55話 依頼を受けましょう
一夜明けて。
折角の知らない街だし、気分的にはこのままカリム探索ツアーに出かけたいところなのだが、残念ながら今回我々はお仕事で来ている。
流石に初日から休暇を取って遊ぶわけには行かないので、依頼を受けるべくギルドへ向かった。
「早めに来たのにガラガラなのな」
「メルフならうんざりする程いるのにねー」
現在朝の8時半。我々にしては珍しく早い時間の登場なのだが、びっくりするほど人が居ない。
「他の冒険者達はもう出かけてますからね。うちのピークは朝6時なんです」
急に背後から声をかけられ、ビクっとしながら振り返ればニーファさんが困ったような笑顔を浮かべ、立っていた。
「えっ? 皆さんそんな早く出ちゃうんです?」
「現在開拓中の大深林(だいしんりん)まで結構な距離ですからね。早朝馬車で発たないと日没までに中間拠点に到着出来ないんです」
「そんなに」
「中間拠点にギルドを置けという声も多いのですが……それをやってしまうと本格的に街から冒険者が消えてしまうので、上手く誤魔化して知らんぷりしてます」
「知らんぷりて」
「知らんぷりです。メイサ様からも『検討中だとでも言っておけ』と言われてますし……ってこれは内緒でした。えへへ」
「俺は何も聞きませんでした。知らない名前が出ましたが、それが誰かは詮索しませんし、何を言ったかも忘れました!」
「あはは……まあ、そういうわけでギルドは早くもスッカスカ。今ならお仕事選び放題ですよ!」
「そんな状況だから我々が派遣されてきたんでしょうに。まあいいや、じゃあ適当に選んできますわ」
なんだかこの街を取り巻く事情の一端を聞いてしまったような気がするが……取りあえず今の我々はお仕事優先です。イベントフラグ? 知ったこっちゃねえ。
「ナツくーん! 早く早く! 良い依頼取られちゃうよ!」
「誰が取るんだよ! 今しがた『ガラガラだねー』とか話してただろ」
「そうだった! えへへ……」
「しかしナツ殿、これはこれで大変だぞ」
「うわあ……選び放題にも程があるな」
ボードに溢れんばかりに貼り付けられた依頼の山! 正直これは酷い。
下の方なんか紙が変色しかけてるし……夏頃まではマシだったって言ってたけど、それでもこれなのかよ……。
「こっちの板にはなんにもないぞー?」
「む? ああ、なるほど依頼を分けてんのか。しかしこれはまた……」
モモが指さすのは反対側の壁に貼られた依頼ボード。こちらは綺麗さっぱり何も無いのだが、板に『開拓地専用ボード』と書かれているのを見て納得だ。
片や紙の束が唸る大海原! 片やぺたーっと板が佇む無の平原!
酷い格差を見てしまったが、我々のお仕事は大海原の制圧だ。流石に全部は無理だろうけど、古い物からコツコツ片付けていくしか有るまい。。
「つーわけで、作戦会議だ」
「わー! ぱちぱちぱち」
「さくせんかいぎってなんだ?」
「これからどうするかを話し合う事だな。モモもきちんとナツ殿の話を聞くと良いぞ」
「わかった!」
「これだけの量だ、一緒に行動するよりも、手分けをして片付ける、そう言う雰囲気なのはわかるよな」
「うむ、そうだな。その流れで我を冒険者に仕立て上げたと言っていたからな」
「それで、どうするの?」
「まずはそれぞれの得意分野を活かせる依頼から片付けるのが良いだろうな。とりあえず今日は俺が素材納品系、ミー君は清掃系、エミルが錬金・薬師関係ってとこかな?」
「なつくーん! モモは何のお手伝いをすればいいんだー?」
「モモはそうだなー、取りあえずエミルにくっついとけ!」
「うむ、それが良かろう。モモは我の手伝いをしてくれ」
「おー! モモはエミルをてつだうぞー!」
「では、各自やれる範囲でがんばろう! では諸君! 夕方ギルドでまた会おう!」
「「「おーーー!!!」」」
……
「さっきぶりだね、ナツくん!」
「いうなミー君。そうだよな、依頼をまだ受けてねーんだもんな。直ぐに会うよな……」
依頼書を手に受付前で早くも顔を合わせてしまう我々。
毎度の事ながら、ほんと締まらねえなあ……。
……
…
というわけで、手始めに10枚ほど依頼を剥がしてお外にやってきた訳だが、酷いなこれ。もう半年近く前に出された依頼じゃん。
それでもまだ貼られたままだという事は、今もその素材を待ってるって事なんだろう? 商人もあんまり来ないみたいだし、ほんとヤベーなあの街。
街の外を改めてぐるりと見渡してみれば、そこには原野が広がっていて、いかにもがっつり開拓しましたと言った具合ではあるのだが、近場に所々ではあるが小さな森が残されている。
恐らくは素材採取用に残されているのだろうが、それも採る者が居ないんじゃどうしようもねえよな……。
きっと今の森は取り放題になってるんだぞ? これがメルフだったら小遣い稼ぎに走る冒険者がそれなりに居たろうになあ。
そして今歩いている原野にも採取対象は普通にワサワサと生えている。
便利なマジックバックやらストレージやらを持っていないので、これらの採取は帰りにするつもりだけれども、街のすぐ近くでも素材は取れるんだぞ?
