58話 閑話 メルフからの救世主
◆◇ギルド職員マリム◆◇
今日は朝から慌ただしかった。
いや、早朝に少々賑やかになるのは何時ものことだ。
大深林に向かう冒険者達が争うように依頼を剥がし、我先にと受付に駆け込んでくる。
日常的に訪れる早朝の光景を見るたび、この中の誰か一人くらいあっちの依頼を受けてくれないものだろうかと、淡い期待をするのだが、それが叶えられたのをもう2ヶ月も目にしていない。
この街に根を下ろしている冒険者達は通常依頼では無く、開拓依頼を受け、街から離れた大深林に向かうのが普通だ。理由は簡単な話で、通常依頼と比べて圧倒的に報酬が良い事と、自らの手で人の領域を広げるという達成感、そして何より運が良ければダンジョンが見つけられるかも知れないという一攫千金要素が冒険者達を駆り立て、遠く離れた大深林まで足を向けさせてしまうのだ。
大深林には強大な魔物が生息していて、生半可な冒険者であれば生きて帰れないとも言われているけれど、悲しいかな、現地に向かう冒険者達は長く冒険者を続けている大ベテランばかりで、ゴールドランクもちらほらと混じっている。
逆に、若い世代で大深林に向かうような者は余り多くは無い。
浪漫よりも安心安全を選び、堅実に生きる。近年はこのような冒険者が多いのだと、ギルマスがよくぼやいていた。
けれど、私はそんな人達の存在が非常にありがたい。血気盛んな方々が受けようともしない通常依頼を受けてくれるのだから。
浪漫は嫌いじゃ無いけれど、それより先に薬草を採取して欲しい。水路の掃除をして欲しい。焦げ付きかけた依頼だっていくつもあるのだから。
通常依頼を受けてくれる様な冒険者は例年であれば3月の終わり頃から増え始め、10月くらいまでちょいちょいと依頼を受けてくれる。
その間だけは、余所の街と同様……とは言え無いけれど、僅かだけれども通常依頼が片付いていくのだから流れの冒険者達には本当に助けられていた。
しかし、今年は8月になって間もなく、まだ夏の盛りだというのに、どの冒険者も揃ってさっさと街を出て行ってしまった。
まだまだ山の様に依頼は残ったままなのに……。
不思議に思っていたけれど、その理由は後から知らされた。サキーサ伯爵領で見つかった安心安全の初心者向けダンジョンの解放……そんなの……ずるいじゃないの……!
その話を聞いてから、今年はもう通常依頼が受けられることは無いのだろうと、定期的に様子を見に来る依頼者さん達の悲しげな顔を見るたび胃を痛めていたのだけれども、今日の朝、大きな変化が訪れたのだ。
少し前にニーファさんから聞かされていた『メルフから冒険者が派遣される』というアレだ。
3人しか来ないと聞いていたから正直期待をしていなかったし、朝に姿を見た時はぱっとしない男性と綺麗なだけ綺麗な女性、そして女の子に妖精さん……は珍しいなと思ったけれど、そんな組み合わせにがっかりもした。
だからこそ、彼らが、ナツさんとミューラさんがそれぞれ依頼の束を受付に置いたときは正気かどうか疑ってしまった。
それでも、あっという間にシルバーに上がったという話と、とんでもない実績を持っているという話を聞いていたから受託印は押したけれど……。
そんな中、エミルちゃんだけは1枚だけ依頼を持ってきてくれて、なんだかほっとした。
普通に考えれば、沢山受託してくれた方が助かるのだけれども、それにも限度がある。
あんなデタラメな受け方をされた後に普通の行動を取られると、増してかわいい女の子なのだからほっこりしないわけが無いじゃないか。
ミューラさんの受けた依頼はそれぞれ1週間、ナツさんのは3日。二人とも期限までに終わると良いのだけれども……
……等と考えていた私が間違いでした。
15時を過ぎ、休憩に入ろうと席を立って歩いていると、何やら軽く言い争うような声が聞こえてきた。
ヘラヘラと笑いながら何かを言っているのは、うちのヨッタ君か。あの子、少し失礼な所があるからな……また依頼者さんを怒らせているのかなと、思ったらどうやら相手はミューラさんのようだ。
