第12話 なんだこの小僧(怒られた)
〈ソード〉
――コイツ、一瞬で間合いを詰めて、手首を狙いやがった。
なめてはいたが、そこまで油断したわけじゃねぇ。それでもあまりの速さと正確さに防御が間に合わなくなりそうだった。
……やっぱ、ただ者じゃねぇな。インドラって令嬢本人じゃないのは確実として、じゃあ誰だ、いや〝何だ〟って話だが……。
……いや、やっぱ人だな。型にはまった戦い方をしやがる。
だからこそ、楽にしのげてるんだけどよ……。
パワーを見るために、わざとつばぜり合いに持っていった。
……ここで本当に驚いた。
……コイツ、俺と互角に渡り合ってやがる! さらにだ、魔素が膨れ上がりやがった!
失敗したな、ここまでだとは予想してなかった。この棒ッ切れじゃもたねぇ。
素早く身体能力を上げる詠唱を唱え、小僧を跳ね飛ばす。
小僧の身体が宙に浮き、跳ね飛ばされた反動で手が上がり胴ががら空きになる。そこをなぎ払おうと棒を水平に振った瞬間。
絶妙のタイミングで手首を蹴り上げやがった!
「ぐっ⁉」
……ヤベェ、骨がイッたかもしんねーな。
小僧はたたらを踏みつつも着地し、すぐさま間合いを詰め……
「待った、降参。これで終わりだ」
ギリギリで止めた。
小僧の動きが止まったのを見て素早く回復薬を飲んで追撃に備えたが
「そうか。……それで、私はどんな感じだ? 冒険者になれそうか? それともそんな実力は無かったか?」
って、構えを解いてのん気に聞いてきて、どうしようかと思ったぜ……。
***
「……あのな。まず最初に言っておく。――お前には! 常識が! 欠片もねぇ‼」
ええー……。
「そんな力いっぱい言わなくても……」
「言いたくもなるんだよ! いっくら一人で練習してました、誰にも見てもらってません、そうは言ってもな、モノには限度ってモンがあるだろ‼ なんで実力がねぇとか考えるんだよ‼」
だから、他の人を知らないんだって。
「つーか、なんでそんなに強くなれたんだよ! スピード、パワー、どれをとってもガキのレベルじゃねーぞ! それどころか大の大人にだっていやしねーよ‼」
あ、やっぱりそうなのか。この世界はファンタジーだからこれくらいゴロゴロいるかと思ったけど。
「……薄々は、おかしい気がしてた」
「薄々かよ⁈」
重ーいため息をつかれた。
「……お前、人族か?」
って……。
どこぞの野菜の星から宇宙船でやってきたとでも? 尻尾、生えてないよ?
「……質問の意味がわからないが、私を産んだのは人間だな。悪魔みたいな顔をしていたし仕打ちも悪魔のようだったが。……男の方はなぁ……。一応、相手の男の一人は人間と確定してるのだけど、実際のところは産んだ女しか知らないだろうな。だが産んだ女は死んだので、永久に謎のままだ」
唖然とされたし。
その後、再び重いため息をつかれた。
「……わかった。ま、優秀な子供だってこったな。しかし! 常識がねぇ!」
また言われたし。
「常識は人に絡まなければ大丈夫だ。……じゃあ、私は冒険者になれそうなんだな?」
「冒険者が人に絡まねぇなんて考えてんのがもう、常識がねぇ証拠だよ」
わぁ。必要だったみたーい。そして実力より常識知らずのせいで冒険者の夢は頓挫するかもだ!
考え込んでる私を見て、頭をかくと
「……ま、これも何かの縁だ。冒険者になりたいってんなら、ちょっと見てやるよ。俺もいい練習相手が出来そうだしな」
と言ってくれた!
「……お前。うさん臭そうな顔をしてるのに意外といいやつなんだな」
って感動したら
「うさん臭ぇってなんだよ⁉ つか、お前、ホント常識ねぇな!」
って怒られた。
「で? 訓練はこれで終わりか?」
聞かれて首を振った。
「身体の鍛練はもうやったからいい。もうそろそろ昼飯を食って、その後夕方まで魔術の訓練だな」
「昼飯食ってんのか? 優雅だな」
優雅なんだ?
