53話 カリムのギルドへ
門をくぐると木造家屋が建ち並び、屋台もぼちぼちと出ていて思ったよりは寂れては居なかったが……。
「本当に思ったよりはって感じだな」
「街は結構おっきそうなのに、少し寂しい感じするよね」
街の規模としてはメルフとどっこいどっこい……いや、こちらの方が大きそうなのだけれども、通りを走る馬車はめっちゃ少ねえし、なんというか活気が無い。
「うむむ……分かってはおったが、実際目にすると寂しく思うな。昔を思えば嘘のように人がおらぬ」
エミルも何処かしょんぼりとした顔をして街を見渡している。
ともあれ、店が開いていない訳じゃあないし、思ったよりは冒険者の数も居る。エミルから話しを聞いたときには『そんな寂れた街で2ヶ月か……』と、少しだけ不安に思ったけれど、これくらいなら良くある地方都市って感じだから平気だわ。
「んう……なんだー? 街についたのかー? しらない街だー!」
上着のポケットからもぞもぞと顔を出したモモがキョロキョロとしている。
こいつは起きてるときはやたらと飛び回ってうるさいのだが、疲れると俺やミー君のポケットに潜り込んでスヤァと眠ってしまうのだ。
静かだなあと思うと、いつの間にか潜り込んでいるため、何時か知らずに潰しそうで少し怖い。
鈴でも付けようかしら?
「うし、俺は商人ギルドに行くからここでお別れだ。俺は用が済んだら先に帰っちまうが、お前らも気をつけて帰って来いよな」
「なんだよチーおじ、待っててくれねえのか」
「そうしてえとこなんだが、流石に2ヶ月も滞在っつうのは厳しいのよ。
今回は自分で露天を開くわけじゃねえからなー。
ギルドに商品卸したら、後は適当にここらの商材買って……良いとこ一週間か?」
「そういやチーおじって商人だったっけ」
「いや、そこは忘れるなよな!?」
「チーズをくれる精霊的な何かかと……」
「おいこら! ナツてめえやっぱり!」
「ははは、冗談だよ、冗談だって! おい、危ねえから前見ろ! 前!」
「ぬ!? うおおお! あぶねえ……わりいわりい」
……
…
街の中央広場に下ろされた我々は、にこやかにチーおじを見送り、特に別れの余韻などを感じはしなかったので、そのまま元気よく冒険者ギルドに向かった。
ギルドは3階建てのそこそこ立派な建物で、メルフのと規模はあんまり変わらない。ただ、開拓でガンガン手に入るのか、他の建造物と同様にふんだんに木材を使用した建築様式で、なんだか温かみを感じる。
まあ、中に居る連中はきっと温かみなど無いような冒険者なんだろうけれども。
……なんて思ったのだが、大きめの扉を開き中に入るとガラリとしていてなんとも寂しい。
物が無いというわけでは無くて、人が居ないのだ。いやまあ、もう直ぐ14時になろうって頃だからさ、メルフでも冒険者達がまばらに居る時間帯っちゃそうなんだけれども、それでも一人も居ねえって事はねえよ。
余りのさみしさに呆然としていると、俺達に気づいた職員が声をかけてきた。
「冒険者ギルドカリム支部へようこそ! あ、あの……もしかして、余所の街からいらっしゃった冒険者ですか?」
おお! 聞いたかミー君よ! ちゃんと冒険者呼ばわりされて居るぞ! もう依頼に来た村人Aとは認識されなくなったんだ! なんだか嬉しいね。
「ああ、メルフから指名依頼で派遣されたナツとミューラです」
これ幸いと、狐耳が眩しい金髪ボブのお姉さんに依頼書を渡すと、ざっと中身に目を通した後、にっこりと笑顔を浮かべてこう言った。
「詳しいお話をいたしますので、上のお部屋にご案内しますね」
いつものアレをここでも聞くこととなるとはな……でもなんだろう? 少し物足りない。
