62話 ぐだりぐだりとお出かけ

 地図に示されている場所は俺の端末でもミー君の端末でもモヤに隠れて見えない場所だった。


 未だ二人が立ち入った事が無い場所、そこに何かおすすめスポットとやらがあるらしい。


 そこまでの距離は大体20分くらいと見ていたが、街中なので最短距離で真っ直ぐ向かうという事は出来ず、ミー君があっちへフラフラこっちへフラフラと吸い寄せられるように寄り道をしてしまうため、家を出てから1時間が経とうとする現在も未だ目的地付近にすらたどり着けないで居た。


「ふうふう、まってよーナツくん。ちょっとそろそろ休憩しようよー」

「5分おきに店に飛び込んでて何言ってるんだい、ミー君は……昼ご飯にはまだ少し早いし、もう少し頑張って歩こうぜ」

「ぶー」


 ミー君が提げている手提げはあちこちで買った物でパンパンになっていて、それが重くて疲れているのは知っている。


 けれど、俺が『持ってあげようか?』と提案しても『この重さが楽しいんだよ』と、なんだか良くわからない事を言って断られてしまった。


 こんな何でも無い普通のお出かけが楽しくて、荷物の重みすら嬉しくて仕方が無いんだろうな。

 そう考えれば微笑ましくもあるのだが。


「あ! 見てよナツくん! クッカ(にわとり)の雛だって! ピンク色でかわいい! 買おうよ!」

「いけません。うちにはモモが居るでしょう? 色も被ってるしだーめ」

「ひどいよナツくん。モモちゃんをペット扱いするなんて」

「俺は色が被ってるからダメだって言っただけだよ。ミー君こそ、そんな目でモモを見ていたのかい?」

「違うよ! モモちゃんは大事なお友達で家族だもん! ナツくんのいじわる!」

「はいはい、ごめんごめん。む、見たまえミー君。なかなか良い彫像が売っているぞ」

「わ、ほんとだ! ねえね、ナツくん! このクマさんかわいいよ!」

「かわいいと言うより厳つい感じだが……お兄さん、ひとつくれ」


 ……

 …


 ミー君はちょろい。


 怒ったと思ったら、木彫りの熊ひとつでコロリと上機嫌だ。

 こんな北海道土産のようなオブジェを『かわいい』と言い放つミー君の感性に驚くばかりなのだが、今日一番の笑顔を見せているので、安い買い物だったな。


「どうやら彼処が目的地のようだが……」

「ダンジョン跡地、ご自由にどうぞってかいてるね」


 現在我々が居るのは街の中心部からやや離れた若干寂しげな場所。

 と言っても、物騒な場所というわけでは無く、純粋に店も人気もまばらな寂れた雰囲気が漂う場所である。


 周囲の建物を見ると、かつては店舗だったのであろう作りをしているが、その殆どに人気が無く、なんだか地方のシャッター街を見ているようで寂しい気持ちになった。


 その理由は目の前にあるダンジョン跡地なんだろうな。

 かつてのこの場所は、街一番の賑わいを見せていたのでは無かろうか。

 他の街の事はまだよく知らないけれど、街中に有るダンジョンという物は集客効果を考えれば素晴らしい存在で有ろう。


 恐らく、ここに街が出来る頃には既に踏破されていたダンジョンなのだろうと思うけれど、それでも街の周囲に未踏破ダンジョンがゴロゴロしていた時代で有れば安全にダンジョンを体験できる場所として、新人冒険者や一般人を呼び込む事が出来ていたのだろうと思う。


 要するに日本の田舎に良くある鉱山跡地みたいな使い方だ。

 採算が取れなくなった坑道を観光地として使っている様な場所に行った事がある。

 

 中は雰囲気を残しつつも、観光客に考慮した安全な作りになっていて、当時の様子を再現したスポット――人形や稼働当時に使用されていた道具や機械を展示している――等を自分たちの足で歩きながら追体験出来るような施設だ。


あれはあれで結構楽しいのだけれども、一度見ればもう良いかな感が凄い。好きな人はリピートするのだろうけれど、多くがそうでは無い事を寂れてしまった鉱山跡地が物語っていた。


 きっとこのダンジョン跡地もそれと似たような道を歩んだのでは無かろうか。


 余所からのアクセスが最悪なこの街は一般人が観光に来る事は殆ど無いだろう。となれば、この跡地に足を運んでいたのはダンジョンに憧れはあっても、挑む度胸が出ない新人冒険者達。


 街の中にあり、自由に探索できる安全なダンジョン跡地となれば、まずは安全に見学をし、自身がついたら近場のダンジョンで腕試し。そんな光景が日々繰り返されていたのだろうと思う。

 

