57話 そしてエミルとモモはと言えば。

◆◇エミル◇◆

 

「これ、モモ。あまりチョロチョロと飛ぶな。はぐれてしまっても我には見つけられんぞ?」


「えー? わかったよー」


 ナツ殿、ミー殿と別れた我はモモと共に依頼者の店に向かっている。


 依頼内容は『ポーション調合の手伝い』との事で、手伝いが要るほどに忙しい状況である事が伺えるのだが、問題はこの依頼が出されたのがおそらく数ヶ月前であることだった。


 依頼が張り出されたままである以上、今現在も継続して切迫した状況であろう。

 数ヶ月もそのような状況に置かれた依頼者が今どの様な状態なのか……簡単に想像できてしまうだけに放っておけなかった。


 いや、今向かっている店だけではない。他にも『薬草の加工』や『精製水の納品』『触媒の調合』等々、薬師や錬金術師からの依頼が多数出ていた。


 錬金術師や薬師等の製造職が出す依頼は、同業者向けにそれぞれのギルドに貼りだされ、若手や暇な職人が収入を得るために受託するのが普通である。


 なので『調合の手伝い』等と言う依頼が冒険者ギルドに回ってくることはまずあり得ない。

 素人である冒険者よりも、専門職に手伝わせた方が確実で安心であるからな。

 

 故に、通常の場合は戦闘経験が求められる依頼、主に街の外に出る必要がある採取依頼や、職人の護衛依頼等が冒険者ギルドに流れてくるものなのだが、目に入った依頼はどう見ても本職向けの依頼ばかり。


 本来ならば冒険者ギルドに回らない依頼が貼り出されていたということは、錬金術ギルドや薬師ギルドはもう機能出来なくなっているのだろうな。


 冒険者だけではなく、薬師や錬金術師の数も不足している……考えてみれば当然の事だな。


 ギルド職員も含め、きっと皆限界を超えて疲弊していることだろう。

 ナツ殿達の様に多くの依頼をこなせはしないが、出来る範囲で力を貸そうではないか。


「む、どうやら依頼者の店についたようだな」

「おー! きれいな花が咲いているな! これはいいみせだぞ! 」

 

店先の花壇に植えられた花を見てモモが嬉しそうにしている。

 なるほど、花の色は薄いピンク色。ナツ殿は『モモ色』と、西大陸で食べられている果実の名前に例えていたが、自分を表す色と同じ色の花なので、モモも嬉しいのだろうな。


「それはアラミスの花だな。炎症を抑える効果があってな、ポーションの調合に混ぜると予後が良くなるのだぞ」


「へー! エミルはかしこいな! モモにはわからん!」


 流石は薬師の店、珍しい花を植えているなと、店に入るのを忘れてモモに説明をしていると、バーンと音を立ててドアが開け放たれ、女性が滑り込むように我の前に現れた。


「い、今! ポーションのお話をしていましたね!? もしかして! 依頼で来た方ですか! そうですよね! いいえ、違うと言っても手伝ってもらいます! お願いします! お願いします! 助けて下さい! 死んじゃいます! お願いします!」


「お、おう……」

「なんだかすげーのがきたぞー!」


 ……

 …


「失礼しました……取り乱してしまって……」

「なんのなんの。それでどうだ、落ち着いたか?」

「ええ、今はここ暫く無かったほどにゆったりとした気分です……」


 店主であり、依頼者である彼女の名前はモニラ・カーリン。赤髪の女性で、通常であればそれなりに整った顔をしているのだろうと推測できるが……今のモニラは目の下には隈、頬はこけ、髪は輝きを失い老婆のように萎れている。


 先程、酷く興奮して飛び出してきた彼女には驚いたが、直ぐに自作の鎮静薬を口にねじ込み……今の状況である。


「なに、我はこう見えても見た目通りの年齢ではないのでな? 若い頃モニラ殿同様に寝ず食わずで作業をしたことがあるので、今の状況がどれだけ酷いかは身を持って知っているのだよ」