依頼の報告や受託なんかで戻った時なんかに少しでもやってやろうと思えんのかねえ。
ブチブチとぼやきながら森に向かって歩く。ガラガラゴロゴロうるせえが、これはミー君から借りたサイクロン号だか轟天号だかの走行音だ。
『ねえね、ナツくん。ナツくんは素材採取に行くんだよね?』
『そうだな。薬草やら魔物素材やら集めてこようかなと思ってるよ』
『じゃあさ、私の愛車を貸すよ!』
『あ、愛車ぁ?』
『うん! いつもみたいに手分けして持てないでしょう? 私の代わりにお役に立てて?』
……と、優しいミー君が貸してくれたのだ。
いやまあ、確かに魔物素材となれば一人で持ち歩くのはダルいので助かるんだけれども、屋内やいいとこ駐車場での使用を想定されたこれで未舗装のお外をガラガラするのは結構大変だぞ……。
壊れちまっても修復で直せるから良いけれど、音はうるせえし、石を踏んであっちこっちブレるし……いやまあ、折角ミー君が好意で貸してくれたんだ、文句はやめよう。
街から適当に小走りで30分。目的の森に到着した。
紅葉なのか、元々そういう色なのかはわからないけれど、赤や黄色の葉が茂る美しい森である。
四季関係なく、色々な物が生えているという印象が強いこの世界だったが、この森はなんとも非常に秋らしい雰囲気で、足元を見ればふかふかの落ち葉の上にドングリが落ちていたり、きのこが生えていたりと俺の知っている常識に近い様子でほっとする。
「お、これだな」
まずは『ニール草』という薬草を採取した。名前も似てるが、見た目もニラそっくりな植物で、マニュアル通りに根本から5cm程度を残して切り取ると、ふんわりとニラの香りがした。
薬にするくらいだから食べても平気なのでは無かろうか……
「……鑑定」
『よう! 久しぶりだな! そいつぁニール草。えっ? 知ってるって? 失礼失礼。
これを読んでいる時、お前は既にニール草を採取していると思う。
どうだ? ニラの香りがしたか? ニラ玉作れちゃうんじゃ? なんて考えたか?
はっはー! 大正解だ! これは薬効があるニラだ! そうだ、その考え方でいい。
わかったら余分に採取して帰ってニラ玉スープでも作るんだな。
お醤油と顆粒出汁(かりゆうだし)、まだ残っているんだろう? ミー君の大好物だ、是非作ってやってほしい』
うっ……鑑定しなきゃ良かった……。
これさあ、情報が頭に直接殴りこんでくるような感じなんだぞ? テキストとして読んでも多分ウザいと感じるだろうけど、頭にわわっとクドいテキストが焼き付く感覚はキッツイんだ。
これせめてスマホに出るようにならねえかな……ならない? そう……。
ともあれ、ニラのように使えるというのがわかったのは僥倖。
鑑定さんが言う通り、ニラ玉スープを作っても良いし、ニラ玉を作って食っても良さそうだ。
お米がないから魅力は半減するけどな。やっぱニラにはメシだよメシ。
さて……今日は他にも色々集めないといけない。依頼は受託から三日以内納品という事にはなっているけれど、なるべく当日中に納品したいからな。
夕方まで採取RTAと行きますかね……と、何やら様子が妙だ。
何が妙かって、向こうの茂みから何やら女性の声がするでは無いか!
こ、これは噂の救出イベント! 俺にもとうとうその時が来たのか!
地を蹴り草を蹴り木を蹴り飛ばして俊足で駆けつける俺。
ガサリと藪を突き破り『大丈夫ですか!』と、キリリと声をかけると……、そこに居たのは顔を布で覆った怪しげな……女性? 多分女性がぺたりとへたり込んでいた。
その正面にはオーク……ならテンプレドストライクだったのだが、そうでは無くてフォレストウルフ的なアレが3体。
遠巻きに女性を取り囲み、今まさに飛びかからんとしているところだった……のだが、突如として現れた俺に動揺したのか、キョロキョロと挙動不審になっている。
「俺がきたからにはもう安心です。さあ、俺が相手だ、かかってこい!」
愛刀、紅雀を鞘からすらりと抜き、ぐっと腰だめに構えると……なんて事だ、キャンキャンと情けない声を上げて逃げ去って行ってしまった……くっ! 折角の見せ場が!
