59話 ナツくん、現状を憂う

 俺達はひたすらに依頼をこなした。そりゃもう、淡々と淡々とこなした。


 初めはさ、ちょこーっとお手伝いしてノルマが免除されるなんてラッキーくらいに思ってたんだけどさ……この街の現状を目にして耳にして身体で体感してしまったらほっとけなくなっちまったんだよなあ。


 ナール王国東端のこの領地は他領からのアクセスが悪い。

 隣接しているのはマティウス伯爵領だけであり、大きな道はそこから伸びる街道1本だけである。


 それでも昔は開拓に期待の目が向けられていたのと、多数のダンジョンが発見された事もあって、冒険者や商人を初め、多くの人々が集まり街はどんどん発展していった。


 しかし、開拓が進めど、アクセスの悪さが祟って入植しようとする者は集まらず、開拓事業は縮小。併せてダンジョンの旨味が無くなってしまうといよいよ人が寄らなくなってしまった。


 冒険者ほど身軽では無い一般職の人々は、今でも街に残り続けているけれど、悪化する街の状況に専門職が次々と街から逃げ出してしまい、何もかもが足りなくなっている始末。


 それでも商人が来てくれるのならば良いのだが、旨味が無いところに来るような商人はいない。


 今はギリギリ、本当にギリギリのラインで街が回っている状況なのであった。


「街の薬師は酷い有様だったぞ。作れる者の数が少なかろう? なので少ない人数に街の需要全てがのし掛かってくるのだ。

 せっつかれたところで材料もろくに無し。薬を欲しがる連中はそんな事は考慮せずに文句だけは一人前。薬師達はボロボロになりながら必死に調合しておったよ……」


 エミルは街の薬師や錬金術師の工房をまわり、作業の手伝いや素材の調達依頼を黙々とこなしていた。


 錬金術師と薬師の違いとはなんぞやと、ふとした好奇心で聞いてしまったら、2時間ほど拘束されて非常に後悔する羽目になったのだが、ざっくりと分けると錬金術師は魔術的な工程で薬品や物質の調合をする者であり、薬師は医療的な知識で薬品の調合をする者であるという事らしい。


「広く物を作れるのは錬金術であるし、勿論それにはポーションも含まれる。

 しかし、薬師が作るそれは錬金術由来の物よりも効果が高くての。

 錬金術師は漠然と体力が回復したり、怪我が治ったりする物しか作れぬが、薬師は症状に合わせたより専門的なポーションの調合が出来る。

 病魔に打勝つような薬品は錬金術だけ追い求めていればとても作れぬ物なのだよ」


 とかなんとかかんとか。


 つまるところ、乱暴に言ってしまえばこの街は僅かに居るお医者さんや薬剤師がブラック環境で死にかけているヤベえ街であるという事だ。


「まあ、今のところは彼らも胸をなで下ろしているだろうよ。我が力を貸して当分のストックがある程度用意できたし、ナツ殿のお陰で素材も潤沢に揃ったからのう」


「ああ……やたらと貼り出されていた採取依頼をガッツリ片付けたからなあ」


 その多くが薬の原料となる素材だったわけで、薬師や錬金術師達に大いに喜ばれる事となった訳なのだが、街に足りなくなっていた物はそれだけでは無かったのだ。


「ナツくんが頑張ったお陰でさ、あったかあったかだよね」


「いやほんと、早めにお店に行っといて良かったよな、マジでさ」


 街に来て数日が経った頃、たまたま3人とも早めに仕事が終わった日があった。

 そこで、丁度良いから防寒具を買いに行こうかと、以前ギルマスのジールさんより頂いた紹介状を片手に服屋さんに行ったのだが……。


『わりいな、あんたらに防寒具を売る事は出来ねえ』


 と、頭ごなしに言われてしまったのだ。

 当然、ミー君節が炸裂するわけで。


『どうして? どうしてそんな意地悪な事を言うのかな? このお手紙を見てよ。ジールさんからお勧めされてきたんだよ? 折角良いお店だって言われてきたのにさ、そんな意地悪されたら困っちゃうよ』


 何も考えていない――もとい、純粋なミー君に悲しげな顔でそんな事を言われてしまった店主はたまらない。


 非常に困った顔をして売れない理由を話してくれたのだが。


『意地悪してるわけじゃねえよ……売りたくても素材がねえの! 作れねえの! 街の連中だって新しいのを買えずに困ってるんだぞ?

 そりゃあさ、ジールさんからの紹介とあっちゃあ無理してでも作ってやりてえよ?けどな、無い物はだせねえの! 

 モッフルの納品依頼をよ、ずっと出してるってのに……ああ、そうだ! あんたら冒険者だろ? なんとかしてくれねえか……って流石にその人数じゃなあ』

 

