第35話 彼との会話<サシャ視点>

〈サシャ〉

 【紅の百合は乙女の誓い】はほぼ活動停止状態だ。

 装備品まで売って金を工面したので、Gランクが受けるような雑用や採取しか受けることが出来ず、お金が貯まるまでは個別に活動することになったからだ。

 キャシーは住み込みで宿屋で働いている。

 火魔法を使える人間は重宝されるから、結構稼げてるらしい。冒険者より稼げてるって理不尽よね? と苦笑していた。

 そんな状態の私たちを嗤ったり野次を飛ばしたりする冒険者もいるけれど、「頑張れよ」って声をかけてくれる人もいる。

 高ランクになるほどそうだ。

 ……そう、それはきっと、たとえ文無しになっても「生き残れた」から、挫けず続ければまた冒険者としてやっていけることを知っているから。

 以前の私たちなら、バカにして見下してる連中の方に入ってた。

 けど、今は違う。

 ――私たちは、地道に頑張ってきた。

 だけど、どこか甘かった。

 あの、迫り来る死を感じるまで、それがわかってなかった。

 キャシーに引きずられて、判断を任せたまま、全部の責任を押しつけていた。

 引き返すべきなのはもっと前からわかってたのに、言わなかった。

 キャシーを宥めて説得するのが面倒だったからって理由だけで。

 でも、そうじゃない。

 私たち、パーティなんだから、命の危険があるんだから、ちゃんと言わなきゃいけなかった。

 〝彼〟だって、相手がSランク冒険者だろうがちゃんと意見してるもの。

 私ももっと見習わないと。

 …………実は、彼女たちには内緒で、〝彼〟と会って話してる。

 キャシーはあんな性格で、いっつもつっかかってるけど実は気になってるのはバレバレだし、リズも手当をされてぽーっと赤くなってたのを見逃さなかった。

 でも、私も、あの一瞬。

 瞬きの間に彼が私たちの前に立ちかばい、魔法を消し去ったあの一瞬で、私は彼に恋をした。

 ――彼は、普通の状態のときに話し掛けたら普通に返してくれた。

 年下だけど、とても綺麗な顔をしているし、ちょっと細いけど魔術だけじゃなくて剣もすごいらしいし、私たち三人を楽々背負って走るくらいに力持ち。

 止めは、髪の毛サラサラで他の男連中みたいに臭くないの!

 彼を見かけたとき、思い切って話し掛けて、また無視されたらどうしようかと思ったけど、立ち止まってこっちを振り返ってくれた。


「……罰金を払うのに装備まで売っちゃって、今は雑用とかを受けてるんです。あ、もちろん! 助けてもらったこと感謝してるし、嫌味とかじゃなくて! あの、生きて、こうやって頑張ってればまた、冒険者続けていくことが出来る、って、そう思ってて! だから、あの……助けてくれてありがとう!」

 彼は優しくほほ笑んだ。

「そうか、でも礼はソードに言ってくれ。私はパートナーだから受けただけだ。……ソードは運悪く、救出対象者に罵倒されて傷ついて落ち込んでいるから、君がお礼を言ってくれたら喜ぶと思う。それと、私もそう思うぞ、前向きに努力するのは誰のためでもなく自分のためだ。いつか叶うと信じて頑張る過程も大切だとな」

 謙虚で努力家の一面を見たわ。

 あの最初の時は本当にやさぐれていただけみたいで、今は普通に、とっても紳士に接してくれる。


 ソードさんのお弟子さんと言ったら再三否定されちゃった。

 全部我流で覚えたんですって!

 すごいわ!

 たまたま通りかかったソードさんが「冒険者になるなら一緒に行かないか」と誘ってきて、それを受けただけだったんですって。

 そうよね、それなのに町に着いたらさようなら、って、やさぐれるわよね。

 あのゴーレム……も、我流で作ったんですって。素敵。

 正直、見た目はモンスターなんだけど……でも、見てるうちに段々かわいく思えてきたわ。

 教えると、覚えたことを返してくれるのがいいわよね。


 話を聞いていると、〝彼〟のすごさと、ソードさんをとっても大切にしてるのがわかった。

 会話すると毎回ソードさんの話が入るし、ソードさんを心配しているのが伝わるから。

 ……町ではソードさんを否定してる人たちもいる。

 実は、キャシーもそう。

 毎晩酒場で飲んでいて、高いお酒をオゴリだって言って振る舞ったりしてるそう。

 最近は、〝彼〟の持ってるゴーレムとそっくりの白いゴーレムを連れて歩いて「俺専用のゴーレムだ」って自慢してまわったんですって。

 キャシーは宿のお客さんからそのことを聞いたらしくて、ガッカリしてたわ。

「……それって、私たちの罰金で得たお金じゃないの? あの文句ばっかり言ってた男だって、払えなくて奴隷落ちよ? それなのに、そのお金でお酒を奢ったりゴーレム買ったりしてるの? ……なんで何とも思わないのかしら? なら、罰金をまけてくれるくらいしてくれてもいいじゃない!」

「……でも、依頼達成金の正規のお金じゃない。私たちだって、村人を助けて依頼を達成したときに、そのお金の使い途をアレコレ言われたら嫌じゃない?」

「……それはそうだけど……」

「ソードさん、あの救出のときにいろいろあったらしくって、気落ちしていて、つらくてお酒を飲んでるみたい。しかも、そのお酒も私たちを助けたお金で買ったわけじゃなくて、ソードさんが持ってる酒蔵からの持ち出しみたいだし……。それにあのゴーレムは、買ったんじゃなくて〝彼〟が作ってあげたって聞いたわ。落ち込んでるソードさんを励まそうと思って作ったって……」

「……サシャ? なんか詳しくない? どうしてそこまで知ってるの?」

「…………噂よ?」

 ニッコリ笑って誤魔化したわ。

 〝彼〟に聞いたなんて口が裂けても言えない。


 町を出るって聞いたとき、泣いちゃった。

「私も頑張るから、君も頑張れ。お互いまた冒険者として会おう」

 って言ってくれて、うなずいた。

「……最後に。私は、〝彼〟じゃなくて、〝彼女〟なんだけどな。次に会ったときにはちゃんとそう言ってくれ」

 …………え?

 謎めいた言葉を残して、〝彼〟は去っていった。

 って、え? 〝彼女〟って、どういう意味?

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