勘弁して欲しい……。
折角余所から来て下さった冒険者様に愛想を尽かされてしまったら今度こそヤバい。
ミューラさんとナツさんは夫婦だと言うし、どちらかでも怒らせてしまったら面倒なことになってしまう。
しょうが無い、私が仲裁に……と思ったら、登場人物が増えたらしい。影からこっそり覗いてみれば、なんと団長様だ。
……話を聞いて驚いた。どうやら本当にあの水路を全部綺麗にしてしまったらしい。
団長様は冗談を言えるようなお人では無い。生真面目で心優しい乙女の憧れの存在。そんな団長様が仰るのだから、ミューラさんは本当に成し遂げてしまったのだろう。
しかし、ヨッタ君が信じられなかったのも分かる。あれだけの距離を綺麗に掃除しようと思えば、人数も必要だし時間もタップリ必要だ。
だから1カ所辺り1週間と長めに期間を設けているのだ。一体何をどうすればそんなデタラメな真似が出来てしまうのだろうか。
「あ、マリムさん丁度良かった! 凄い量の貝が持ち込まれましてね? 鑑定に回したいんですが、手伝って欲しいんですよ!」
「はあ? 私これから休憩なの! 別の人に頼んでよ!」
「えー、でもあの人の依頼受託したのマリムさんじゃないですかー。これも縁だと思って、ほらほら、冒険者さんもお待ちしてますし、早く手伝って下さいよ」
「まったく、あんたは……」
……
…
強引なバカのせいで貴重な休憩時間が吹き飛んでしまった……。
しかし、立ち会えて良かったのかも知れない。
ミューラさんが持ち込んだ大きな二枚貝はここらでは見かけない『ヌタハマグリ』と言う魔貝で、恐らくは上流から流れ着いた個体が水路に辿り着き、繁殖してしまったのだろうという事なのだが、こいつは非常に厄介な魔貝だった。
通常の貝は、魔貝であっても少なからず水を浄化する習性があるのだが、このぬたハマグリは真逆の性質を持っていて、際限なくヘドロを吐き出すはた迷惑な魔貝であるという事が判明したのだ。
どおりで、街の人達がいくら気をつけて使っていてもあれだけ汚れてしまったわけだ。
……それがまた、サキーサ伯爵領の辺りで見かける魔貝と聞いて、何処までも迷惑をかける土地なのだと勝手ながら頭にきてしまった。
しかし、不思議に思う事もある。
ヌタハマグリという魔貝は非常に臆病な魔物で、普段は自らが作り出したヘドロの中に潜り込み、万が一それが除去されるような事があれば、全力でヘドロを吹き出すため、処理をするのにとんでもなく労力が必要とされるらしい。
それこそ、人数を揃え、強引に掘り起こし、ヘドロをかぶりながら力尽くで地上に放りだしてようやくなんとかなるような物なのだ。
しかし、ミューラさんはヘドロを被った様子が無い。
てっきり風呂に入って来たのだろうと思ったのだが、団長様の話によれば掃除中も綺麗なままだったという。
……一体どうやってヌタハマグリを討伐したのだろう。
非常に気になったけれど、下手な事を聞いて機嫌を悪くされるのも嫌だったので、モヤモヤしながら彼女を送り出した。
ミューラさんがギルドを出て少しすると、今度はエミルちゃんが戻ってきた。
頭の上に可愛らしい妖精をのせていて、かわいいのがかわいいのを乗せて居るものだからモヤモヤとした気分が吹き飛んでしまった。
「お帰りなさい、エミルちゃん。依頼はどうでしたか?」
「うむ、依頼者からも大満足であると感謝の言葉を頂いてきたぞ」
ニコニコとしながら、大人びた口調で話すエミルちゃん。このギャップがとても可愛らしい。
エミルちゃんが受けた依頼は調合のお手伝い。薬師ギルドもかなり悲惨な事になっているからな……冒険者が受けるような依頼ではないものもこちらに回ってくるのだからたまらない。
おかげで余計にこちらのボードが埋まってしまう……って、エミルちゃんに和んで普通に送り出してたけれど、これただの冒険者じゃ務まるような依頼じゃ無いでしょう?