 ……我の場合は自分の都合(趣味の研究)であり、それを苦とも思わなかったが、それは言わないでおく。


「あああ、なるほど! その麗しい見た目、エルフ族なのですね! いいなあ、長命種! 羨ましいなあ……私も人の寿命を超えて延々と研究に没頭したいもんですよ……!」


 なんだろう、かつての我を見ているようで胸が非常に疼く。我は余り他の同業者と絡むことはなかったのだが……研究好きの連中はどれもこの様な具合なのだろうか。


「そ、それでだな。モニラ殿。調合の手伝いということであったが……」


「あっ……はいぃ……開拓者と冒険者達がですね……そりゃあもう、沢山薬品を買っていくんですけどね? 薬師の数が足りなくって……うちみたいな小さな店にもお客さんがたくさん来て……それは嬉しいんですが、作っても作っても足りず……寝れず……食べれず……休めず……ううう……」


「それはそれは……」


 モニラの話を聞いてわかったことだが、どうもこの街における薬師不足は冒険者不足と大きな関わりがあるようだ。


 開拓地で薬品が多数消費されるため、需要は高く、薬師の稼ぎ場としてはかなり良い街であろうと思うのだが、問題は材料だ。


 ポーションの原料となる薬草、それは基本的に街の外まで出掛け、採取しなければならない。

 そして、薬師というものは、一部の者を除いて戦闘等できぬため、護衛を付けて採取に赴くか、または代わりに採ってきて貰う必要がある。


 護衛依頼も採取依頼も請け負うのは冒険者。


 しかし、その冒険者が居ないとなれば仕事にならない。

 ポーションは作れず、しかし客は来る。来た客は『何故無いのか』と文句を言う。

『お前たちが採取依頼を受けぬからだ』と言えぬ薬師達はやがて限界を迎え、こんな所に居られるかと街を出ていってしまう。


 つまりは、街全体が悪循環に陥ってしまっているわけだ。

 モニラが属する薬師ギルドもまた、想像通りに酷い有様らしく、冒険者は勿論のこと、商人すら寄りつかなくなってしまったため、職員達が自ら余所の街に仕入れに行ったり、僅かでもと、街の近くに採取に行ったりと駆けずり回っているそうだ。


 現在街に残っている薬師はモニラを入れて4名。メルフの薬師ギルドに所属している人数が約70名と言うことを思えば異常な事だ。


 仕事を受託する余裕がある薬師は居ない、人も欲しいが素材はもっと欲しい。

 薬師ギルドが冒険者ギルドに一部業務を委託し、素材確保に全力を注ぐわけだ。


「む……となればモニラ殿。この状況で良く素材を確保できていたな? ギルドからの配給ではとても足りまい」

「ええとですね……裏の畑で薬草を育てたり……後は月に2度、薬師達で集まってですね……街の近場で採れる薬草で賄ったり……していたんですよ……」


 大して身体を休められていないというのに良くやるものだ……。

我も趣味でやっているが、薬草というのは数を育てようと思えばなかなかに手間が掛かる物だからな。


 休む間もなく働いて体力的にも限界が来ているだろうに、外で採取までしておるとは……よくぞまあ、今日まで倒れずいられたものだ。

 

