第11話 しらないひとがまたきたよ

 うさんくさい男は同じ時間に現れた。とりあえず、警戒しつつも情報を引き出すことに決める。

「お、先に来て待ってたか。感心感心」

「いや、ずっといるから」

 最近は朝に朝食を食べに戻り、その後厨房に顔を出して料理人と実験の経過や結果、あと新作などを話したらまた山に籠もり夕飯まで帰らないサイクルだ。身体もここで洗ってしまっている。今まで誰も来なかったし何も現れなかったから。

 男が眉をひそめた。

「ずっと? ……お前、仕事は良いのか?」

「だから、その仕事を見つけるために今ここで鍛錬してるのだ! 何も出来ない子供が仕事を得られるわけない…………よな?」

 最後、疑問形で首をかしげてしまった。

 ……もしや、この世界では子供でも仕事が得られるのか⁈

 ならもう少し計画を早めてもいいかもしれない。

 取りあえず今日はこのうさんくさい男から、私でも出来る仕事がありそうか聞き出してみよう。そうしよう。

「あー……いや、ま、仕事は言い過ぎだけどな。親の手伝いだよ、それはいいのか?」

 ……なるほど。そういう意味だったのか。がっかり。

「いいんだ、親はいない」

 手をヒラヒラと振った。

 そうしたら、男がバツが悪そうに頭をかいた。

「……そうか。悪いこと聞いたな」

「親の手伝いはいいのか、って質問は悪いことではないから安心しろ。……私の常識ではな」

 この世界だとどうなのか……あ、別世界でも悪いことかもしれなかった。

 男が苦笑する。

「お前、面白いやつだな。……よし、気に入ったから稽古をつけてやろう」

「待ってくれ、その前に質問があるんだ」

 ビシ! と男を制した。

「私は今、七歳なんだが、普通は七歳で仕事が見つけられるものなのか?」

「いや、無理だろ」

 ……なら、さっき期待させんな! 当然みたいに即否定すんな!

「……いくつならマトモな仕事につける? 具体的には独りで普通に暮らせるくらいの賃金を稼ぐ最低年齢と職」

 男が顎に手を当てた。

「……悪いが、俺も冒険者以外の職業は詳しくないんだよ。冒険者は基本、いくつでもなれる。お前さんと同じ、親を失った子供たちが日銭を稼ぐために冒険者に登録して、それこそ雑用こなして日銭を稼いでるよ」

「ふーん……」

 ということは、手っ取り早いのは冒険者か。

 ファンタジーだと、ゴブリンを倒したりするアレだよな。あとはダンジョンに潜ったりもするんだよな?

 ……面白そうだから目指してみようかな?

「……お前、冒険者になるつもりか?」

 って面白がってる顔で聞いてきた。

「候補に入れてる。というか、他の職業が分からん。……あ、一つ知ってた。料理人」

 うちの料理人にはもうプロになれる腕前です、とか言われた。お世辞だろうけど……。

 ただ、子供では確実に無理だろう。

 資金は、出ていくときにあの男からふんだくるとしても、基本、この世界の人間は信用ならない。

 人間社会には階層があるし、貴族と平民の差がわからんが、大人と子供には差がある。まともに相手されるとも思えないので、人相手の商売以外に就きたい。

 最悪自給自足でも良いが、観光したい、せっかくこの世界にいるんだし、屋敷と山しか知らないのはつまらない。出来ればもうちょっと長く生きてみたいし。

「へぇ。それが出てきたってことはもしかしてお前、料理出来るのか?」

「まぁ、人並み……食える物は作れるな」

 面白がられてる。いや、料理くらいは別世界でだって作ってたぞ。

 特に私は小さい頃から作ってたから、この年で作れるのは普通だって……別世界では普通だって知ってるもん。

「……私は、今住んでいるところとこの山林しか知らないのだ。私の常識ではこの年齢でも興味があるなら大体のことを出来るのは知っているが、それがこの世界の常識なのかはわからない。だから、私の常識では料理が作れるのは普通なのだが……」

 って弁解した。

「……そうか。ま、それで変わってるのか。わかった、とりあえずお前が知りたいことがあったら教えてやる。俺が知ってるか、人に聞いて分かる範囲でならな。で……稽古はどうする?」

「もちろんやりたい。察している通り、生き物と対戦したことがないのだ。自主練だけだと自分の鍛錬が足りてるのかどうなのかわからない。出来れば私に冒険者になり得る実力があるのか無いのかも教えてもらえると助かる。軌道修正は早めに行いたい」

 男が笑った。

 あ、ようやくうさん臭さが消えたぞ?

「……なんつーか、大人ぶった、つーか、こまっしゃくれた坊主だな。インドラ、だっけか?」

 うなずいた。

「わかった、とりあえずかかってこい。……その腰にくくり付けている木剣がお前の武器だろう? それを構えろ」

 ……構えを見るのか? まぁ……いいけどな。

 でも、別世界ではそこそこの有段者だったんだけどな? 私。

 スラッと抜いて、構えた。

「ほー。……独学で、いい構えするじゃないか」

「……構えはいいんだ。その知識はある」

「知識と実践は違うだろ」

「そうだが、構えや型はいいんだ。〝実践〟をこの体で体験したことがない」

 別世界で体験した知識は、脳に記憶されている。

 いくら体で覚えるとは言っても、その体を動かしているのは脳だ。脳に動かした知識がある限り、それが私の体を動かす。

「正直、何言ってんのか半分もわかんねーんだけど、自信があるっつーのは伝わった。それだけ大口をたたくなら実践で指導してやるからかかってこい」

 …………。

「えーと……」

「戦い方がわからねーのか?」

「いや、そうじゃない。……お前が構えてないから困っている。それとも、お前の他にかかっていくものがあるのか?」

 ……この世界の常識って、難しい。念のために周りを見渡したが、よくわからない。

 どうするのだろう。

「俺だよ。……あのな、お前ごときに構えが必要だと思うのか?」

「必要だろう。……言っておくが私がなりたい職業は盗賊や殺人を生業にしてる者じゃない。何も構えてない者をたたく稽古は実力を測ってからにしてくれ。今回は、普通に、敵対している相手と戦う稽古をしてほしい」

 話しているうちに男が感心したような顔をした。

「……お前、本当にこまっしゃくれてんな。まぁ、いい。納得した。んじゃ……」

 ぶらっと歩くと、枝を切り落とし、長い棒のようなものを構えた。

 ……あ! その棒! 木刀っぽい! ほしい!

「その棒、いいな。私の木剣と交換しないか?」

「いいから、かかってこいっつってんだろ!」

 ダメらしい。

 肩をすくめると、間合いを詰めて、斬りかかった。

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