少女冒険~薬師修行編
第36話 修行しよう!
次の町に移った。
「いいか、お前はもう救助依頼は受けるな! それは私がこなす! お前は他の依頼を受けろ!」
「わかったわかった。心配掛けて悪かったって」
どうもソードは無神経なくせに繊細らしく、ちょっと非難されるとすぐヘコむ。
遮音魔法覚えてもう聞くなと言いたい。
……急にソードが私を抱き上げた。
「お前、人が死んでいくのを見たことがないだろ? 実際遭ったら俺なんてレベルじゃなくショック受けるかもしれねーぞ」
「魔物の首をこの手で切り落として解体までしてるんだぞ? なんならお前の目の前で人を殺して解体して見せて平気だという証明をしてやろうか」
地面にたたき落とされた。
「お前の感覚はおかしい! 何? 別世界って人と魔物が同レベルなの⁈ どんな世界だよ⁈」
落ちたところを擦る。
「いたた……。同レベルに思ってないやつもいたが、私は同レベルで思っている。肉も魚も虫も、植物だって生きているのに、人間だけ神聖視してるのってどうなんだ? 言語を解するのが違いだというのであれば、私が別世界にいたとき飼っていた動物は言語を解した。そいつらが殺されたら私はさぞかし嘆き悲しみ殺した相手が人だろうが惨殺する自信がある」
ソードがため息をつく。
「……要は、お前にとっては大切に思う相手か否かの違いしかねーのか」
「この世界の人間だって人と人とで戦争するじゃないか。理由付けさえあれば人を殺してそれを正当化する、なのに魔物に人が殺されたときだけ嘆き悲しむのか? 私はむしろお前の方がわからないよ。平気で人を殺す連中が魔物に襲われたとき助けようとし、それが助けられなかったと嘆くお前が、わからない。私なら、私を慈しみ懐いてくれた魔物が『魔物だから』という理由で人に殺された方が嘆き悲しむぞ」
うっ、とソードが詰まった。
「……そりゃ、そうなんだけどよ……」
「だから、私がやると言ってるんだ。ビジネスライクに『お仕事ですから』とその任務をこなせるのは私の方だ」
「…………わかったよ」
オッサン、しょぼくれた。
*
次の町に着いて、ギルドで依頼を見たとき。
「ソード、別行動をしよう」
キッパリ言い放ったらソードが放心した。
「は?」
「やりたい依頼があった。一人で出来るから別行動したい」
気になる依頼があったのだ。
「待て、人殺しの依頼は確かにお前向きだろうがお前の道の踏み外しがハンパなくなりそうでコワイ。解体して見せてくれなくていいから、わかったから止めてくれ」
――一体私をどんなんだと思ってるんだ?
実際解体して見せるわけないだろうが。
頼まれたらやるが、素材にもならない売れもしないものをわざわざ解体しないぞ。
「違う。……お前も一緒にやるか? そうだな、教わりながらやってもいいか」
私が指し示したのは、採取の依頼だ。
ソードが眉を顰めた。
「……随分種類があるな。しかも期限付き、金額も安すぎる。……おい、これは確かに『受ける冒険者のいない』依頼だけどな、俺たちがやる依頼でもねーぞ」
「私は受けたい。ソードには簡単だろうが、私は少し薬草の種類を覚えたいんだ」
ソードがはぁ~~~っと長いため息をついた。
「……お前、『覚えたい』って、薬作るつもりなんだろーけどよ、お前自身怪我一つしねーじゃねーか。こないだ、なんか作って救助に使ったとか言ったけどよー、正直そんなんなくとも回復薬一つで全部賄えるんだよ。しかも、俺はSランクだぜ? 金なんて唸るほどあるし、回復薬も上級どころか特級持ってんだよ」
そういう問題じゃないんだよ!
頬を膨らませて唇を尖らせた。
なぜかソードが怯む。
「……そういう、愛情の籠もってない治療は嫌いだ。私は、怪我したらちゃんと、この手を使って、傷を癒してあげたりしたいんだー!」
「わかった。受けてやれ。で、俺が怪我したらお前が治療しろ」
オッサンがデレたらしい。
許可が出た。
「……お前って、その別世界の知識があるからか、時々そういう口説き文句まがいのことを言ってくるよな」
ボソッとソードがつぶやいた。
「だからこの世界は殺伐としてるんだって言ってるんだ。怪我は、例えば子供が転んだら親がその手で治療してくれたり、男だったら綺麗な女性が白く細い指先で怪我に薬を塗ってくれたりした方が優しく穏やかな気持ちになれるだろう?」
「今、さりげなくオッサン発言が含まれてたぞ?」
無視だ。
「つまり、戦場の直中にいて今治さなきゃ殺られるっていうほどじゃなけりゃ飲むなと言いたい」
「わーかーりーまーしーた。俺は、中身がオッサンの少年しか側にいないから、そいつに治療してもらいますぅー」
…………ヒドイこと言われた。
依頼を受け、まず、依頼人の許へ訪れた。
ソードも付いてきた。
安全かどうか見極めるらしい。
「……随分と離れた場所にあるな」
別世界でいう【貧民街】っぽい場所の奥にあった。
地震があったら一発で崩れそうな家が並ぶ、その先。
「……えーと。やった! 当たりだ!」
そこは【よろず薬屋】と書かれていた。
意気揚々と入ろうとしたとき、ソードが両肩をつかんで止めた。
「なんだ?」
振り向いたら、ソードがなんとも言えない表情になってた。
……この顔、確か、最初の町でしてたよな。
思わず身構えた。
「……薬師に弟子入りする気か?」
…………え? なんで?