ああ、そうか。笑顔が普通に可愛らしいからだ。黒くない、普通のにっこり笑顔で言われたからそう感じたのか。
マミさんの威圧めいた笑顔、怖いと思ってたけどクセになってるのかも知れんな……。
上のお部屋はなんだかメルフのそれとよく似ていて、実家のような安心感……は無いけれど、最早慣れた感じで緊張することは無かった。
狐のお嬢さん、ニーファさんから出されたお茶を皆ですすっていると、間もなくガチャリとドアが開いてニーファさんと、厳つい顔をしたおっさんが入室した。
赤髪のごっついおっさんは、ぱっと見は普通の人間(ヒユーム)に見えるのだけれども、首の辺りに赤い鱗が生えているのが見えた。
「なんだ、兄ちゃん。ドラゴニュートを見るのは初めてか?」
余りにも俺がじろじろ見ていたのが気になったのだろう、いたずらな表情を浮かべたおっさんがそんなことを言う。
ドラゴニュート……俺が知るとおりなら龍人って奴か……。
「いやあ、失礼しました。仰るとおり、初めてでして。つい気になって見てしまいました」
「もう、ナツくん失礼だよ?」
「いやあ、めんぼくない」
「がはは! 正直な奴だな! ティールが寄越すだけはあるって事か」
「ティールさんをご存じで?」
「ああ、ティールは昔の馴染みでな。今や二人ともこんなめんどくせえ仕事を押しつけられちまってるが、昔は良く共に無茶をしたもんさ」
元パーティ仲間とかそう言う奴かな。ティールさんも何か強者オーラ出してたし、きっと名のあるパーティだったのだろうなあ。
「さて。シルバーランク冒険者ナツにミューラ、それと仲間のエミルとモモだな。俺はジール・グラムニア。見ての通り、ギルマスをやらせられている。今回お前らに来て貰ったのは……」
と、説明が始まったが、概ねはあらかじめ聞いていたとおりだった。
曰く、この街に残る冒険者達の多くは割が良い開拓関係の依頼にばかり行ってしまう。
そのため、他の街であれば直ぐに片づくような簡単な街の依頼や、採取依頼等は手が付けられない事が多く、かなりの仕事が溜まってしまっているらしい。
「それでも例年はまだマシなんだよ。夏頃までは少ないながら余所から冒険者が流れてきて滞在してくれるからな。いやまあ、これからの時期ギルドが寂しくなるのは毎年の事なんだがな……」
これからの時期、つまりはもう直ぐ冬が来るわけだ。そんな寂しい時期にこんな寂しい街に居られるかと、流れの冒険者達は賑やかな街に移動し、暖かくなるまでそちらで過ごしてしまうのだそうだ。
「移動も時間がかかるだろ? 夏が終わる気配を見せるとよ、ぱーっと散っていってしまうのよ。まあ、しょうがねえ話しだわな」
そこで、その穴を少しでも埋めるため、メルフに泣きついたところ……それなら丁度良い連中がと俺らを派遣することになったらしい。
……いやいやおかしくない? いくらこの街が寂しいつっても、暖かい時期はそれなりに流れの連中がいたんでしょう? それなのに救援が必要になるって……そういや例年はまだマシって言ってたか……。
にしてもさ、その穴埋めが我々だけって少なくない? 流石に俺とミー君だけじゃ焼け石に水なんじゃねえの。
「あの、俺達以外に派遣された冒険者は……」
「いいや、お前らだけだな。ティールからはそれで大丈夫だと言われてるから、まあ平気なんだろ?」
「えぇ……何を言われたのかは知りませんけど、俺ら見ての通り、ただのルーキーですよ? それが二人じゃいくら何でも仕事は回りませんって」
既に受けてしまっているのだから、今更お断りすることは出来ないけれど、それでも文句くらいは言わせて貰うぞ。いくら何でも無茶ぶりが過ぎるって!