 しかし、カリム周辺のダンジョンが踏破されきってしまうと、わざわざこんな遠い街まで来ようとする冒険者は激減する。


 儲かる場所だからと店を出していた連中は一人二人と店を閉め、かろうじて人通りが多い中心部に移転したか、街を去ってしまったのだろうな……。


「ダンジョン跡地がお楽しみスポットらしいが……もう踏破済みなんだよなあ?」

「なんでオススメしてるのかわかんないけど、取りあえずお腹減ったよね」

「この流れでお昼を提案するとは……流石ミー君だな」

「えっへへ」


 シャッター街のような寂しい場所ではあるけれど、店が全部閉まっているというわけでは無い。


 今でもいじらしく営業しているお店が何店舗かあり、その中には食堂の様な店も確認できた。


「ねえね、ナツくんナツくん! 彼処のお店から良い匂いがするよ」

「よし。ではミー君の嗅覚を信じて突入してみようじゃないか」


 ダンジョン跡地の斜向かいに建っている店舗からは確かに美味そうな香りが漂っていた。

  

『チチル亭』と言う文字と、可愛らしい小鳥が彫られた木製のドアを開けると、チリンチリンと鈴の様な音が鳴り、狭いながらもこじゃれたカフェの様な店内が視界に入った。


「って、エミル?」

「おお、ナツ殿! ミー殿も来たのか!」

「なんだなんだ? なつくん達も来たのかー!?」


 店には先客が居て、それはなんとエミルとモモだった。


「えー? エミルちゃんにモモちゃん? 偶然だねー!」

「うむうむ、凄い偶然がある物だな」

「ここはエミルとモモお気に入りのお店なんだぞ-」


 エミル達が囲むテーブルに相席すると、これからオーダーするところであると言う事だったので、折角だから彼女たちが何時も頼んでいるという『日替わりセット』をオーダーすることにした。


「しかし、ほんと偶然だな。お気に入りって言う事はよくここに来てたのか?」

「うむ。ここからほど近い場所に依頼で知り合った薬師の家があってな。彼女やその知人の手伝いをした帰りに良く寄ってたのだよ」

「そっかー、エミルちゃん、モモちゃんと一緒に依頼してるもんね」

「そうだぞー! モモはこれが楽しみでお手伝いしてるんだぞ」


 我々『掃除屋』は効率よく街の依頼を片付けるために3手に分かれて行動していた。

 最初は俺がお弁当を作って持たせていたけれど、俺の負担を減らすのと、カリムの店に少しでもお金を落とす事を考えてお昼は各自でと言う事になった。


 ……それでも俺は街の外に出る事が多いからさ、自分の弁当を作って出かけていたんだけれども、ミー君やエミル達はこうして街の食堂を開拓して昼食をとってたってわけだ。


「そういってくれると嬉しいねえ、はい、おまちどうさま。モモちゃん、今日はメリルチーズのクリームスープとクッカのソテー、フカフカパンとサラダのセットだよ!」


ふんわりとした良い香り――店の外で我々の腹を鳴らした香りと共に、給食のおばちゃん感溢れる店員さんが元気よく料理を運んできた。


 こじゃれたカフェだなあという印象から、街の小さな喫茶店という印象に変わったが、俺的にはこちらの方が居心地が良いな。

 

「わあ! ありがとうな、ななりーさん! モモ、ななりーさんのクリームスープのために生きてるんだよー!」


「あっはっは。それだけ気に入って貰えてるならありがたいね。 そっちのお兄さん達も冷めないうちに食べとくれ」


「はい、いただきます!」


 まずはクリームスープで冷えた身体を温める……ムッこれは美味いな。チーズが多めに入ったクリームシチューの様な味わいだ。


 正直な話、俺はグルメでも何でも無いのでしょぼい食レポしか出来ないのだが……これは本当に素直に美味い。


 濃厚なスープに深みを与えているのがメリルチーズなのだろうな。程よい塩加減と、控えめに振られた粗挽き胡椒がありがたい。


 具はシチューほどゴロゴロと入っているわけでは無いけれど、小さめに切られた何かの肉や、甘みのある人参がほくほくとしていてとても美味しい。


「ナツくん! この! クッカ! すっごいおいしいよー!」


 ミー君が満面の笑顔でクッカのソテーを食べている。つい先ほどにクッカの雛を強請っていたと言うのに、今はソテーに夢中とは……いやまあ、俺もヒヨコを愛でた後でも平気な顔で親子丼食えるけどさあ。


 わいわいと賑やかに騒ぎながらも、非常に満足な昼食を摂る事が出来た。

 本気で美味しいご飯だったため、帰り際にナナリーさんに声をかけた。


「ごちそうさまでした。美味しかったです。それと、うるさくしてすいませんね」

 

「ありがとね。別に良いんだよ。なんだか昔を思い出して楽しかったしさ。良かったら、また兄ちゃん達も来てちょうだいね」


「ええ、必ず」


 昔を思い出してか。


 ナナリーさんがおいくつなのかは分からないけれど、失礼ながらも見た目から考えればこの街がまだ賑わっていた頃からここで店を切り盛りしていたのだろうな。


 当時はこの辺りも活気があって、日々若い冒険者達が訪れては夢を語り合い、チチル亭のの食事に舌鼓を打っていたに違いない。


 なんだかちょっぴり寂しい気分になりながら、我々は店を後にするのであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る