「いや? そもそもが、この世界の薬師がどういったものかもわからないしな。ただ、ほしい植物があるのだが、この世界だとどれかわからない。知っていたら依頼をこなしつつ聞いてみようと企んでいるだけだ」
ホッとした顔で手を離した。
私、ちょっとむくれて言った。
「…………お前こそ、「薬師に弟子入りしてキャッキャウフフしとけ」とか言い出すなよ?」
頭をくしゃくしゃになでられた。
「言うワケねーだろ、バーカ」
「言いそうな顔をしていた」
「え? は? 考えてもねーのに、なんでそんな顔してんだよ?」
それはこっちが聞きたい。
プイッと顔を背けた。
「…………知らん。…………前、一番最初の町に行ったときと、同じ顔してた」
「え?」
知らん!
不安になんてなってない!
なってないと言ったらない!
話を打ち切って、扉を開けた。
中に入ったら独特の匂いにテンションが上がる。
そう、これは私がよく知っている、生薬の匂いだ!
ソードが微妙な顔をしていた。
「……おや、随分綺麗なお客さんだね?」
って、中におばあちゃんがいた。
「いや、客じゃない。ギルドで貼り出していた依頼を見つけて受けた冒険者だ」
「おや、小さな冒険者さん。お前さんが受けるのかい?」
「そうだ、後ろのは……気にしないでくれ。で、早速だが、私は実は薬草に詳しくない。採取に当たってアドバイスをもらいたい」
「じゃあ、湯でも飲みながらゆっくり説明しようかねえ」
出された湯を見て瞳孔開いた。
「[くず湯]か‼」
「は?」
ソードがツッコみ、おばあちゃんは首をかしげた。
「これ!
知りたかった一つだ! これはなぁ、身体を温める効果があるんだ! あとこの中に入ってる[生姜]、これも身体を温める! コレといくつかの[生薬]を合わせて[葛根湯]が作れれば、初期の軽い不調には全て効く! 肩凝りにも効くしな!なったことないけど! あとは[麻黄]と[大棗]、[桂皮]、[芍薬]ぅぐぅぐ」
「おい、落ち着け! 言ってる言葉がわからなくなってきてるぞ!」
ソードにガックンガックン揺さぶられた。
「…………わかった、落ち着く」
スーーーーッ。
ハーーーーーッ。
「……失礼した。ちょっと興奮したな」
おばあちゃんが小首をかしげて私を見つめる。
「……小さい冒険者さんは、薬師なのかい?」
「いや、違う。両親がそのような職業に就いていて、聞きかじっただけだ。ただ、この世界はなんでも回復薬を飲むだろう? それが何とも腑に落ちなかったんだ。そうしたら、今日! 今ここに! 薬が! これこそが薬だ!」
「待て落ち着け。わかったから落ち着け。お前の言ってることがワケわからねーことになってるのに気付け」
またガックンガックン揺さぶられた。
スーーーーッ。
ハーーーーーッ。
おばあちゃん、無言でくず湯を差し出したので、飲んで気を落ち着けた。
「……で、だな。薬草での薬の組み合わせは何百とあった気がするが、常用してた薬は数種類、それがあればまぁ、ちょっとした病気ならなんとかなるはずなんだ。それが作りたいので、薬草を教えてほしい。『貴女が採取に依頼した金額』に値する内容で構わない」
ソードが口を開けた。
おばあちゃんは笑った。
「いいよ、じゃあ、契約成立だね」
「よろしく頼む」
手を差し出した。
「というわけで、しばらく通う。お前は別のを受けてくれ。但し! 人命救助が入ったら、私に回せよ! お前は絶対に受けるな!」
「わかったって。……にしてもお前って……ホンット誰かの弟子になんのが嫌なのか」
え?
なんで?
首をかしげたら、ソードが教えてくれた。
「俺にもそうだったし、あの婆さんにも言った。何か教えを乞うとき、必ず交換条件を提示する。それが別世界の流儀なのか?」
え?
それって普通じゃないの?
「うーん? そうでもないけど、お互いに利があると思えれば一方的な関係にならないし、どちらにしろ教えてもらったら礼は必要だから、もめる前に提示してる」
「ふーん……」
「お前だってただやってくれと頼まれるより「酒一本やるから」と頼まれた方が快く引き受けたくなるだろう?」
「あ、今、すっげー理解出来たわ。お前って偉いやつだなぁ」
なで繰り回される。
「で、酒一本で何を頼む?」
「……解毒薬を飲んでまで、酒を飲むな。なんか、嫌だ」
「…………。わかった、絶対とは言わないが、控えるよ」
ようやくそう言ってくれたか。
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