「まあ、そう言うのは俺もティールも分かっていた。流石に俺もナツとミューラにだけ任せるのは無理があると思ってな、もう一人力強い味方を用意している」
なんだ居るんじゃないか! つうか、きたきた来ましたよ! テンプレ展開来ましたよ!
新たな街で加わる心強い味方!
さあ、何が出る? 実は王族の爽やかイケメンか? 人間嫌いのエルフレンジャーか? はたまた力持ちのドワーフ幼女という線も捨てがたい。
最初は俺らのことを疑ってかかる新たな仲間。しかし、徐々に互いの気心が知れて、最後には真の仲間として共に道を歩むように……!
と、妄想していたのだが、パチリと言う音で我に返されてしまった。
何の音だろうと見てみれば、ギルマスのジールさんが机に何やら薄っぺらい物を置いていた。
なんだかとっても見慣れたそれは銀色をしていて、いや見るからにシルバーランクのギルドカードなのだが……一体これは?
「力強い仲間、それはもうここに居る」
「えっ まさかニーファさんが手伝ってくれるんですか?」
「ああ? んなわけあるか。つうか、そこはせめて俺の名前を出せよな!」
「ええ? いやだってギルマス程強い人がシルバーってこたあ無いでしょう?」
「ガハハハハ! 確かにそうだな。だが、ニーファじゃあねし、勿論俺でもねえ」
え……? じゃあ一体……? 既にこの部屋に居ると言っていた。これはあれか? まさかのニンジャか? 俺達に気づかれること無く、今もこの部屋の何処かに息を潜めて様子を伺っているような……ああ、そう言う展開もテンプレネタにあるよなあ。
「なにキョロキョロしてんだ? つうか、普通出されたカードを真っ先に見るだろ!」
「え、あ、そうか、そうですね!」
思わずキョドりながらカードを手に取り、そこに刻まれた名前を見てみると。
「……エミル・ネイツって書いてあるんですけど……」
「はあ? 我? なんで我!?」
それまでムッスリと不機嫌そうな顔で静かにお茶を飲んでいたエミルが声を上げた。
そりゃそうだ。エミルは同行者であって冒険者じゃあ無い。カードなんて無いはずなのに。
「なんで……か。さてな? まあ、ティールからは『流石に元のまま再発行するわけにはいかなかった』と、言われてるが……はてさて、何のことだかなあ?」
「ぐぬぬぬぬ……! つまり、お前らは我にも冒険者としてナツ殿と共に依頼を受けろというのだな?」
「元々手伝うつもりで来たのだろう? 問題ないだろ? それにだ。お前も冒険者として活動出来るようになれば、単独で依頼をこなすことも出来る。
ただの同行者であれば、ナツかミューラのどちらかの手伝いしかできねえが、それがありゃ3人で手分けすることだって出来る。無論、依頼料だって出るんだしわりい話じゃねえだろ?」
「ぐっ……ぐぬ! ぐぬぬぬぬぬぬ!」
エミルがぐうの音も出ないと行った顔で悔しがっている。何故そこまで悔しがっているのか分からないけれど、いきなりシルバーランクのカードを手渡されて戸惑う気持ちはわからんでもない。
「わあ、凄いねエミルちゃん。いきなりシルバーランクだよ! エミルちゃんの魔術凄いもんねー、ティールさんもちゃんとそれを見て評価してくれたんだよ。良かったね」
「ぐぬ……はぁ、そうだの……もうそれでいいわ……はぁ……」
「?」
素直に凄い凄いと褒め称えるミー君と、何かを諦めたエミル。
ニヤニヤとその様子を見守るギルマスと、困った笑顔を浮かべるニーファさん。
余り嬉しそうじゃ無いエミルには申し訳ないけれど、エミルも冒険者になってくれたのは正直助かった。
ギルマスが言うとおり、エミルも依頼を受けられるようになれば何かと便利になりそうだからな。
「改めてよろしく頼むぜ、エミル」
「うむ……」
……ああ、すっげえ嫌そうな顔で頷かれた……。
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