「さて、依頼を始めようと思うのだが、何をするにも先ずは我の腕を見てもらわねばな。

 我の調合を見て出来そうな仕事を割り振るとよい」


 とは言え、我とてポーションの調合程度は仕事にする程度には手慣れた者だ。自惚れる訳では無いが、大抵の薬品であれば調合することは出来る。


 しかし、我は薬師では無く錬金術師。僅かながらその作法に則った調合になってしまうため、それで問題が無いかの確認のためモニラに行程を見て貰うのである。


 モニラから道具を借り、簡単な体力回復ポーションを調合する。

 ニールとガリク、ジャンジとリコリス草……それと魔力を少々。


 純粋に薬学だけでやってしまえば30分は掛かってしまうが、錬金術の作法を取り入れれば10分ほどに短縮することが出来るのだ。


 これはいずれ学会にレポートを出そうかと思っている製法であるが……本部の連中はギルド間の仲が余り良くないらしいからのう。


 ……っと、これで完成だの。


「これは……凄いです! 薬学の製法に沿いつつ、錬金術の要素を取り入れて調合の効率化を……ああ、それになんて純度が高いポーションなの……」


「我は錬金術師なのでな、薬学も修めておるが、少々錬金よりの調合になってしまうのだよ。薬師の作法から離れた調合だが、お手伝い出来るだろうか」


「大丈夫です! 問題有りません! むしろ雇いたいくらいです! では早速お手伝いを……ああ……」

「むっ! 大丈夫か?」


 フラリと倒れ込むモニラ。ううむ、すっかり衰弱しているな。


「今我が調合したポーションを飲むが良い。簡易なものだが、十分に体力回復効果があるのでな。本来であれば病で食事を取れぬものに飲ませる物なのだが、弱り切った今のモニラ殿には覿面であろう。それを飲んでしばし寝ておれ」


「えっ……でも、それじゃ調合が間に合わなく……」

「大丈夫だ。我に全て任せて休むが良い!」

「うう……ありがとうございます……では、お言葉に甘えて……」


 滋養ポーションを飲み干したモニラはよたよたとソファに寝そべってこちらを見ていたが、間もなく穏やかな寝息を立て始めた。


 身体を癒す為には睡眠は不可欠。あのポーションには僅かながら眠気をもたらす効能もある。


 かつて飲まず食わず寝ずを求めた我があれを調合したというのは笑える話ではあるが、我も反省したからなあ…… 


さてと。


 先ずは材料の確認だな……むう、工房の素材だけでは30本程度しか作れぬではないか。


 いやまて、確か裏に畑があると言っていたな。僅かでも残っていれば足しにしようでは無いか。


 退屈そうにしているモモを連れ、店の裏に回ってみれば立派な畑があった。

 あるにはあったのだが……。


「ううむ、これでは使い物にならぬな。まだ殆どが成長しきっておらぬではないか」


 本来野に生える薬草を畑で育てるのは難度が高いのだが、モニラの畑には様々な薬草が植えられていて、そのどれもが葉をシャンと張り、その表面はあふれ出したマナで輝いており見事なものであった。

 しかし、今残されている物はどれもが育成途中の未熟な物で、再び採取可能になるには後一月ほど要する状況。


 今から外に採取に……移動だけなら可能だが、我が知っていた地形と大きく変わっておるため肝心の採取場所が分からぬ。

 行って探して採取してとなれば、とても時間が足らぬのう。


 ううむ、さてどうするか。


「ねー、エミルー。ここのお花、もっともーっと元気にしていいか?」

「うん? ああ、そう言えばモモは花の育成が出来るのだったな。これだけ手にかけ育てておるのだ。きっとモニラも喜ぶであろう、良いぞ、やってみるがよい」


「おー! よーし、エミル! 誰がエミルの庭を綺麗にしてるのか見せてやる!」

 

 誰が……? 


 そう言えば、荒れ果てていた我が家の庭がいつの間にか花が咲き乱れる美しい場所になっていたな……。

 

 ああ、そうだ。そもそも我がモモを住まわせたいと思ったのは、妖精が持つ『植物育成術』を目当てとしたところが大きかったのだ。

 

 ……我としたことが、その力を見せてもらうのをすっかり忘れていた。


 あの庭を綺麗に保っていたのはモモであったか。

 アレだけの庭を作れるのだ、モモの力を注げば一月と待たずとも、10日程でこの庭は緑に包まれるだろうな。


 今日の調合には間に合わぬが、薬草が育つ頃にまた来れば良いのだ。


 ふふ、モニラには黙っておくか。後で驚くが良い。


「おりゃー! とりゃー! のびろー! さけー! ふえろー!」


「?????」


 何が起きているのだ? モモが腕を振る度、声をかける度……植物が成長していく。それも、空いている場所に新たな芽を息吹かせ、それもまた大きく大きく育っていく。


「な、なん、だ……これは! おい、モモ! 一体何が起きている?」

「そだてー! ぐんぐんそだてー! あはははは! いいぞいいぞー!」

「おい! モモ! ええい、夢中で耳に届かんのか!」

 

 

 そして30分も掛からず、土が見えていた畑は緑に包まれ……いや、裏庭全体が薬草が茂る森のようになってしまった。


「ふー! 疲れたなあ! みたかエミル! モモな、ナツくん達と一緒に暮らすようになってからなんか調子が良いんだぞ! えっへん!」


 ……ナツ殿達と共に暮らすようになってから……?

