第14話 いよいよ旅立とう(まだ行けない)
あれから三年。あんなことこんなことがあった。
卒業時に歌う思い出の歌みたいだが、本当にいろいろあった。
一番は、あの男にいろいろバレそうになったことか。
何がバレてもまずいのだが、酒、調味料、甘味の食品系が一番ヤヴァイ。酒好き甘味好きの使用人及びメイドたちが結託して防衛に図り、なんとかバレなかった。
それもこれもがあのバカソードの野郎が原因だ。いろいろ教わって感謝もあるが、いろいろ迷惑もかけられた。
「そろそろ酒が出来る頃合いか?」
最近しきりに催促をするようになったので、もう少し寝かせたかったが一樽開けることにした。
冷凍殺菌処理の後、こして瓶詰め。瓶はどうしても関わりたいと首を突っ込んだソードに命じて大量に買わせた。
醸造酒と蒸留酒。
蒸留酒は、絶対に私がいないと無理だろう。これを魔術なしでやるとしたら設備が大変だ。
醸造酒は、失敗を気にしないなら潰したり粉砕したりした後瓶詰めして放置すれば出来る。
雑菌が繁殖しないようにするのが大変なのだ。
料理人や使用人にも、瓶詰めしたら冷暗所に置き見極めろ、下手に取っておくと腐るか毒に変わる、最悪爆発する、と脅した。
ソードに酒を渡した翌日。
「俺、そろそろ行くわ」
唐突に言われた。
「……行くってのは、この町から出るって解釈でいいのか?」
「そうだ」
「そうか」
確かに、コイツは冒険者だったな。冒険してるとこ見たことなかったけど。最近じゃ酒管理者みたいになってたけど。
「俺と一緒に行かないか?」
唐突にまた言ってきた。
目をパチクリさせる。
「お前、今居る屋敷を出るつもりなんだろ? その決意は変わってないんだろ?
なら、俺と一緒に行くか? これでも俺はそこそこの冒険者だからな、お前が冒険者になるなら一緒にいて心得を教えてやる」
…………。
屋敷を出るのはあと二年くらいたってからにしようと思っていた。
十二歳になれば女なら二次性徴が出始める。
大人になるとは言えないが、ある程度成長も止まるしこの身体になってからの体調の変化もわかるだろう。それが分かり次第と思っていたんだが……。
「……予定より二年ほど早いんだけどな」
「計画にズレってのはつきものだろ。行くか?」
確かにそうだし、一人で行くよりはナビがついてる方が安心だ。二年の差はナビ付きってことで割り切るか。
「わかった、行こう」
まっすぐ見てうなずくと、ソードが笑った。
「相変わらず女っ気がねぇし、男気の方がある女だよな。じゃあ、行こうぜ」
手を出されたが、たたいた。
「でっ!」
「今すぐ行けるわけないだろう! いくら居候でも、それなりに準備があるんだよ!」
コイツとは三年付き合ったが、大体において身勝手で唐突なんだよ! 何度迷惑掛けられたと思ってんだ!!
準備期間があまりにも足りなかったが、それでもある程度は用意しないといけない。
めぼしい物……ほとんど何もないけどな、布系を拝借してソードからもらったマジックバッグという素晴らしい魔導具に放り込んでいく。
そのあと訪れたのは厨房だ。
現れた私を見て、料理人は何かを察したように作業を止めて私の所に集まってきた。
「悪いな、酒造りはこれで終了だ。私はソードについてこの屋敷を出ることにした」
「…………左様でございますか。今まで、インドラお嬢様の素晴らしき英知で私どもにも恩恵を授かりましたことに感謝を申し上げます。残った酒はいかがいたしましょうか?」
「好きにしろ。酒造りも、別に止めはしない。魔術がなければかなり厳しいとは思うが、それでも単に潰して発酵させた後熟成させる手法なら、器を熱湯で消毒することと味の変化に気をつけていればできなくはないだろう。お前たちは、寝かせてうまいものを目指すより、そこそこでいいからすぐ飲みたいようだからな」
料理人は笑い、もう一度頭を下げた。
「……? なんだ? なんというか、ばかにあっさり納得して引き下がったな?」
料理人が苦笑した。
「以前にソード様から通達がありました。インドラお嬢様を連れて行く、と。その後の身の振り方を考えておけ、と」
え。そうだったの?
