【未完結】魔術大学では5回目くらいで成就します!

ファンタスティック小説家

第1話 連戦の連敗

 

 名門レトレシア魔術大学、ある放課後の廊下。


「君のことが好きなのだよ。だから、その付き合ってはくれないか」


 静かに首をふる彼女、名を、ダイヤリーダ・グローリアという。


 背を向けさっていく黄金の髪。

 俺は膝の震えをこらえながら、彼女の姿が遠ざかるのをただ見送る。


 ほんの十歩、ただそれだけ遠ざかり、彼女はふとこちらへ美しい碧銀をむけて、ひとこと「ごめんなさい」と、申し訳なさそうな顔で告げた。


 そんな顔をしないでくれ、そんな顔をさせた俺をこれ以上惨めにさせないでおくれ。劇場一本分にも感じられる彼女の退場に、どっと嫌な汗があふれ出る。


 誰もいなくなった廊下、膝をつき、こみ上げる激情に目頭を熱くした。


 俺の名は、ガリレオ・グレゴリック。

 通算4回にもわたる告白に失敗した男だ。



 ⌛︎⌛︎⌛︎



 やかましい、小鳥のさえずり。


 ああ、学校に行くのが憂鬱だ。


 差し込む光に機嫌をそこねながら、硬いベッドから体を起こす。


 洗面台で顔を洗いながら、俺は昨晩のことを思いだしていた。


 わかりきっていたことなのだ。


 眉目秀麗びもくしゅうれい、才色兼備、誰もが認めるカースト上位陣のダイヤリーダは、魔術大学4年生のあいだでは魔高の花、

 14歳となって色恋沙汰に興味の湧いてきた俺たちの代にとっては、彼女はまさしく手を伸ばしたくなる太陽のような存在なのだ。


 皆が渇望し、すこしでも迫ろうとする。

 だけど、けしてその想いが届くことはない。


 ましてや、俺のような勉学にしかせいを見いだせない男には、彼女のいる場所はあまりにも険しい成層の彼方で、向かおうと思えば手痛いしっぺ返しをもらうことになる。


 1日経っても落ちこんだこの気分が、困難の代償といったところだろうか。


 まだ寝てる親父を起こさず、家をでる。


 ーーカチッ


 時刻は7時30分。


 友人にもらった懐中時計かいちゅうどけいは、寸分くるわず時を刻みつづける。


 この時刻なら、ちょうど朝の『決闘サークル』の練習に間に合うだろう。

 魔術師どうしが、決められた礼節にのっとって、魔法の腕を競いあう大学のサークル活動の一環、朝練などやっているところは少ないが、あいにくと彼女のサークルは、その少ない方の団体だ。