「……食べなくても良かったんだが、子供の時期、ちゃんとした身体を作るには三食食べた方がいいと考え直した」
「……お前って……。こまっしゃくれた、つーよかなんか長年生きてるジジイみたいだな」
って言われた。ついでに、
「で、昼飯? お前、料理人志望でもあるんだっけか。なら、俺に食わせてみろ」
って……。
「えー」
「うっわ、嫌そうな顔してるな」
「料理人志望じゃないし。それに、いい大人が子供にたかるな」
「お前、それがこまっしゃくれてる、って言ってんだよ。常識のねーお前に言っておくけどな、ほめ言葉じゃねーぞ」
「わかったわかった。今日はいろいろ教わったし、そのお代だな。ついでに、もう少し常識を教えてくれ。あと、身体を洗って。とてつもなく臭い」
「……お前、段々遠慮が無くなって雑な扱いになってきてるよな」
それは否定しない。だが臭い。
男がふと目を見開いた。
「……あ、気付いた。お前、小汚いカッコしてる割には小綺麗にしてるよな」
「毎日ここで洗ってるのだ。誰も来ない……お前以外来なかったから、外で身体を洗ってた」
「……ここで?」
辺りをキョロキョロしている。
「せっけんとスクラブも使っていいから。昼飯食べる前に身体を洗おう。臭いと食欲がうせる」
すっごい嫌そうな顔をされて
「わかった。お前って、かわいげがねぇ」
とか言われた。
***
〈ソード〉
――小僧に「服、脱いで」っつわれて、いぶかしげに見た。
「水はどうした?」
「これから出す」
そう言うと、ちょっと離れたところに雨が降った。
「あァ⁈」
……コイツ、まさか。
「アレに当たって身体をぬらせ。ぬれたら一度止めるから。その後、コレ。コレを身体に塗りたくれ。頭はコッチ。コレを塗って、頭はそのままこする。身体は顔以外はこの布でこするのだ!」
魔術使えるのかよ⁈ って考えてる間にアレコレ渡された。
ボーッとしてると、「とにかく、脱いで」ってせっつかれたので、仕方ねーから脱いでその場所に行った。
下が組み木になってるその場所、上から水が降って……。
「なんだ⁈ 温かいぞこの水!」
「暑い時期だって、水浴びは身体が冷えるだろうが。しかもこんな外じゃより一層な。……あー、もうしょーがないやつだな。やり方見せるからまねしろ!」
っつって、服を脱ぎだした。
服を脱ぎ捨て、驚くほど白くその細い身体は……。
「お前、女だったのかよ⁈」
女の子の身体だった。
***
心外な!
「見るからに女だろうが⁉ どこに男の要素があるのだ‼」
水面に映った自分を見たことあるけどな、結構な美少女だったぞ! 色白だし、野菜の星の人もびっくりなパワー持ってても、結構ほっそりしてるし!
「お前、インドラ本人か!」
「当たり前だろうが!」
偽名前提で話してたのかよ⁉
「貴族がなんでそんな頭してんだよ! 貴族じゃなくたって、そんなに短い髪の女いねーよ!」
って怒鳴ってからハッとした顔をした。
「……まさかお前、ソレ、誰かに切られたのか?」
「まぁ、切ったのは屋敷の当主の娘だけどな」
「それって……」
「最初は放心しながら切ってたけど、最近は喜んで切ってるな。やっぱりあの娘は物事に慣れるのが早い。柔軟性があるっつーよか、鳥頭だな」
「お前が切らせたのかよ⁈」
いちいち怒鳴ってくる。
「いいから、まねしろ。……お前も頭を洗えばわかるけどな、髪が長いと洗いにくいんだよ。稽古にしたって髪が長いメリットなんて何一つないし、もっと言うなら私は髪を切る手段が自分で切るかその子に切ってもらうかの二択しかない。子供の腕でガタガタに切られた長い髪より、まだ短い髪の方が様になるからって理由もある」
身体にせっけんを塗りたくり、ボディタオルで擦りながら説明した。
「……ホンット常識ねーな……。って、なんか泡立ってきたぞ?」
「原理の詳しい説明がほしいか? 聞いても半分も理解できるかわからないぞ?」
「やめとく。……お前、魔導師とかなのか?」
魔導師! なんだかかっこいい響き。
「違う。私の中では常識なんだ」
首を振ると、男が眉根を寄せて私を見た。
「でもお前、何気に高度な魔術使ってるだろ。無詠唱で、しかも湯を出せるなんて聞いたことないぞ」
…………。
「やっぱりこれは魔術だったのか‼」
「そっからかよ‼」
また怒鳴られた。
臭かった男が洗い上がった。ついでに臭くない私も洗い上がった。
温風で乾かす。これまたギャーギャー言われた。もう、うるさいなぁ。
乾かし終わって、男がいかにもいいお湯だった、みたいな顔をして言った。
「あー、サッパリした」
「それは良かった、お互いに」
そうつぶやいたらにらまれた。なぜだ。
「おい坊主……じゃねぇ、嬢ちゃんよ。コイツはいったい何なんだ?」
せっけんを指さす。
