54話 待遇のお話
「さて、わざわざこんな所まで来てくれたんだ。こっちもそれなりに礼は尽くすぞ。つってもあまり良い物じゃ無くて申し訳ねーけどな」
我々の前に差し出されたのは簡単な街の地図と鍵、それと何やら封書だった。
「ティールの奴からも聞いていたとは思うが、こちらでお前らが滞在中に住む物件を貸し出すことになっている」
「ああ、ギルドで押さえてる物件があるって言ってましたね」
「おう。いくつか所有しているが、中でも立派な奴だから期待してくれ」
「ありがとうございます。それでこの封書は?」
「それは紹介状だな。ここらはこれから寒くなる。すると防寒着がねえとどうしようもねえのよ。俺の知人が服屋をやっていてな、それはそこへの紹介状だ。
今この街は少しばかり物資が不足してるが、それが有れば悪いようにはしねえ筈だぜ」
「ああ、防寒着! 失念していたので助かりました」
「危なかったねえ、ナツくん。凍え死んじゃうところだったね」
いやあほんと危なかった。流石に凍え死ぬ前に服屋に走ったとは思うけれど、寒くなる前に用意しておくのと、寒くなってから用意するのでは話が違うからな。
それに物資が足りないとか言ってるし、ただ行っても買えない可能性だってあったかもしれない。
冬期の依頼をを気合いで耐える羽目にならなそうで本当に良かった……。
「じゃま、俺からの話はこんくらいだ。依頼は明日からボチボチやってくれたら良い。そうだな、本音を言っちまえば一人あたり10件片付けてくれたらありがてえが、無理は言わねえ。出来る範囲で手伝ってくれ」
「そうですね。何処まで出来るかは依頼と相談ですが、頑張りますわ」
ジールさんとニーファさんに見送られた我々はギルドを後にし、まずはこの街の拠点を目指して歩き出したのであった。
◆◇ジール◆◇
「ニーファ……見たか? なんだかすげえ連中だったなあ……」
「ジールさん……彼らが居なくなったら直ぐにそれですか」
「だってよお……」
今年は特にやばかった。
冬場に冒険者が数を減らすのは風物詩見てえなもんで、しょうがねえなあと割り切ってたんだが、今年は増して数を減らしやがった。
その理由はわかっている。
サキーサ伯爵領で見つかった、新たな大規模ダンジョン。
本部から回ってきた情報によれば、手頃な魔物が巣くうほどほどの難度のダンジョンで、旨味がある上に安全性が高いって事で、多くの冒険者達が群がっているらしい。
この街もかつてはダンジョンで賑わってたから文句は言えねえが、悔しいよな。ただでさえ少ない冒険者共をガッツリもってかれたんだからよ。
それでもまあ、未開地に命を賭けるクソッタレ共が残ってくれてるだけありがてえがね。
しかし、そのクソッタレ共は未開地に魅了されちまって街の依頼を受けようとはしねえから困る。だもんで、依頼がどんどん溜まって焦げ付き始めてるんだからたまったもんじゃ無い。
どうにかならねえかと、ティールさんに泣きついてみたら『面白い冒険者を貸すから期待して待ってろ』と帰ってきた。
あの人が貸し出す冒険者なのだから、その腕前は確かなのだろうが『面白い』と言っているのが気にかかった。
現役時代……ティールさんには散々しごかれたし、散々酷い目に遭わされたからな……それでもあの人のおかげで今の俺があるわけだし、実際頼りになるわけだからこうして頼ったわけだが……。
しかしなんだよ、あの冒険者!
ナツは一見すればぱっとしねえそこらの村人見てえな顔してるのによ、背中に背負った大太刀……ありゃ俺でも振れねえぞ? あんなもんを軽々と背負ってんだから、おっかねえよな……。
ミューラはまあ、優しそうだし、穏やかな顔をしていたから良いが、問題はエミルだよ!
ティールさんから聞いて腰が抜けるかと思ったわ。
かつて『精霊の隣人』というパーティ名で活躍していたゴールドランクパーティ。リヒトとシュリ、そしてエミル……。
何故、若返っているのかは分からねえが、かつて『緋炎』の二つ名で呼ばれたゴールドランクが何故普通の顔をしてあの場に居るのか。
緋炎はかなり昔に事故で死んだんじゃ無かったのか?
