第2話 呪われた善性

 

 風属性を得意とする、レトレシア4年生最高の魔術師はだれか。


「なんだよ、その嫌味や質問は。ふつうにサティじゃないのか?」


「馬鹿かね、アーカム。最高の魔術師、だ。誰が決闘魔術・実践魔術の領域で話をした。ここはどう考えたって学術的な観点から物事をだねーー」


「あー、はいはい、いいですよー、ガリレオ様ですねー」


 最高にしゃくに触る、おざなりな相槌に、魔法封印された堪忍袋が弾けそうになる。


 落ち着くのだよ、ガリレオ。

 今朝のわびれもないアーカムだが、至って平常運転じゃないか。


 たしかにこの男は、エルトレット魔術師団における三強ーーいや、魔術大学全学年見ても、三傑にはいる実力者でありながら、性格がひどいのは周知の事実。


 なに、構うことじゃない。


「いやぁ、ガーリィ悪かったな、うちのアーカムが」


 透かした濃いイケメン、パラダイム・ホットスワンが肩に手をおいてくる。


「……別にいい、気にしてない」


 俺は一言そう返し、肩から手を払いのけた。

 アーカムとパラダイムが顔を見合わせ、不思議そうにしている、が、彼らには俺の気持ちなどわかりはしない。


「おい、大丈夫かよ? 何かあったのか?」

「うるさい、今は干渉しないでくれないか」

「……っ、そうか、わかったぞ。ダイヤリーダのことだろ?」


 チッ、この野郎、躊躇なく言い当ててきやがる。


「今回で……4回目か? いつも落ち込んじゃいるが、今回は特別引きずってるな。

 何かあったのかよ、ガーリィらしくなくないか? 何度でも起き上がる、それがガリレオ・グレゴリックっていう天才だろ?」


 授業に戻ったアーカムとは違い、パラダイムは呑気にそう告げてきた。


 この言葉はプチんと来た。

 なにが何度でも起き上がる天才だ。

 俺は、今の俺をつくる要素の中に、才能など1ミリも無いと自負している。ああ、誇りだとも。


 人を作るのはそのものの努力以外にありえない。


 それを、何度だって起き上がれる天才だと?

 ふざけるなよ、俺よりよっぽど才能に秀でた男が何を言う。

 というか、そもそも天才は転ばないだろうが。


「ん? ガーリィ?」


「……」


「っ、ガーリィ! ガリレオ!?」


「うるさい、黙れ、授業に集中させてくれないか」


 俺の気遣ってくれるのはわかる。

 だが、その優しさは、俺を苦しめる。


 困った顔で、教卓へむきなおったパラダイムを見届け、俺も教授の話へともどった。


「このようにゲイシャ神話において、天秤はおおきな意味を持っています。バランスが崩れた世界は、よく天秤が傾いた状態に例えられます。

 傾いた天秤を戻すためには、おもしを乗せればいいわけですが、この際、おもしが一対の塊を成していると、うまくバランスを取れません。


 そこで、ゲイシャポックはこのおもしをちょうど良い重さに仕立てるよう、天使を地上に使わすのです。

 このおもしをの研磨と仕上げ作業を行う天使たちを、かつての神学者たちは『天秤の守り手』と呼びました。


 もっとも、現代における天秤のモティーフの意味は、バランスの調整ではなく、調査の終わった世界、平穏、転じて均衡と平等でありますが、

 起源は、絶えず均衡など訪れない悲観的世界を、重りのバランスがひっくり返る、その一瞬だけでも釣り合わせようとする、運命へのささやかな抵抗にあったのです」


 教授の話を、教科書に沿っておってゆき、噛み砕いて理解していく。


「この授業とったの失敗だったなぁ……」

「そうか? 面白いけどな。悪魔が天秤の破壊者ってのもなかなかにそそる」


 パラダイムはもう授業に飽きてしまったらしい。

 一方で、興味津々なのがアーカムという男。


 もっとも、この男は思春期病に感染してるだけなので、神話に興味をもってるのは、そっちの影響だろうか。


 今にも眠りそうなパラダイムを、横目にみつめる。


 喋る教授がその目に映っているのかは、わからないが、不思議と彼が何か思考にふけっていることはわかった。


「ガーリィ」

「っ、ん、なんだ」


 声をかけられ、やや驚いて反応。


「お前が悩んでる姿とか、見たくないんだよぁ……」

「なんだそれ、いきなり。脈略がないではないか」

「ダイヤリーダのことたっての。ほら、うちとダイヤリーダのサークルって仲良いから、よく一緒に練習するだろ?」


「それが、どうした。ダイヤリーダなど、俺には何も関係ないことなのだよ」


「いや、お前、いまさら無理だろ。流石に4回告白しといて、関係ないってあるかよ」


 言われてみると最もだから、困り物である。


「パラダイムが、気にすることじゃない、のだよ」

「いいや、気にするな。ガーリィは昔からダイヤリーダのこと好きだったろ? そろそれ、俺にも協力させろよ? な?」


 この男、本気か? 

 まさか、鈍感系主人公なのか?

 どう考えてもダイヤリーダが好きなのはーー。


「お前だろうが……」

「え?」


 神妙な顔で、聞きかえしてくるパラダイム。


 俺は腹の底から湧き上がる劣等感を、なんとか抑えこみながら、気炎をゆっくりと吐きだす。


「お前、だろうが、彼女が好きなのは……ッ」


 俺を馬鹿にして楽しいか?

 そんなに、俺が醜いか?

 そうか、そうか、つまり君はそういう奴だったんだな?


 って、違う、この男はそんな男じゃない。

 わかってるさ、こいつは本当に良い奴だ。

 この言葉もすべて、俺のことを思って言ってくれてる。


 だからだよ、こんなにも、こんなにも胸が裂かれんばかりに痛いのは、お前のことを恨む俺自身が、俺を呪い殺そうと苦しむのはさ。

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