アイツ意外に唐突なやつじゃなかったのか?
「そうか。事前に話があったなら考えもしているな。
製法は秘匿しろ、ただし作ることも成果も好きにして構わない。私からは以上だ」
「……お嬢様も、末永く健やかな毎日をお過ごしください」
肩をすくめた。
「末永くはわからない。……この世界は、優しくない」
絶句した料理人にヒラヒラと手を振った。
ソードが根回ししてくれたとなると、残りの連中にも通達がいってるだろうからいちいち集めて言わなくてもいいのは助かるな。あとの残りはラスボスの屋敷の主、スプリンコート伯爵だ。
娘の方は会わないように逃げ回っていても見つかって突撃されていたが、父親の方はほぼ会わなかった。
……お、執事発見。
「スプリンコート伯爵は?」
「執務室でございます」
「これから出立の挨拶をする」
執事が目を見開き、その後深く礼をした。
「祝いの小金でもふんだくっておかなければ、母上の敵も討てないからな」
「……お母上のためにですか?」
「金をふんだくる方便だよ」
私が笑うと、執事も引きつったような愛想笑いをした。
ドアまで案内され、執事がノックをし、用件を伝える。
「インドラお嬢様が、お別れの挨拶にいらっしゃったそうです」
「…………何?」
けげんな顔で振り向いた男に、冷笑し、踏み込んだ。
「ごきげんよう、スプリンコート伯爵。耄碌したとはいえ、まだ御生存あらせられたとは重畳。……この度、私、インドラは、晴れてこの屋敷からオサラバすることと決意いたしました。その祝いとして、少しばかりの心付けを頂きに参上いたした次第」
男は唖然としている。
「……お前は、誰だ?」
ワーオ。耄碌して誰だかもわからないらしいよ?
「痴ほう症がかなり進行しているようですね。たった今も名乗りましたがインドラと申します」
「……お前!! その髪はどうした!?」
何を今更、髪の話題を振ってくるんだ?
「三年以上前からこの髪型でしたが。あなたの娘さんが切って下さいましたよ」
「……プリムローズが!? そんなことをするわけがない!!」
「何勝手に決めてるんだろ? 今日は雨だ! って決めつけようが晴れてるって事実は変わらない、ってわからないのかしら痴ほう症の老人には」
ギリギリと歯噛みをしている。
「アンタが金をくれないからアンタの娘が切ってんだよ。……そんなどうでもいい話をしにきたんじゃない。今までよこさなかった小遣いと死んだ女の貴金属をよこせ。ここを出て行ってやると言ってるんだ、色をつけてとっとと渡せ。それでアンタとの関係は終わりだ。……縁が切れてうれしいだろう? とっとと支払え」
そう言ったら唖然とされた。
「……お……お前……。お前は……男だったのか」
「何を言ってるんだこの痴ほう症。もう一度言う」
息を吸って、ハッキリ言った。
「『金 を よ こ せ』――聞こえたか?」
ハッと我に返ったように怒鳴りだした。
「渡すわけないだろう!? 第一、ここを出る? お前のような者がここを出てやっていけるわけないだろう……」
って尻すぼみになってったのはやっていけるかもって考えたんだろうな。
「そんなことお前の知ったことではない」
「許さん!」
「お前に選択権などない」
「なんだと……!?」
「私が『誰から生まれたか』はハッキリしている。だが、お前は以前言ったな? 痴ほう症で忘れているかもしれないが、私はまだまだ若い脳細胞をしていて、ハッキリと覚えているぞ。『自分が父親だなんてわからないだろう?』って言ったのをな。公爵家令嬢だった女の娘である私が、父親ではないと否定している伯爵に、なぜ『許さん!』などと言われなくてはならない?」
「……お前……」
ギリギリと歯噛みして悔しがっている。
「お前が父親ではない方がこちらも都合が良い。ただ、お前は公爵家令嬢の母が死んで、私に渡るはずだった金や貴金属を奪い着服しただろう? 返せ」