いや、奴は確かに亡くなり、埋葬された筈だ。死亡による資格停止はきちんとしたギルドの調査が入った上でされるからな。
魔物に食われて死んだはずの奴がケロッとした顔で戻ってくることは稀にあるが、自宅で亡くなり、しっかりと埋葬された奴が現れるって何の冗談だよ。
ティールさんも何故、今になってあんな姿で現れたのかは分からないらしいが、人が若返るという話は聞いたことはないし、なにより死人が蘇るなんてありえねえ。
メルフから届いた連絡を読んだときは(またティールさんが俺を騙そうとしてやがるな)と思ったが『エミル・ネイツの名でシルバーランクカードを発行しておくように』と書かれているのを見てしまったら疑うことは出来なくなった。
んな事冗談で言えるようなもんじゃねえからな。
事実、俺の前に現れた少女には緋炎の面影があった。アレに娘が居たって話は聞いたことはねえし、そもそも死んだ年を考えれば計算が合わねえ……。
『ナツ達は何か面白い事をしでかすかもしれんぞ』
なんて連絡に書かれてあったけれど、来て早々やらかされた気分でいっぱいだ。
「な、なあニーファ……10件って多すぎたかな? ナツ達……機嫌を損なわねえよな?」
「大丈夫ですよ……ほら、しゃんとして下さいな。全く、普段あれだけしっかりしてるのに……」
「だってよお……ナツからその、ティールさんと似たような匂いを感じてよ……」
「私には普通の青年に見えましたけどねー」
「普通の青年はあんなデタラメな武器背負えねえよ!」
……ともあれだ。その力が味方であるのであれば何より心強い。
報告によれば彼らは腕っ節もすげえらしいが、何故か細々とした依頼――採取依頼や清掃なんてものを好んで受託するらしいじゃねえか。
あんなもん見せられちまったから、それはそれで釈然としねえが、今のカリムに求められてるのはそこだからな。
思う存分頼らせて貰うぜ。
◆◇ナツ◆◇
「地図によればこの辺りか……おお、あれかあ」
ギルドから歩くこと20分。本通りから少し外れたところに目的地である我々の拠点とやらがあった。
「わあ! 見てよナツくん! 広いよ! メルフのお家より広いかも!」
「なつなつ! 庭があるぞ! 広いぞ!」
ミー君とモモは無邪気だなあ。家を見るなりわっと駆けだして行ってしまった。
「全く、困った連中だよなあ……エミル……っていねえ!?」
「ナツ殿! ナツ殿! これを見てくれ! メルフでは見られないモッフェル草がこんなにも! む! こちらにはグウェルも生えているでは無いか!」
……エミルお前もかよお!
ミー君が放りだしていったカートをガラガラと押し、俺も家に到着。
ここもやはり、他の家と同じく温かみがありまくる木造家屋。
立派な庭がついた2階建ての物件は我々には少し広すぎるような気もするが、ミー君達が喜んでいるのならばそれでよしとしようじゃ無いか。
「よし、お前は早速お仕事してこい」
「ピピピー」
家の扉を開け、ルンボット(フワちやん)を放ちつつ、カートを家に入れる。
……が、中は綺麗に掃除されていて、フワちゃんのお仕事は無さそうなほどに綺麗だった。
「ピー……」
「そんな悲しげに電子音ならさんでも……」
部屋はいくつかあり、一人一部屋を使っても余りそうなほどで、さらに食堂と錬金室、鍛冶工房、そして風呂とトイレが確認できた。
設備を考えると、ここはかつて大規模なパーティが使っていた物件なのかも知れないな。
街がダンジョン攻略で賑わっていた頃、ここを拠点としていた冒険者達が成功を夢見て日々語り合っていたのでは無かろうか? そう考えるとなんだか胸が熱くなってくるね。
「わー! 中も広いねー!」
「フワちゃんまてまてー! モモを乗せろー!」
「む! 錬金室が有るでは無いか! ナツ殿! 我はそこで寝泊まりするぞ!」
……こいつらと来たら感傷に浸る間も与えねえのか。
ドタバタと賑やかに現れた仲間達にため息が漏れる。
「見てみて! ナツくん! ここのキッチンも結構立派だよ!」
「なぬ! マジか!」
……言うな。なんだかんだ言って結局料理も趣味になっちまったんだよ……。
スキルが身に付いたのか、育ったのか知らんが、今ではさほど苦も無くメシを作れるようになったんだよ……そうなったら楽しくなっちゃうだろ? キッチンを見て目が輝くのはそのせいなんだ……。
はい、俺も同類でした。
そして飽きるまで我々の拠点探索は続き、それぞれがそれぞれの根城を見つけて満足がいく結果を得られたのでありました。
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