 それを聞いた我々は、直ぐさまギルドに戻って依頼ボードに張り付き、該当の依頼を探しましたよ。


『あったよ! モッフルの毛の納品あったよ!』

『でかしたミー君!』


 4人でわーっとガラガラと草原に向かい、やややっとモッフルの毛を刈りまくり……ガラガラゴロゴロとギルドに行って納品。


 査定が終わったら、その足で服屋さんに向かって店主に報告をしたんだ。


『店主。今すぐ冒険者ギルドに行くのだ』

『は、はあ? なんだってんだ?』

『エミル、言葉が足りねえよ。すまんな店主。あんたが出した依頼、達成されたから確認してくると良い』

『ええ? も、もう採取してきたのか? しかし、それが本当でも3人じゃ量が……』

『モモもがんばったんだぞ!』

『わっ!? よ、妖精!? い、いや妖精が居たとしてもよ……』

『もー! いいから行こうよおじさん! ほら、ほら早く!』

『ちょ、お嬢ちゃんひっぱるなって……うおお、見かけによらず力つええな……』


 そして、ミー君にグイグイと引っ張られ、店主のおじさんはギルドに連行される羽目になったのだが……そこで彼は目が飛び出さんばかりに驚く羽目になった。


『こ、こんなに……? 一冬分あるじゃねえかよ……いったいどうやって』

『どうやってって、みんなでがんばったんだよ! ねえ、ナツくん』

『そうだな。っていうか、あいつら群れてるから楽だったよなあ』

『……あんな芸当が出来るのはミー殿とナツ殿くらいのものだがの……』


 なんて事はない。モッフルとやらの群れを見つけたら、ミー君の氷魔術で拘束し、俺の紅雀でわわわっと刈っただけである。狩ったんじゃ無いぞ、刈ったんだ。貴重な素材を出す魔物さんだからな、下手に乱獲をしてはいけないと考慮したんだ。


 多少寒い思いをするかもしれんが、魔物さんだから平気だろ……きっと。


 同様に、モモの植物操作的な能力で足止めをし、エミルの風魔術でも毛刈りをしたので効率は倍。


 あんな芸当なんて言ってたけど、エミル達だってめっちゃ活躍してくれたんだよな。 

 

 おかげでなんとか寒さを体感する前に防寒具を手に入れる事が叶い、今こうしてぬくぬくとしていられるわけで。


「うんうん。ほんと助かったよ。最近風が冷たいけれど、モフモフのお陰で快適さ」

 

 街をぶらつき、清掃依頼を片付けて回っているミー君は防寒着がしみじみとありがたかったらしい。


 貼り出されていた分の清掃依頼は早い段階であらかた片付いたんだけど、街中をあちこちと流れる水路清掃の依頼は今も新しくどんどん貼り出されているらしく、今も定期的にミー君が浄化して回っているのだけれども、やはり水辺は冷えるそうで防寒着が非常にありがたいらしい。


「前にさ、でっかいシジミみたいな貝でね、ヘドロを出す奴が居るって教えたよね? どうもそれがしつこく街に入ってくるみたいなんだよね」


「なんといったっけ、 ヌラヌラアサリだっけ?」

「違うぞナツ殿。ヌタハマグリだ」


 そうそう、ヌタハマグリ。アサリじゃ無くてハマグリだっていうか、ハマグリとか言われるといくら魔貝だと言われても、しょぼく感じちゃうのは俺だけだろうか。


「団長さんとね、ヌタハマグリが隠れている場所を見つける技を編み出したんだけど……兵団の人達も暇じゃ無いからさ、ギルドに依頼を出さないととても手が回らないんだって」



 ヌタハマグリは砂に潜り、黙々とヘドロを出して水質を悪化させるとんでもない魔貝である。

 面倒な事に、住み着いて暫くの間は汚れが表に出ず、内側にヘドロを貯め続けて一定量に達すると一気に周囲の汚染が始まり、そこでようやく存在に気づくらしい。


 ミー君達が編み出した技というのはシンプルで、先が尖った長い棒をひたすらサクサクと刺しながら水路を移動する。砂の中にヌタハマグリが居れば深く刺さらないため、下流側に目の細かい網を張った上でヌタハマグリを掘り出すのだ。


 こいつが出すヘドロは粘土が高いため、網に張り付き下流域の汚染を最小限にとどめられる。そして、こいつはヘドロを出すだけの魔物なので、素手で掴んだところで気持ちが悪い以外にダメージは受けない。


 手間さえかければ簡単に解決できる依頼なのである。


 けれど、今はそれを請け負う冒険者が居ないわけで、殆どの場合はミー君が一人で作業をしているのだ。


「私は浄化をするだけだから楽ちんなんだけどさ、たまに街の人とか兵団の人がね『いつも任せてすまないねえ』なんて、お手伝いしてくれるんだよー」


 このカリムという街は、今のところはこうして持ちこたえている。

 自惚れるわけじゃ無いけれど、我々が依頼を片付ける事によって、なんとか生きながらえている状態だと言えよう。


 でもさ、我々あとひと月しか居ないんですよねえ……。

 12月になったら契約はおしまい。そのまま春までお手伝いをするのも悪くは無いけれど、でも年越しはやっぱり自分たちのおうちでやりたいじゃん?


 となれば、やっぱり帰らなければいけないわけで。

 俺達が帰った後、この街はまたジワジワと元の悪い状況に戻っていく事だろう。


 そして不味い事に、来年の春に冒険者達が流れてくる可能性は低い。

 流れて来てた連中がそっくり他領のダンジョンに夢中だって言うんだからね。


 帰る前になんとかしてやりてえけど、難しいお話だよなあ。


 と、キリが良いし以下次話だぜと言う空気になった所でミー君のスマホが喧しくメロディを奏で始めた。


「うるせーぞミー君。お話をしているときはね、マナーモードにしておきなさい。つうか、なんだね、その着メロは。必殺御仕事人のテーマとか渋すぎるにも程があるだろ」


「わ、わわ! ご、ごめんねナツくん!」


 まったくもう。いきなり『チャララ~』とか鳴りだすものだから、ミー君か誰かが仕置きされてしまうのではとヒヤヒヤしたじゃ……えっ?


「ちょ、ちょっと待ってくれミー君! 着信? 着信したの?」


「びっくりしたけど、電話が来たみたいだよ……って、お、お姉ちゃんからだ!」


「お姉ちゃん!?」

 

電話機としての仕事が出来なくなっていたはずのスマートフォン。しかし、それは突如として本来の仕事を思い出したかのように雄叫びを上げた。


 電話の相手はミー君の姉、他世界の管理神。

 いったい何がはじまってしまうんです?

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