52話 そしてカリムへ……

※本日は52話の前に『閑話 教えてエミル先生! カリムのひみつ』も投稿されています。

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ガタゴトガタゴトガラガラガシャーンと馬車は行く。


「うわあん! 痛いよう! がっつんがっつん膝に当たるよう!」

「だから言っただろ……そんなもん邪魔になるだけだって……」

「だってえ……」


 生意気なことに、今回チーおじが乗ってきた馬車は2頭引きでデカい。

 やたらと広々とした4人乗り客車スペースと、その後ろに荷台スペースがあるのだ。

 荷台に幌がついた4人乗りの2tトラックみたいな形を思い浮かべると近いと思う。


 だもんで、荷台スペースにはチーおじの商材がてんこ盛りに乗っていて、我々の荷物もそこに置かせてもらってるわけなのだが、カートなんて場所を取るものを置くようなスペースは無い。


 となれば、カートは客車に乗せるしかなかったわけで……。


 幸いなことに、我々は4人とは言えそのうち一人はフィギュアサイズのモモだ。こいつは誰かの肩や膝に収まっていればそれで済むため、座席が一人分空くわけだ。


 なので、俺とエミルが向かい合うように座り、ミー君はカートと向かい合って座っている。


 普通の馬車ではとてもその様な置き方は出来なかったと思うけど、チーおじの馬車は妙に広い。なので、遺憾ながらカートもラクラク収納することが出来たのだが……。


「わーん! 轟天号痛いよー!」

「クッションか何か膝に当てなさいな……てか、サイクロン号じゃなかったのかよ……」

「ナツくん天才!」

「……」


 初めからそうなることには気づいてたんだけどな。少しくらい痛い目に遭わせてやろうと黙っていたわけだ。   


 痛くなければ覚えませぬ! ってな。


 そんな具合で、ミー君が膝を痛めたり、軽く虹を作りかけたり、チーズを食ったりなんだりしているうちに……10日はあっという間に過ぎ去って。


 ……移動中の話? 特に面白いこともなかったから別にいいだろ。

 せいぜいルンボットのフワを『監視用ゴーレムだ』とチーおじを騙して夜番無しで皆ぐっすりと眠れてよかったなあ……くらいだ。


 後は前回の旅と似たようなもんですよ。そうホイホイと移動中に野盗イベントやら魔物エンカウントイベントが起きてたまるもんですか。


 なんたって我々は結界を張って移動してんだからな。テンプレキラーなんですわ。


 そんなわけで、特にイベントらしいイベントが無いままに我々はカリムを取り囲む頑丈そうな防壁を目にすることとなった。


「ふわあ……大きいねえ……」

「今でこそ周りが開拓されておるが、昔は未開の森と隣接していたそうだからの。魔物から護るため自然とああなったのだろうよ」


 サンキューエミル先生! 


 我々が向かう先にそびえ立っているのは、高さ20mはある立派な防壁だ。

 良くまあ、あんな立派なもので街を囲みきれたものだと感心してもしきれない。


 魔術を使ったのか、重機的な魔導具でもあるのか、もしくは筋肉共が頑張ったのか走らないけれど、一朝一夕で出来るようなもんじゃあないぞ。


 きっと何年もかけてコツコツと作り上げた壁なのだろうなあ。


 アレだけ立派な壁に囲まれている街だ、さぞや立派な……と、何もなければ思うのだろうけども、生憎とエミル先生から色々聞いちまってるからなあ。


 街の外は原野が広がっていて、遠くかすかに広大な森が見える。エミルによれば、アレが未開地であるということだが、彼女が知っていた頃よりも大分開拓が進んでいるようで、『昔はもっと手前にあったのだ』と言っていた。


 このモールトン領はそこそこ広大な土地で、カリム以外にも開拓村があちらこちらに点在しているのだという。


「他領であればそれ以外にも街がいくつか興っている程に広大な領土なのだが、いかんせん場所がな」


 領土東に未開地を背負うナール王国最果ての領土。流通も我々の拠点があるマティウス領に頼らざる得ない所があり、多くの領地や他国との接続が無いモールトン領は発展しにくいのだということであった。


 恥ずかしながら、この話題の中で初めて自分たちの拠点を収める領主の名前と爵位を聞くこととなった。


 メルフがあるマティウス領を収めているのはリックザード・ナール・マティウス伯爵。


「へえ、メルフは伯爵領なのか」


 と、エミルにいうと、この世界における貴族の詳しい説明が始まってしまった。

 俺はこの通り、モブofモブの超平民なので、お貴族様とお近づきになる機会はないと思うのだが、誰かと話す際に知らずに妙なことを言ってしまっては困ると思ったのでおとなしく聞くことにした。