まあいい、切り替えていこう。
「大丈夫ですか? お怪我はありませんか?」
「え、ええ……ちょっと驚いて転んでしまっただけですわ。その、助けて下さってありがとうございます」
「いえ、女性を助けるのは冒険者として当然の事。お怪我が無いようで何よりでした」
彼女は薬草を摘みに近場の森まで来たとの事だったが、女性が一人でまあ、こんな所まで来ちゃって。
「見たところ、危険な魔物はもう近くには居ないようですが……どうです? 街まで送りましょうか?」
「ええ、そうしていただけると……いえ、大丈夫です」
「遠慮なさらなくとも良いのですよ?」
「その、貴方のカバンに入っているのはニール草ですわね?」
「その通りですが……ああ、すいません匂いますか?」
「いえ、そんな事はありませんわ。ただ、薬草採取の依頼にきてらっしゃるのですわよね?」
「そうですね。カリムに来たばかりなので、まずは手始めにと採取依頼を受けたところでした」
「では私がお邪魔をするわけには行けません。現在この領……カリムの街では薬草が慢性的に不足していますからね……こうして採取して下さっているのであれば、そちらを優先して下さいな」
聞いたかミー君。こういうのだぞ? 女神様! って崇められるような清い心とはこういう人の事を言うんだぞ? ああ、爪の垢わけてくんねえかな、煎じてミー君に飲ませてやりてえ。
ミー君ならきっと「うわーん! 怖かったよー! ねね、ナツくん! 今日はもう依頼いいよね? 帰ってパンケーキ食べようよ!」なんて言うだろうからな。
「では、私はこれで。採取依頼、がんばってくださいね」
「はい、お気を付けてお帰り下さいね」
ふう……突然の救出イベントだったが……特にフラグは立たなかったな。
顔もよく見えなかったし、次会ってもわかんねえなこりゃ。
まあいいや……どうせ俺にはそう言うイベントは似合わないからな……。
切り替えて今度こそRTAはじめっぞ! 畜生!
……
…
夕方である。
ガラガラゴロゴロと音を立てながら移動する俺を、門番のおじさんが凄い顔で見ていたけれど、特に何も言われなかったから問題なかったと思いたい。
俺だって好き好んでショッピングカートなぞ押して歩いている訳じゃあ無いからな。
押しているだけで注目を集めてしまう、罰ゲームのようなカートだけれども、今となってはミー君に感謝をしている。
魔物から剥ぎ取った素材やら、そこらでむしった薬草やら……はたまたキノコやら木の実やら、森の泉で汲んだ水が入った壺までカートに乗せられロープで固定されているのだ。
初めはザックだけでなんとかならんだろうかと思ったのだけれども、採取をしているうちに楽しくなっちまってさ、依頼書を無視してあれやこれやと納品できそうなものを色々と回収しているうち、ザックはあっという間にパンパン。
結局はカートの出番になっちまって……まあ、そもそも毛皮なんかのデカい素材はザックにゃはいらねーからさ、遅かれカートに積み込む羽目になっていたんだろうけど。
街の人々から指をさされ、ヒソヒソと何か言われて俺のライフポイントはとっくに0だ!
一刻も早くギルドに逃げ込みてえ! と、気持ち速めにガラガラゴトゴトゴロリンとギルドまでやってきたけれど参ったな、このカートどうしよう……。
今の俺はソロである。よって、信頼できる荷物番なんて者は居ない。失敗したな、モモをエミルに押しつけなければ良かった。
うーん……しょうが無い。万が一盗まれちまったら困るのは俺だけじゃ無くギルドもだ。怒られたらその辺を上手いこと話して言いくるめたら良いさ。
ゴロゴロガラガラガッタンと、カート毎ギルドに突入すると、案の定直ぐに職員がすっ飛んで参りました。
「な、なんですかそれは!?」
「何って荷車ですよ。ほら、俺仲間と別れて一人で採取に行ってきたでしょう? だから今、荷車を見張る仲間が居ないんですわ。
なので折角依頼のために採取した物が盗まれたら困るなーって悩んだ結果、そのまま入って来ちゃいました!」
「えぇ……って、一人でこんなに……? い、いえ! 直ぐに人を呼びますので少々お待ちください!」
見たまえよミー君。人間というものは大きな利をかざしてやれば多少の事は見逃してしまえる哀れな生き物なのだよ……って今一人だった……。
ミー君、一人で上手くやれたんかねえ……。
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