60話 電話とメールと

「もしもし……ミューラですが……ええと……おねえちゃん?」


 突如として鳴り響いた必殺御仕事人のテーマ、それはアラームでは無く、ミー君のお姉さんからの着信を告げるものであった。


 俺も驚いているが、エミルはもっと驚いている。

 

 ミー君や俺がちょいちょいと弄くっているのを見ているし、なんならたまに借りて触る事もあったため、彼女的にはスマホ=本が読める不思議な魔導具といった認識だ。


 しかし、今ミー君はそれを耳に当て、ここに居ない何者かと会話をしている。

 携帯電話を知らない人からすれば、突如としてミー君が奇行に走ったとしか思えぬ现事务だろうな。


「いや、ナツ殿。流石に遠話の魔導具のような事をしているのだろうという事は我も理解して居るぞ」


 ご存じのようでした。


「ていうか、そんな便利な魔導具があるんだな」

「うむ。と言っても、各ギルドや王宮くらいにしか置かれていないし、その様に持ち運べるような物では無いがな」


 エミル先生が言うには、元となっているのはやはり遺物であると。

 調査と解析により遺物の魔術刻印を模倣することは叶ったが、オリジナルのように緻密な刻印を施す事は現在の技術では不可能であり、端末の大型化は避けられなかったほか、それに使用する素材もコストがやたらとかかる物ばかりで一般に出回るほどの量産は未だ実現できていないのだという。


 ついでにファックスのような物も存在していて、ギルド間で書類をやりとりできるようになっているそうな。


 なんつうか、ファンタジーな世界感の割にちょいちょい高度な技術が見え隠れしていてちぐはぐな世界だなあって思いますわ。


 エミル先生の講義が一段落したタイミングでミー君のお話も終わったようで、会話を終えたミー君はフウとため息を付き、とんでもない発言をしなさった。


「あのね、頑張ってる私達にね、お姉ちゃんたちがご褒美くれたんだって」

「ごほうび?」

「うん。お姉ちゃんと、リパンニェルさん。それとその旦那さんのユウさんがね、リプラシル……リパンニェルさんとこのリソースを少し使って、この世界に神界通信の基地局を立ててくれたんだってさ」


「しんかい……ええと、なんだ。それってつまりネットが使えるようになったってこと?」

「そうみたい。なんかね、お姉ちゃん達は1級管理者資格をもってるんだけどさ、その資格があれば、指定した管理世界への干渉が一部許可されるんだよ」

「教官が補助してくれるような感じかな?」

「そうそう、そんな感じ。お姉ちゃんが申請してくれてたみたいでね、お姉ちゃんとリパンニェルさんが私の管理補助技術者として登録されてるんだって」

「そういうのって本人の許可無く出来ちゃう物なの?」

「わかんないけど、お姉ちゃんが何かやったんだと思う……上手い事何か……」

「えぇ……」

 

 なんか良くわからんが、神様の世界もこう……資格やら申請やら夢も希望も無い感じがしますな……。

 しかし、神界通信か……これからはお姉ちゃんからの着信がちょいちょい来るようになる感じなのかね? それこそ神託的にアドバイスが来るみたいな……?


 それはそれとして、電波が届くのは羨ましいなあ。検索出来たらなって思う事はちょいちょいあるんだよな。レシピとかさ、細かいところ覚えてねーから調べたいなって思ったりさ……と、なんとなく自分のスマホを見てみると、ガッツリ電波が立っていた。


「うおおお!? お、おい! ミー君! 俺のスマホも電波を掴んで居るぞ!」

「え!? ほんとだ! ナツくんのは普通のスマホの筈なのに……一体どうして?」


 二人驚いていると、ポコポン♪と、気が抜ける音が鳴ってメールを受信した。

 

 溜まっていたメールが一気にきたのかなと、一瞬思ったが、届いたのはどうやら1通だけ。


 1通? おかしいな。

 

 こんな俺でもですね、メールのやりとりをする友人くらいは居るんですよ。それに、そうじゃなくてもメルマガやらお知らせやら毎日ガンガン届くじゃん? 1通だけって事はまずありえん。


 であれば、神界通信とやらが何か関係しているのかなと思うのだけれども、それを使ってメールを寄越すような人や組織に俺は馴染みが無い。


 まさか、ミー君のお姉さんか……?