 ……

 …


 ……はあはあ……なんとか理解したぞ。思ったよりめんどくさかった! 日本における役職に置き換えてなんとか理解したぞ……。


 エミルが説明してくれたことをまとめると……


 国王 国全体に権力を持つ 直轄の王都の他、領内には代官を置いた街がいくつか

 公爵 府知事みたいなもん 10家の子爵・男爵家を配下に置き領土を管理している

 侯爵 政令指定都市の県知事レベル  6家の……〃

 辺境伯 他国領と隣接するため侯爵と同レベルの権限がある ※例外有り

 伯爵 県知事クラス 3家の……〃

 子爵 親貴族より一部領土を預かり管理し、上位貴族に税を収める。規模的に市長レベル

 男爵 同上  規模的に町長レベル

 その他、小さな集落はそのまんま『村』と呼ばれ、村長が自治をして領土を収める上位貴族に税を収める。


 また、公爵から伯爵までの貴族は見初めた物を男爵に叙爵する権限を持っていて、何らかの事情で配下の数が上限に達していない場合は、国王に申請して配下を増やせるとの事だ。  


 我々の拠点であるメルフの場合、マティウス伯爵領東部を預かるアランド・ナール・ニルス子爵が管理をする街で、領土内では『ニルスのメルフから来ました』みたいな言い方をするけど、お外では『マティウス領から来ました』という言い方をするそうだ。


 日本風に言えば「マティウス県ニルス市メルフ」みたいな感じかね?


 なんだかめんどくさいな……というか、覚えられる自身がないぞ。


 と、中々に脳を鍛えてくれる社会科授業を受けているうちにどうやら街の入り口である大きな門まで到着したようだ。


 馬車毎通れる中々に立派な門だ。思わずパシャパシャと何枚かスマホで撮っちまったよ。


 さて、テンプレ的な展開ならば、この門の前にはアホほど人が並んでいて、その脇をゆうゆうと貴族様を乗せた馬車がファストパス列の如く通り過ぎ、行列ストレスでカッカとしている荒くれ者が「ちっ! 貴族様は良いよな!」なんてぼやいたり、損な連中相手に商売してる連中が「まあまあ、どうです一杯」なんて、エールや串焼きを売りに来たりするのだろうな。


 そして、ようやく自分たちの番になると、門を護る兵士から嫌というほど調べ上げられ、モモあたりが目をつけられて小部屋に連行され……妙な難癖をつけられてどうのこうのとなるのだろうが……。


 我々の目の前には誰も居ない。ああ、そうだ。ファストパスどころじゃねえ。潰れかけの遊園地だこれ。


 んでまた、兵士さんと来たら……

 

「はい、マティウスからですね。え! 冒険者? 本当ですか? うわー! ほんとだ! シルバーランク! やったー! どうぞお通り下さい!」


 と、これである。


 そもそも、我々と話す前から馬車を見てしっぽをブンブンと振って喜んでいたのだ。

 ……番兵さんは犬系獣人さんだったからな……比喩じゃなくてマジでブンブン振っていたのだ。


 つまりは、他所から誰かが来ること自体嬉しいということなのだろう。

 俺たちだけではなく、チーおじが商人であり、商材を積んできたと聞いて凄まじく喜んでいたからなあ……。


「すっげえ喜んでたなあ……いつもそうなのかい」


 門をくぐった後、チーおじに尋ねてみれば苦笑いを浮かべる。


「いやあ、実はな。ここ数年はこっちに来てなかったんだわ。正直その……こっちに販路を伸ばしても未来がねえなあとか思っちまってな……他の商人連中もそうだからよ、カリムの店は入荷が滞って結構寂しいことになってるらしい」


「世知辛いがしょうがねえわな。チーおじも商売なんだもん」


「まあな……けどよお、あんなに喜ばれるとやっぱり胸が痛むな。今回の商売は半分冒険者ギルドから依頼されたようなもんで、気まぐれだ。何もなければ俺だって来ちゃいねえ」


「依頼?」


「いやな? カリムに冒険者が行くから、ついでに行商に行きたい奴は居ないかと商人ギルドに話が来たんだよ。護衛費0円で行けるチャンスですよって」


「ははあ。そういう事やるもんな、冒険者ギルドは」


「ただまあ、場所がカリムだろ? だーれも手を上げねえんだ。俺も正直乗り気じゃなかったんだが……なんだろうな、お前たちのことを思い出したんだよな」


「俺達のこと?」


「ああ、たった1日の付き合いしかない村のために、あんなやべえ魔物を討伐しちまった英雄さん達の顔がちらついたのさ」


「……」


「俺は商人でそんな力はねえ。けれど、俺は商売ができる。寂しい思いをしているカリムの連中の事を思ったらよ、あの日のマッツの顔がちらついてな……そこでひと肌脱いでやろうじゃねえかって思ったのさ」


「チーおじ……意外といい男じゃねえか!」

「やめろやめろ! 俺にはそんな趣味はねえよ!」

「そういう意味で言ったんじゃねえよ!」


 ……なんというか。


 ミー君の悪ふざけがチーおじのハートに火を付けるきっかけとなったというのはこう……アレだけれども、何だか少し嬉しい気持ちになるな。


 ミー君という存在が、ほんの少しだけ何かをやらかすと、それが波紋のように広がってこの世界がどんどん良くなっていく、なんだかそんな気分になった。


 さて、ようやくカリムの街に到着だ。

 この街では一体何が起きてしまうのだろうな……?

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