「[せっけん]、もしくは[ソープ]と呼ぶものだ。この世界の言葉で言うなら【洗剤】とでも表現するかな」
「どうやって手に入れた」
「私が作った」
またにらまれた。なぜだ。
「どうやって」
「水と塩と油が原料だが、かなり試行錯誤の結果だぞ? 簡単には出来ない。ものすごく大変だった」
電解するんですよ。それが超大変なんですよ。そして超危険なんですよ。
「……お前、本当に魔導師じゃないのか? 実際いくつだ? 七百歳とかいうオチじゃないのか?」
「七百引く六百九十三歳だ。魔導師がどういう者かわからない。むしろ天才と呼んでほしい」
男がやれやれ、って感じで肩をすくめる。
「天才さんよ。料理も期待してるぜ」
「わかった、だから教えてくれ」
「天才に何を教えるって?」
「常識だ。……私は魔術を使ってるんだな?」
呆れた顔をされたし。
「なんだと思って使ってんだよ、お前は」
「わからないから困ってたんだ。『やってみたらなんか出来ちゃった☆』って表現が正しい」
ブホッと噴き出した。
「で、魔術が使えるのは普通なのか?」
「才能のあるやつは使える。けど、お前が使ってるのはフツーじゃねーんだよ。お前、詠唱はしてねーよな?」
「してない。誰に教わったわけじゃないし、本にも載ってなかった」
「本は読んだのか」
うなずいた。
「概念しか載ってなかった。でも出来た」
「それがおかしいんだよ。つーか、お前、どうやってんだ?」
「お前は魔術を使えるか? 使えないと言ってもわからないと思う」
男は手をかざした。で、意味のわからない言葉を早口でつぶやくと、火が飛んで出た。
「おお! 王道だな!」
「知ってんじゃねーか」
ツッコまれたけど、知ってるわけじゃないもん。
「知らない。けど、それこそ本の知識でそんなふうに使うのが魔術なんじゃないかと想像していた。今何か言ってた言葉が詠唱というものか?」
「そーだよ。……つーかよ、杖なしでこの威力を出せるってのには驚かねーのかよ」
「手加減したんだろう? 火で威力を出したら下手をすると火事になるからな」
「……もーやだお前。ナチュラルにあおってくる」
えええ。なんでさ?
唇をとがらすと、男が笑って髪をくしゃくしゃとなでる。
「……確かによく見たら女で、貴族の出らしいな。この髪の艶と色の白さ、肌のきめ細やかさはご令嬢サマらしい」
「いや、洗剤で洗ったら誰でもこうなるから」
ってクールに返すとまた、にらまれた。しかもほっぺた引っ張られた。なぜだ。
「貴族サマでもなけりゃ、毎日身体を洗わねーよ」
「えーーーっ!」
イヤ! キチャナイ! フケツ!
「ゴミを見るような顔するな! だから貴族だっつってんだよ!」
うわー……。私、平民になってやってけるのかしら? いや、そこはまねしないでおこう。
などと話しながら料理場に移動。
「ほー! なるほどな、ちゃんとしてるな」
「……うん、まぁ」
ひどく簡素だと思ってるけど。私の常識は常識じゃない。コレ重要。
戒めてから、厨房でもらってきている材料で料理を作った。
……なんか大食いっぽい予感がしたので多めに作ることにした。料理人も大食いだったから最初作ったときほとんど平らげられた。
私、学習する女。
「そういや、そんだけ変な知識があるのに魔導具は使わねーのか? 天才さんよ」
くるーり。
「な、なんだよ」
振り返っただけなのに、ひるむ男。
「魔導具の作り方、知ってる?」
「知るわけねーだろコラ。俺は冒険者だっつってんだろうがコラ」
うむー。やっぱダメか。
多趣味な私としては、是非とも魔導具も自作したいところだったけど。……それにしてもこの男、だんだん私の扱いが雑になってきてるような?
「魔導具は触ったことはおろか見たこともないから、まさしく未知の産物なんだ。死ぬまでに是非ともひと目お目にかかりたいと願っている」
「大げさな。お前は一体いくつだ。あと、時計は魔導具だ」
「大げさじゃないし、明日死ぬかもしれないし、時計が魔導具なのも知ってる。けど、持ってない。持たせてもらえなかった。知識として知っている、だけ」
男が黙った。
「貴族サマが持ってないって?」
「確かに私は貴族、らしいけどな。居候だし何も与えられてないんだよ。しつけだけは五歳までに物理的にたたき込まれて、やろうと思えば完璧だけどな」
虐待されて習ったことなんかやりたくない。褒めてもらいたくて必死で習得したことは黒歴史だ。どうせ貴族は捨てるんだし、今も捨ててるようなものだし、やらなくても問題ない。
「…………。ホラよ」
ってほうり投げられて、思わずキャッチしたものは。
「……これは……」
「それの代わりに、さっき身体洗ったアレらをよこせ」
せっけんと交換で、時計をゲットした。わらしべった!
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