男が絶句した。
フリーズしたらしく、固まっている。――と、いつの間にかどこかに行っていた執事が戻ってきて、一礼した。
「こちら、インドラお嬢様がお受け取りになるべき遺産と小遣い、そして奥様の貴金属類でございます」
一斉に執事を見た。
「ハンニバル!!」
「旦那様」
執事が、いつになく鬼気迫る形相で男を見た。
「インドラお嬢様は、奥様と旦那様の仕打ちに耐えられず心身共に衰弱してお倒れになったものの奇跡的に生還なされました。そして旦那様方を見限り、貴族としての地位を捨ててもここを出たいと思い、本日それを実行に移されます。――旦那様が出来ることは、快く送り出すことのみ。……ご理解いただけるはずですね?」
「…………」
男はブルブルと怒りで震えていたが、突然執事が持ってきた袋をつかむと、床にほうり捨てた。
「ほら! 拾え! 物乞いのように! 拾ってとっとと目の前から消えろ!」
わめき散らしたので、その袋を蹴り上げて顎にぶつけてやった。
ぶつかった軌道で私の手元に落ちるような計算で。さすが私。
男は顎を押さえてうめいている。
「全部床に落としてみたら? 全部、お前にぶつけてから手に乗るように蹴り上げてやる」
冷たく言ってみたけれど、痛すぎたらしくて何も言い返してこないし、実行もしなかった。
しょうがないので執事から受け取る。
「……お嬢様。もしも……奥様の貴金属を換金なさるのでしたら、今この場でもよろしいでしょうか?」
「ん? いいぞ」
「では、こちらはお預かりして、こちらになります」
ずっしり。
「公爵家令嬢で伯爵家夫人であった方の宝石類が町に流れると困りますので……」
ということらしい。
私は金があればいい。もっと言うと、私が思う『普通』に暮らせる金があればいい。
もらったお金をマジックバッグに入れて、歩き出そうとしたとき
「お姉様! 出て行っちゃうってホント!?」
って部屋に飛び込んできたのは鳥頭ことプリムローズ。
「本当。じゃあな、貴族マナーの勉強頑張れよ、サヨナラ」
「そんな……! 行かないで!」
「嫌なこった。こんな屋敷に一分一秒でもいたくないね!」
「私がいるじゃない! それなのに出て行くの!?」
「あの男とお前が代わりに出て行って、私が当主になるってのなら残るのを考えてやってもいいぞ」
すると、プリムローズがぶるぶる震えて、
「お姉様なんて大ッ嫌い!」
って叫んできた。
フッと鼻で笑う。
「じゃあ、お返しにカミングアウトするとな、私はお前のことが好きじゃなかったし好きになれそうにもなかったんだ。お互い様だったな!」
私が言い放ったら全員が凍りついた。
「……姉様のバカ!!」
プリムローズはブルブル震えながら叫んで走っていった。
さて、行くか。邪魔者も去ったし、とっとと屋敷を出よう。
いつもの場所に行ったらもう来てた。
「意外と早かったな」
「いや、それはお前だろう? ……私は金の引き出しにかかる時間が読めなかったけど、意外とすんなりといったな」
途中メイド長に捕まるアクシデントがあったが。
なんかせん別をもらった。執事や使用人たちのもまとめてだそうだ。
着替えと金だった。
「いつもおいしい料理と酒と甘味をいただいているお礼です」とのことで、遠慮なくいただいた。
水飴は作りやすいと思うから、これからは酒チームに遠慮せずガツガツ作ってくれ。
「じゃ、行くか。……たたくなよ?」
また手を差し出された。
しょうがないので渋々握る。
「確かに私は子供だが……十歳はレディと呼んでも差し障りのない年齢だと思うのだが? なんで手つなぎなんだよ?」
「大人ぶった子供みたいな発言すな。キャラじゃねーだろ」
どんなキャラだと思ってんだよ。
ジト目で見たら、笑って頭をなでられた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます