56話 その頃のミー君
◆◇ミューラ◇◆
一人で依頼を受けるのは初めてかもしれないな。
いつも私の隣にはナツくんが居て、私がドジ踏んじゃったら困った顔をしながらフォローしてくれて。ほんとに良いパートナーが召喚されて良かったなって思う。
理想の男の子を召喚するんだ! なんて、半分冗談で盛り上がっていたけれど、まさか本当に私好みの男の子が来ちゃうなんてね。
そ、そそそ、それに……えへ、仮初とは言え、私とナツくんは夫婦になっちゃったし? 世界の補修をするために下に降りてきたけれども、なんだか新婚生活をしてるようで楽しいんだ。
楽しいと言えば、エミルちゃんとモモちゃんと縁を結べたのも良かった。
どちらも少し変わったお友達だけれど、一緒に暮らすことが出来て本当に嬉しく思う。
がんばり屋さんのエミルちゃんに、いつも元気なモモちゃん。出会ってそんなに経っていないけれど、なんだかずっと昔から一緒に暮らしてたような、そんな気すらするよ。
もうすっかり一つ屋根の下で暮らす家族って感じだもんね。
それと、シュリさんやナナちゃん、チーおじやマミさん。ガムリ村の人達に、妖精の子達。
下界に降りてまだ4ヶ月くらいだけれど、もうこんなに顔見知りができちゃった。
皆から集めたありがとうの気持ち、この世界を良くするために還元していくからね!
……と、危なく行き過ぎるところだったよ。
ナツくんから『お前は目を離すとフラフラと居なくなる』って言われるけどさ、私も好きでそうしてるわけじゃないんだよ? 時折こうして難しい事を考えてると、意識がそっちに行っちゃうと言うか……なんというか。
ま、いいじゃない。ちゃんと目的地についたもん。
どうだい、ナツくん。私一人でもこれました! えへへ、晩御飯の時たっぷり自慢してあげるからね!
「しかし、見事に汚い水路だねえ」
まず一件目の現場に来てびっくり。前にメルフでやったドブさらいもびっくりの汚さ!
これで『用水路の清掃』だって言うんだからびっくりしちゃったよ。
この水路、どう見ても下水道だもの!
こんな所を流れるお水を使ったら病気になっちゃうし、街だって臭くなっちゃう。
今回もってきたのは1枚あたり20mの水路清掃依頼。それを30枚!
ドサッと受付に出した時、職員のお姉さんがびっくりした顔をして
『本来なら一度に1枚受けるような依頼なんですよ? 期限はそれぞれ1週間と長めではありますけれども、この数ですよ?……本当に大丈夫ですか?』
なんてさ、凄く困った顔をしてたっけ。
そりゃあさ。私はナツくんから『静かにしてれば普通の女の子だよな』って失礼な事を言われるほどに、冒険者らしくはないよ。
だからきっとお姉さんも(この子大丈夫かな? スコップ持てそうにないけど)なんて思ったんだろうね。
メルフに居た前衛職のかっこいいお姉さんみたいな体つきだったらさ、心配されるようなことは無かったんだろうけど、私はどう見ても筋肉がないからなあ……はあ、ナツくんは良いよね。リトルオーガなんてかっこいい二つ名貰ってさー。
って、いけないいけない。お仕事だった。
少し頑張ってあのお姉さんに出来る所を見せておかないとね! お掃除は力だけじゃないってとこ見せてあげなくっちゃ。
用水路は3mくらいの幅で、深さは濁っててみえないや。
川の上流から伸ばした水路が街を抜けて下流につながるような感じになってて、依頼書の枚数から推測すれば掃除が必要なほどに酷く汚れているのは600m位。
今居るのは川から直ぐの上流部。ここですら結構汚れてしまってるのが不思議だよ。
川から絶えず綺麗なお水が流れてきてるのにね。
「うう、ほんと臭いなあ。これじゃあお魚さんも困るよねえ。今綺麗にしてあげるね、えーい」
水路の上から手をかざして【浄化】を使うと、お水がぐんぐん綺麗になっていって……うん? 何か浮かんできたよ。
なんだろうこれ……すっごい大きなシジミみたいなのが浮かんでる……。
殻が開いているから死んじゃってるんだろうけど、なんで?
お水が汚すぎて死んじゃってたのかな……?
このままじゃ可愛そうだし、お水が汚れる原因になっちゃうよね……どうしようかなー。とりあえず拾って上に上げておこうかな? うん、そうしよう。
その後も浄化をすると時々大きな2枚貝が浮かんできた。
なんでなんで? もしかして綺麗なお水が苦手な種類だったりするのかな?
