第2話 勉強を始めるよ

 身支度をしていたら、ノック音が聞こえてきたと思うとしばらくして扉が開いた。そして私を見て驚いた。

「お、お嬢様!? 体調はもうよろしいのですか?」

 新人メイド嬢だ。十五歳とまだ若い。……五歳に言われたくないだろうが。

「ええ。おかげさまで」

 無難に答えを返し、オドオドとこちらを見ているメイドを見返しながら思案する。

 いつもオドオドしているのは、新人なのに側付きにされ、肩身が狭いし何も知らないで失敗ばかりしているし私は屋敷中から嫌われているしで、周りの目がきついんだろう。かわいそうに。

 ――って、同情してる割には利用させてもらうんだけどね! ……この子には悪いけど全てあの男が悪いんだから、もうちょっと泥を被ってもらおう。ごめんね。

「これから全ての食事は部屋でとります。食事を部屋に運んで下さい」

「え?」

「……。食事を部屋に運んでくれ、と言ったのだ」

「は、はいぃ!」

 言い直したら、へんな返事をしてお辞儀する。

 きっとこれもあの男が私を虐待するいい口実になると思うけど、正直顔も見たくないし、食事くらいおいしく食べたいんだよね。


          *


 ――新人メイドがインドラの言葉をメイド長に伝え、メイド長が執事に伝える。

 以前からいる使用人は、インドラ本人は気付いていないがインドラに対して同情的だ。

 母親からは心ない言葉を浴びせられ、虐待とも思えるような教育をされ、父親は母親が死んでから愛人の娘を連れて戻ってきて、その子は父親としてかわいがるのに同じはずの娘には冷淡に突き放す。

 それでも親の愛を欲して言うことを聞き、父親を追いかける。

 なので、小さいワガママや要望は聞いてあげよう、特に病み上がりならばベッドから起き上がるのもつらいだろうしとうなずいて了承し、指示を出した。

 執事は念のため、父親である当主にも目が覚めたことを伝える。

「つまらないことをいちいち報告するな」

 見るからに嫌そうな顔をして突き放すように言う。

「……かしこまりました」

 一瞬の沈黙の後、返事をする。

 食事の件は「つまらないことは報告するな」とのことなので報告しないことにした。


          *


 今の世界の食事はおいしくない。

 なんつーか、ひと味もふた味も足りない。足りないけど、文句は言わない。栄養が足りてれば体の育成には問題ない。味はいつか自分で料理したときになんとかしよう。

 で、昨日までは病み上がりだったので大人しく本を読み今後の計画を立てるにとどめていたけど、今日から本番!

 新人メイド嬢に命じ、動きやすそうな男の服を調達してもらった。

 別世界では縫い物も達者だった多趣味な私だったので一通り簡単な、簡単な! 服なら作れるのだけど(大事なことなので二度言う)その時間があるなら勉強もしくはトレーニングしたい。

 ということで、無事練習着を手に入れ、トレーニング。

 基本ほったらかしなので、好きなように勉強運動出来るとポジティブに考える。

 愛人の娘は家庭教師に教えてもらっているらしいけど、私がそれに混じることはない。

 私も一緒に、……なんてお願いしたってかなうわけないどころか罵詈雑言のオンパレードだろうし、今となっては口も利きたくないので自分でなんとかしよう。

 まずは基礎トレ。私は格闘技は和洋中どれもやっていた。

 それを思い出しつつ、ストレッチ筋トレ持久走と、基本の構えと型を行った。

 うん。お嬢様の体だけあって、全然なっとらんわ! ま、まだ五歳だもんね、しょーがないか。


 並行して、魔術の勉強!

 いや、普通の勉強もしてるよ? でも、文字の読み書きはスパルタ教育でもう終了し、計算は別世界で勉強したので必要ない。暗算は得意です。つか理系は得意なので残るは地理歴史、それは本を読むしかない。

 新人メイド嬢にお願いという命令して地理と歴史と魔術の本を持ってきてもらい、読むことにした。主に魔術の本をね。

「……ふむふむ。結局感覚が頼りなんだね」

 魔術が使える人には魔術が使える感覚がある、らしい。

 もちろんわからないが、ただ、別世界の私とは違う体だというのがわかる。なんというか、こう、第六感! みたいな言い表せないふんわりとしたものを感じる。

 きっとこれが魔術が使える感覚だ。そうに違いない。思い込みは大事。

 この、ふんわりとしたものを集中してふんわりと感じることに集中した。

 …………。

 うん、ふんわりとした流れを感じるようになってきた。よし、きっと使えるようになるぞ! まだふんわりと感じるだけだけど!

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