ポーション調合の手伝いって……ああでも、手伝いだから平気なのかな? 調合しなくとも、出来る手伝いはありそうだし……。
「おおそうだ。モニラ殿からレポートも預かっていたのであった。依頼者の元で作業をする依頼にはレポートが付きものなのを忘れておったよ」
「うふふ、そうですね。よく覚えていましたね、偉いですよ」
思わず撫でたくなるのを堪え、レポートを受け取る。
護衛依頼や個人宅の清掃等、依頼者がその場で達成を確認できるような依頼はレポートの提出が求められる。
達成と一口に言っても、丁寧に作業をして達成をするのと、雑な作業でギリギリ達成をするのとでは天と地ほどに差があるわけだ。
それを現地でチェックをしてギルドに報告するのが依頼者の手によるレポートだ。
依頼者は身銭を切って依頼をする訳なので、けして甘い事は書かない。
けれど、熱心に仕事をすれば、それだけ高評価のレポートを書いてくれる。
そしてそれは密かにランクの昇格査定に絡んでくる。
シルバーからゴールドに上がる際、厳しくチェックされるのがレポートの履歴。
普段から適当な仕事をしている冒険者がゴールドになれないのはそこなのだ。
……と、エミルちゃんはどうかな? きちんとお手伝いを出来たかなーって!
「ええと、ポーションをかなりの数調合してくれたと書いてあるんですが?」
「ははは、モニラ殿はその様な事を書いたのか」
「な、なーんだ冗談……」
「ほんの少し、二月分程度の在庫を作っただけなんだがなあ。いやあ、モニラ殿は立派な薬草園を持っていてな、そのお陰でなんとか数を揃えられたのだよ」
「え、ええ、ええっと、え、エミルちゃん、は、調合が……できるのです?」
「ああ、これでも錬金術師でな。薬師の知識もいくらかある故、薬品はいくらか調合できるのだよ」
「モモもがんばったんだぞー!」
「ははは、そうだな、モモも偉かったな」
「えっへん!」
かわいいのがかわいいのと和むやりとりをしているけれど、驚きが勝って素直に和めない……。
「……そ、そうですかあ。ポーションを沢山……大深林に向かう冒険者達からポーションの催促を日々されていたみたいですので……薬師ギルドが喜びますねえ」
「そのようだのう。せめて素材がもう少しなんとかなれば良いのだが……」
と、少し落ち着いてきた頭でエミルちゃんの達成処理を進めていると、何やらゴロゴロと轟音が聞こえてくる。
「こ、この音はなんでしょう?」
「む? ああ、案ずるな職員さんよ。あれは我のパーティメンバー、ナツ殿であろう」
「な、ナツさんはあの様な音を立てて歩くのですか?」
「ははは、そんなわけ無かろう。あれはミー殿の荷車を引く音だな。今日はナツ殿が借りていったのだよ」
荷車……あんなに喧しい音を立てる荷車なんてあったかな……。
「ちょ、ちょっとなんですか!?」
カナヨちゃんが慌てた声を上げている……。ミューラさんとエミルちゃんですら凄まじい事をやらかしたのだ。そのリーダーであるナツさんが何かやらかさないわけが無いだろう。
一体何をやらかしてくれたのだろうか? エミルちゃんにお金を用意しながら様子を伺っていると、カナヨちゃんが半泣きで駆け込んできた。
「ふえええ……助けて下さいぃマリムさあぁんニーファさん居なくってえ……」
「ちょ、ちょっと私は今依頼の完了処理を……」
「凄まじい量の素材を持ち込まれてぇぇどうしたら良いかあ……」
「もー! わかったから! 取りあえず奥に! 奥の買い取りカウンターに誘導して!」
「ははは、我が言った側からこれとは、流石ナツ殿だ」
笑いながらナツさんの方を見るエミルちゃん。釣られて私も見てみたけれど……ああ、カナヨちゃんが泣きついてくるわけだ……。
荷車にうずたかく積まれた様々な素材たち……背中にみえるパンパンの背嚢にもきっと素材が沢山詰まっているのだろう……。
「確かに……あれだけあれば、薬師ギルドも錬金術ギルドも今夜はよく寝れそうですね……」
「うむうむ、違いない違いない」
たった3人……されど3人……いやいや、この3人が異常なのだ。
メルフからやってきた3人組の冒険者パーティ。
たった1日でこれだけの成果。
八方塞がりで動けなくなっていたカリムが息を吹き返し始めるに十分な活躍だ。
カリムに救世主がやってきてくれた、私はその事実を噛みしめ、これから押し寄せるであろう多忙な日々は棚に上げて今は喜びだけを味わう事に決めた。
全くとんでもない人達が派遣されてきたものだわ……。
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