こんな時にナツくんがいればな、直ぐに鑑定してくれるんだけどなあ。
はあ、ナツくんに会いたいよ。こういう依頼の時、ナツくんの存在がどんなに助けになっているかしみじみ感じちゃう。
と、半分くらいまでお掃除をした所で知らないおじさんから声をかけられた。
「こんにちはお嬢さん。君は一体何をしてるのかな?」
おじさんは鎧に身を包んでいて、優しそうに笑っている。悪い人じゃなさそうかな?
「えっと、私はミューラです。冒険者で、用水路の清掃依頼を受けてるんです」
「おお、メルフから冒険者が来たと報告があったが、君がそうだったのか」
「はい! 私とナツくん、エミルちゃんにモモちゃんで来たんだよ!」
「そうかそうか。私はベック・ワーラー。カリムを預かるモールトン辺境兵団の団長さ」
「団長さんなんだ!」
「ははは。それで……その貝はなんなんだい?」
「私にもわかんないです。私がお水を綺麗にする度に浮かんできて……どうしようもないからずっと水路沿いに並べてるんです」
「水路沿いに……うわ! すごい数だね?」
「えへへ……」
「うーむ。あんな貝は見たことが無いな。冒険者ギルドに見てもらおうと思うのだが、良いかね?」
「良いですよー。というか助かります! 今日はカート(愛車)を貸しちゃってて、どうしようって思ってたんで」
「あいしゃ……? ん、まあ良い。ではあの貝は我々にまかせてくれ。お嬢ちゃんも掃除頑張ってな」
「はい! ありがとうございます!」
ベックさんかー。いい人だったな。でもあんなに急がなくてもいいのに。人を呼びに行ったんだろうけど、凄い速さで走って行っちゃったよ。
じゃ、私も残りのお掃除頑張っちゃうぞ!
……
…
水路のお掃除はお昼を挟んでのんびりやったつもりだったけれど、3時前には終わっちゃった。
それでギルドに戻って『全部終わりましたよ』と報告してるのに……
「ははは、あの水路を全部掃除しようとしたらどれだけかかるかわかりませんって。冗談が上手いなあ。あ、でも出来た分だけの報告はできますからね。一カ所くらいは出来たのかな?」
「ちがうよ? そうじゃなくてね、私はちゃんとぜーんぶ……」
「はいはい、わかりましたから……そろそろ本当の報告をですね-」
「もー! だからー!」
冗談じゃないのに、職員のお兄さんは笑って信じてくれない……むー、どうしたら信じてくれるのかな?
私がもう少し頼りがいがある姿だったら簡単に信じて貰えたんだろうな。
やっぱり私もムキムキに鍛えてさ、レディオーガとか呼ばれるようにならないとだめなんだろうな……悔しいなぁ……。
少しだけしょんぼりと落ち込んでいると、ガタリと音を立てて誰かがギルドにやってきた。ナツくんかな? って喜んじゃったけど違った……たしかこのおじさんは……団長さん、ベックさんだっけ。
「凄いなお嬢ちゃん。何をやったんだね? あれだけ汚れていた水路が上から下まで見違えるようだぞ」
「あ、ベックさんさっき振りです! 何をって、お掃除を頑張っただけだよ? あ、あと貝を拾いました!」
「お掃除……まあ、そうなんだろうが……っと、そうだその貝を持ってきたんだった。おい、そこの君! この貝を鑑定に回してくれんか?」
「え? 何処から持ってきたんですか、この貝」
「そこのミューラ君が水路を清掃中、浮かんできたそうだ。水路の上流から下流まで、そっくり水路に沿って並べられてたが、そんなに多く居たのかい?」
「うん。水路の上から下まで全部それが出てきたんだよー。開いてるから食べられないよね?」
「ははは、確かに食いでがありそうだが、食わない方が良いだろうな」
「えっと……本当に綺麗になっているんですか?」
「ああ、疑うのであれば外に居る部下からも話を聞いてくれたら良い。ついでに外に積んである貝の処理も頼みたいのだがね」
「あ、は、はい! 失礼しました! 確認させていただきます!」
職員さんはベックさんのお話を聞いて慌てて外に出ていっちゃった。
助かったよ……このままじゃナツくん来るまでどうしようもなかったもんね。
「ありがとう、ベックさん! 助かりました!」
「いやいやなになに。まあ、アレが綺麗になったと言われても信じられないのは仕方ないだろうからな……。お嬢ちゃん、どうか彼を責めんでやってくれ」
「はい! 私は達成報告が出来ればそれでいいので!」
「ははは、そうかそうか。気持ちが良い冒険者だな、君は」
「えっへへ……」
そして――
少しして、水路の確認が終わったのか、受付に呼ばれてさ、清掃依頼の達成と、なんとか貝の討伐? とかなんとかで、沢山お金を貰っちゃったよ。
取り敢えずお金はパーティ口座に入れてもらったけど、えへへ、ナツくんが聞いたら驚くだろうなあ。
ナツくーん、早く帰ってきてー!
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