 魔術大学へ到着し、おそらくダイヤリーダが朝練してるだろう決闘場へと足を運ぶ。


 魔法の発動をしらせる超直感ーー魔感覚まかんかくが、機敏に反応して決闘場のそとからでも、練習の激しさを教えてくれた。


「朝から精がでるなぁ……」


 観客席の一席に座り、魔法陣が描かれた決闘リングを、脱力して見おろす。カバンを抱えて顎を乗せ、最大にやる気を喪失させた構えだ。


 魔法による決闘が危険なものにならないため作られた、安全装置ーー『決闘魔法陣けっとうまほうじんかい』のなかでは、何人もの人間が、2人一組で魔法を掛け合っている。


 元気ハツラツな彼らを見下ろしながら、俺は考える。


 こんな事を繰り返したって何の意味もないのだ、と。

 3回目の告白までは、涙と共に次回への情熱を持つことができた。


 それが、どうだ。

 今の俺には燃えあがるものが何もない。

 もう疲れてしまったのかもしれない。


 陰の住人たる俺が、よくも4回も告白をしたものだ、と誰かに褒めてほしいくらいだ。


 ああ、やめだ、もう無理だ。

 たぶん、次の告白で、俺の心は完全に壊れる。


 そうなるなる前に、やめにしよう。


「っ」


 決闘魔法陣の外側、休憩するダイヤリーダと親しげに話す男がひとり。


 パラダイム・ホットスワン。

 魔術大学いちの親友、いつも一緒の連れ。


 ダイヤリーダとは違う、最強の精鋭が集うと名高い決闘サークル『エルトレット魔術師団』に籍を置く、戦える魔術師として、とても優秀なやつだ。


 俺は歯を食いしばり、ゆっくりと目を閉じた。


 ああ、なんて醜いんだろう。

 これはもう呪いだ、俺は最低だ。


 考えなおすのだよ、ガリレオ・グレゴリック。


 俺の取り柄は、賢さだけなんだ。

 それを失ったら俺は本当に、自分を呪うことしか出来ない、意味なき嫉妬の怪物に陥ってしまう。


「あー、やめだ、やめだ。……俺はついてなかったんだ。そうさ、もう、もういいじゃないか。悔しさに涙する事もない。どんなに考えても動かぬ現実に、唾を吐くこともなくなるんだ。もういい頃だった。…………よし、そろそろ、期末試験の準備はじめないとなー」


 過去の自分との決別。

 掴み取るは、新しい選択。


 わざとらしく声をあげ、立ちあがろうとしたーーその時。


 ーーハグルゥ


 嫌な音とともに、魔感覚をかすめる吐息。


 まばたき禁止の高速魔法が、俺の頭を打った。


「ぐああああー!? 痛ッッタぉぁあ!」


 あまりの衝撃に、頭蓋骨のヒビを覚悟。


 自分でも自覚する騒々しさで、転げまわっていると、トタトタと軽い足音が近づいてきた。


「だ、大丈夫! すごく痛そう……ごめんなさい、わたしが魔法を弾く方向を誤ったばかりに……」

 

 声を無視して、うっすら腫れた額を押さえながら、薄目をあけて決闘魔法陣へ視線をおとす。


 すると、俺の友人のひとり、憎きいつメンの男子のひとりーーアーカム・アルドレアが手を振っているのが見えた。


「えぇい! あいつめ! なんの当て付けだぁあ! っ!」


 思わず怒りのあまりに叫んでしまう。

 が、叫んでから後悔した。


 決闘魔法陣のわきでこちらを見つめるダイヤリーダ。


 ああ、最悪だ!

 頭脳明晰クールなキャラを保っていたのに、もうすべてがめちゃくちゃだ!


「ええっと、グレゴリック、くん?」


 おじおじと声をかけてくる、駆け寄ってきた女生徒。


「チッ、なんだね、そもそも君が魔法抵抗レジストを違えたのが、原因たろう? まずは、謝ってくれたまえよ」


「あ、ごめんなさい。って、さっき謝ったんだけど。というか、保健室行かなくて平気? その怪我は、結構やばそうだよ?」


「ああ、すごい痛いよ。だが、それ以上に不機嫌だ。もう行かせてくれ」


 立ちあがり、ローブに身をつつんだ小柄な女生徒を押しのけて決闘場をあとにする。


「グレゴリックくん!」


 チッ、まだ何かようか。


「はぁ、なんだね」

「あー……その、わたしのこと見て、何か思わない?」


 いったい何だその質問は。

 どんな返答を期待しているというのだ。


「思うところ? あぁ、背が小さいな」


「ぅ、えっと、他には? ほら、何か感じるものは?」


「何を言っているのだ、まったく。……背が小さいから、庇護欲を掻き立てられるやもしれない。いや、まったくもって他意はないのだが」


「いや、背の話から離れて欲しかったんだけど……」


 もう面倒だ。

 いったい何だというんだ、この女子は。


「痛いんだ。申し訳ない気持ちがあるなら、放っておいてくれ。これで失礼する」

「ぁ、うん、そうだよね。……じゃあね、また後で」


 頭の腫れをおさえつつ、俺は決闘場をあとにした。

 結局、あの小柄の女生徒がなにを言っているのか、いまいちわからなかったが、ダイヤリーダ意外眼中にない俺にとっては、そんなことは至極どうでもよいことなのであった。

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