 ドキドキしながら開いてみると、差出人には「ユウ」と書かれていた。

 どうやらお姉さんじゃないようだが、確かリパンニ……呼びにくいからパンさんでいいや。パンさんの旦那さんがそんな名前だったか。


 おいおい……俺、男神からメール貰っちゃったわ。


 ……ミー君のせいで凄まじい縁が出来てしまったなあ。


 ともあれ、一体俺に何の要件かしらとメールを開いた瞬間吹き出した。


『おっす! オラユウ! パンさんの旦那として呑気に神の真似事をして暮らしてるが、れっきとした日本人だぞ! ああ、そうだ。君と同じ様に駄女神に攫われたパターンだよ』


 流れから男神だとばかり思っていたが、ユウさんは日本人だという。俺と同じく女神に攫われた日本人……いや、駄女神って書いてるな……何だか親近感がわいちゃうね。


『俺はパンさんのせいで亜神化してるそうで、なんだか将来的に神になっちゃうらしいんだけど、ナツくん……君も覚悟しておいたほうが良いぞ。うちのもそうだが、ミー君、ブーちゃんの妹さんも大概ポンコツらしいからな。もし『死なない身体にした』とか言われた記憶があるのであればご愁傷様と言っておく』


 あっ……。


 ちらっとミー君を見ると、ぱっと目をそらされた。偶然なのか、俺の心を読んだのかは知らないが、まさか俺も亜神化してたりしねえよな……? ああ、聞くのがこええ。


『それでさ、本題に入るけど俺が攫われたときにパンさんから貰った加護(チート)が『スマホを使えるようにする』だったんだよな。ああ、スマホ五郎とか呼んだら神罰を下すからな』


 くっ! なんだこのユウさん、エスパーか? つうか妙に話が合いそうで困る。いつか一緒に飲んでみたいわ。確実に良い酒が飲めそうだ。


『俺は普通にスマホが使えたらなくらいの気持ちだったんだが、パンさんが変に深読みしやがってな。

 武器であり、アイテムストレージであり、開拓や生産機能を持つ神具ってな感じになっちまって……俺自体は全然チートじゃなかったけれど、スマホには大いに助けられたんだ』


 なあにいそれえ……。


 スマホが武器ってのは想像できんが、ストレージってずるい! 開拓機能に生産機能? ユウさんってあれじゃん、開拓系チート主人公として正しく異世界主人公やってんじゃんか。


 俺なんて……開幕食中毒で苦しんだりさ……丸太でナマズ君と語り合ったりさ……紅雀とは良い出会いだったと思うけど、集めた素材の持ち運びがショッピングカートや台車なんですよ? 何だよこの格差! リソースの差という物をガッツリ見せつけられてしまって辛い!


『異世界でスマホが使えないのは辛いよな。ソシャゲはまあ無理だけど、地図を見れたり、ブラウジング出来たりするのには俺もすげえ助けられたし。

 いいですよね、スマホ。やっぱ現代日本人には必要不可欠な神器ですわ』


 ……ああやっぱソシャゲは無理なんだ。まあ、なんか特殊な通信っぽいからなあ。

でもさ、裕福な世界に居るユウさんが貧困なこの世界の俺にそんな事を言うのは酷すぎる。

 まったく、なんだよこのユウさん! 妬みすぎて身体から何かヤバいものが出ちゃいそうだぞ!


『そこでだ。君のスマホもマップとブラウジング、メールくらいのネットサービスは使えるようにした。これは俺から同じ苦労をする同郷人へのプレゼントさ。どうか活用してくれ』


 うおおおおお!? そうか、メールが届いてびっくりしたけど、今回だけの特例じゃないんだな?

 ブラウジングにマップ……! ありがてえありがてえ! やっぱりユウさん、あんた最高だよ! めっちゃ信仰しちゃう!


『ただまあ、あっちとこっちで時間軸やら何やら違うのを神界通信があれこれしてる影響でSNSなんかへの書き込みは出来ねえ。それは我慢してくれ』


 よくある『異世界に居るけど質問ある?』みたいなスレ立てして、向こうから知恵を借りたり、エルフの動画で稼いだりするのは無理ってことか。

 そういうのはめんどくさくなって投げるのが目に見えてるから別にいいや。


『んでまあ、なんつうかミー君を良くしてやってくれな。あの子の姉が中々に強烈でな……結構弄られて苦労してると思うんだ……俺も結構やられてるし、君ももしかしてそのうち……くっ! やべえ! 奴が来た! また余裕が出来たられなwせdrftgyふじこ』

  

 ……どうリアクションすればよいのだろうか。

 最後の文章はネタなのかマジなのか。文脈からすればミー君のお姉さんに何かされたのだろうと推測できるが……ミー君のお姉ちゃんってどんだけ強烈なんだ……?


 それとなくミー君に聞いてみようと思ったが、何か察したミー君が俺の方を向いて両手でバッテンを作り、首をブンブンと振っている。


 ああ……そこまでの存在なのか……。


 願わくば、そのお姉さんがこちらの世界に来ないよう……必死にミー君を拝んでおこう……!

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