ、失礼な。

「回復薬は持ってない。ソードなら持ってるとは思うが、依頼を受けたのは私だからな」

 振り向いたら至近距離にいて驚いた。

「わっ! ……お前、近寄るなよ! 救出依頼は私がこなすから、猪の処理しろ!」

「今、血抜きしてリョークが処理中」

 なんでリョークにやらせてるんだ。

「……お願い! 回復薬を下さい! この腕……回復薬じゃないと治らない! 冒険者どころか普通にだって暮らせない!」

 え……回復薬に頼るの?

 薬師のお弟子さんだった子が?

 ソードは冷たく見下ろしてる。

「下級回復薬は、銀貨五枚だ」

 訴えた子が固まった。

「……働いて、返します! 必ず返しますから!」

「ちなみにな、その腕の怪我、下級回復薬如きじゃ治らないよ」

 ひゅっと、息を呑んでる。

「…………ウソ」

「当たり前だろ? たかが銀貨五枚で、部位欠損が治る? なら、冒険者が怪我を理由に引退、ましてや死亡なんざもっともっと減るだろうが。上級で骨の皹及び肉や筋の断絶回復、特級でようやく部位欠損の修復だ。それにな、そこまで壊れてて、日がたっちまったらもうお手上げだよ。切れた腕をすぐにくっつけるのならともかく腕一本生やすのは特級でも相当の量がいる。特級一本白金貨一枚だ、それを何本使うことになるかな。それを払えるのか? お前が? 生きてるうちに? 無理だろ」

 確かに。

「冒険者ってのは、そういうリスクひっくるめて飲み込んでやる仕事だよ。怪我して腕がなくなって、死んで屍晒して、それにビビってんならやるべきじゃねぇ。何の夢見て冒険者やってんだか知らねーけど、今回のでわかっただろ。……そもそもが、せっかく優秀な薬師が教えてやってくれてたってのに、貧乏が嫌だ勉強が嫌だで飛び出して、こき使われる仕事もその気性じゃあ雇ってもらえねぇ自分もこき使われたくねぇ、だから自由な冒険者になります、ってか? その腕は勉強料だ、目を覚ましたならもっかい薬師のばあさんに頭下げて教えを乞え」

 泣き出した。

「……ど、どうにかして、譲ってもらえないですか? この腕じゃ、薬師を目指すにしても……。お願いです、助けて下さい」

「お前の命を差し出されても釣り合いが取れねーよ。なら、死んどけ。そしたら貴重な特級を、バカな娘に使わずにもっと有効利用出来るさ」

 バカな娘、絶句。

「いや、今死なれると困るな。最悪気絶させて連れて帰るが」

 冷静にツッコんだら、ソードが横目で見た。

「……相変わらず冷静なやつだよな。はぁ……とにかく連れて帰ろうぜ。あとはあの薬師サマがどうにかするだろ」

「そうだな。……おい、これを飲んでおけ」

 渡そうとしたらたたき落とされた。

「……回復薬を買うお金なんてないから、こんな…気休めの、貧乏人が飲む薬渡しとけば? ってこと⁈」

 って彼女が叫んだ途端、ソードがひっぱたいた。

 ……何をしてるんだコイツは。

 怪我人の救助対象だぞ。

 しかもその後髪をつかんだぞ。

「お前は! その薬すら飲むこともできねーやつがいるってわかってんのかよ⁉ 甘ったれるのも大概にしろ! 回復薬なんざ、冒険者だって簡単に買えるモンじゃねーし、そもそも急場凌ぎのモンなんだよ! 怪我を治すためじゃねぇ、戦闘中、食らったダメージを誤魔化してまでも敵を倒すために使うんだよ!」

 ……え、本当にそう?

 そんなハードモード、ソードだけの気がするけど……。

「……あの薬師のばあさんは、お前等貧乏人のために調合して安く譲ってやってんだよ。あの知識じゃ、恐らく高名な学者もしくは聖職者だったはずだ。若い娘の行く末を気遣って、自分の覚えた知識を教えてやってたっつーのに、当の本人は貧乏薬師って見下して、薬をたたき落とすってんだからな。ハッ、本当に救い甲斐がねぇ救助対象者だよお前は!」

「待て待て、どうどう」

 何をそんなに興奮しているのだ?

「いや、その薬は私が作った。効果を試したかったが私もお前も病気知らずの怪我知らずだろう? ちょうどお誂え向きにソイツが怪我をしてたから、ちゃんと効果が出るのか、副作用があるか、被検体に使う」


 シーン。


 二人が固まった。

「ちょうどいいな。ソード、そのまま押さえてろ」

「は?」

 口を開けさせ、無理やり飲ませた。

「さて、効くといいのだが……。私のいた世界の〝ワーム〟は、細く小さいんだ。ここの〝ワーム〟は大きいだろう? 同じ効果が出るかわからなくてなぁ……。ま、多分大丈夫だ、と信じたい」

 ソードと少女の表情が凍りついた。

「…………おい? 今、〝ワーム〟とか言ったか?」

「そうだ、〝ジャイアントワーム〟とか言う名前だったか? それだ。解熱効果があるし、痛みも和らぐ」

 ……ん?

 ソードが手を離したら、パタッと少女が倒れた。

「あれ? 眠ってるようだが……。眠気促進作用などないはずなんだがな」

「……気絶したんだよ。ワーム飲まされたショックでな」

 えっと?

 なぜ、それで気絶した?

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