 もしかすると、彼の強大な魔力の影響? いや、ミー殿の神聖な力に触れているからか?


 何れにせよ、モモのデタラメな力に助かった。

 これだけあれば、これならば十分に仕事が出来る。


 いや、多すぎるくらいだがの。


「よくやったモモ! 後でたっぷり菓子をやるぞ!」

「わーい! エミルはたまに優しいな!」

「ふふ、我はいつだって優しいのだ」


 嬉しそうに裏庭を飛び回るモモはそのままに、我はひたすら調合に勤しむ。

 先程はモニラの手前、普通に調合してみせたが、実のところ今の我にはその様な手間は要らぬ。


 ミー殿から賜ったスキルの力、長年我が培った知識と【錬金術】スキルが融合し、ポーションなどまたたく間に調合出来るようになったのだからな。


 ポーションは封を開けねば1年は傷まぬ。

 若き薬師のため、モニラが健やかなる研究の日々を送れるように……取り敢えず作れるだけ作っておいてやろうではないか!



……


「ふぇえええええええ!? 一体何がどうしたらこんなにポーションができちゃうんです?」


「いやなに……我となれば、これくらいな……?」


「一体どんな方法で……い、いえ! すいません! おそらく秘伝の技を使ったんですよね? だから私に眠れと。薬師にしろ錬金術師にしろ、師より伝わる秘伝はおいそれと見せられないものですからね!」


「う、うむ」


 師より伝わる秘伝……そんなものがあるのか……。ううむ、やはり引きこもりはだめだな。本では得られぬ生の知識が欠けてしまう。


「技術もそうですけど! 材料です! これ程作れるだけの素材、一体何処から!?」


「あ、ああ……それなのだが、裏庭を見てもらえるか?」

「裏の畑ですか……? あそこには今ろくに……って、ふええええええぇええ!?」


 窓から裏庭を覗いたモニラが奇声を上げている。

 で、あろうな。あんな庭を見たら誰でも奇声を上げるであろう。


「おー!? 目を覚ましたか、もにら! みてくれみてくれー! これモモが育てたんだぞー!」


「ええええぇええ! そ、そういえば妖精さんが一緒にいましたね……で、でも、妖精さんってこんな力が……!?」


「えっへん! モモはすごいのだ! でもみんなにはひみつだぞ!」

「あ、あああ、は、はい! モモさんも、ありがとうございます! あああ! ジュール草がこんなにも大きく茂って……ヒヨリもパナールも沢山! これだけあれば……うふふふふ」


 こうして、今にも天に召されそうであった若き薬師は救われることとなり……なんだか気味の悪い笑みを浮かべながら元の依頼料よりも多額の謝礼金を支払おうとしてきたのだが、それは断ることにした。


「なあに、気にするな。同じ道を歩む仲間として協力するのは当然の事だ。その金は我に渡さず、美味い飯を食うのに使ってくれ。

 健やかな肉体無くして研究はできぬ。何処かが悪くなってからは遅い、後悔する羽目にならぬよう、今後は自分の身体にも気を配る事だ」


「はい……! ありがとうございます! エミル師匠!」


「し、師匠!? 我は何も教えておらんぞ!?」


「それでも師匠です! 私に正しき研究者の道を説いてくださいました! 健やかな肉体無くして研究は出来ない……師匠の言葉を忘れぬよう、今後も励んで行きたく思います!」


「そ、そうか! う、うむ! 励むようにな!」


 ……なんともとんでもない事になってしまったが……依頼は成功したし、まあよかろうて。

 

 しかし、この話を――我が健康について語ったとシュリが知ったらどんな顔をするのだろうな?


 教えたいような、教えたくないような……複雑な気分だな。

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