51話 出発と懐かしい顔と
※本日は51話の前に『閑話 ギルドの事情』も投稿されています。
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「置いていきなさい!」
「やだー!」
「どうして言うこと聞けないの!」
「だってー! 絶対必要になるよー!」
「置いてくわよ!」
「うわーん!」
見知らぬ母子の会話……ではなく、俺とミー君の会話である。
さあ行こうかと、家を出てまもなくして聞こえる『ガラガラガラ』という音。
まさかなー流石になーでもミー君だしなあ……と、振り返ってみれば、にこやかな顔でルンボットを乗せたカートを押すミー君の姿。
私物を持っていって良いよとは言ったけれど、流石にショッピングカートはねえよ……。
「逆に聞くけど、どういう場面でルンボットやカートが必要になると思うんだい?」
「向こうでも依頼を受けるんでしょう? カートがあったら素材沢山はこべるじゃん! それにフワちゃんも家族だもん!」
「ルンボットに名前を……いやいい……あー、そうは言うけどなあ、絶対馬車の中で邪魔になるぞ?」
「平気だよ! 私が我慢すればいいんだもん!」
今日のミー君はやけに強情だ。
ここまでして持って行きたがるのには彼女なりの理由が……あるわけもなく。
ただ単に『サイクロン号』と名付けて桃色に塗ったカートに愛着が湧きすぎて、旅先にも持っていきたいというわがままなのである。
『フワちゃん』なるルンボットに関してもそうだ。モモがそれに乗って動くのを眺めるのが楽しい、ただそれだけで持っていきたがっているだけなのだ。
フワちゃんはまあ、現地で借りる家の掃除に便利かなあと思うけど、正直カートは邪魔にしかならん。
これがなくとも困ることは無かろうし、むしろ足枷にしかならんと思うのだが……このままグダグダと言い合っていると待ち合わせに遅れてしまう。
「しょうがねえなあ……ちゃんと責任を取るんだぞ?」
「うん! 大丈夫だよナツくん! ちゃんと私が世話するもん!」
犬や猫じゃねーっつーの。
そんなわけで、ガラガラガラと煩いサイクロン号と共に、我々は街外れの馬車乗り場までやってきたわけですが……。
「馬車の姿が無いようだが……ここであっているのか? ナツ殿」
「あってるも何も、東部方面行きの乗り場はここしかないんだろ?」
「それもそうなのだが……ならば何故馬車が居ないのだろうな?」
「ねえね、ナツくん。もしかして置いていかれちゃったのかな?」
「……家を出るときに少し揉めて遅れたからなあ……そのせいかもなー」
「うっ……」
馬車がなーい!
他の馬車が居ないのもまあ、気になるが……それはおそらく我々の出発時間が遅いせいだろう。
普通の馬車は大体朝8時には出発するのだ。9時になろうとしているこの時間に乗り場が空になっているのは理解できる。
……が、我々が乗る馬車まで居ないとなれば話は別だ。
出発時刻までまだ10分はあるぞ……置いていかれたとは考えたくはないけれど、御者がせっかちな人だったらば……いやいや、待て待て。ギルドで抑えてくれたっていうのであれば、我々が居ないのに出発するとは考えられない。
……これは早くも事件の匂い!
と、言うことはなく。
間もなくガタゴトと音を立てて馬車がやってまいりました。うん、遅刻だ……っていうか、何処行ってたんだ馬車。
「いやあ、悪い悪い。商品の仕込みに時間がかかってよお……まだギリギリ間に合ったよなあ?」
遅刻したというのに悪びれない御者である。一体どんなやつなんだと思っていたら……
「チーおじじゃねえか」
「お、久しぶりだな。ってこた、護衛してくれるのはお前らってことか」
これは神のいたずらかと……? 思わず隣りにいたミー君を見たら目があった。
ミー君はこてんと首を傾げて不思議そうな顔をした。
「随分とまあ……賑やかになったもんだな。そっちの嬢ちゃんは二人の子供か?」
「んなわけあるか! いくらなんでも育つのが早すぎんだろ」
「いや……何もあの後こさえたとはいってねえよ。子供がいたのかなっておもっただけだ」
「こ、こさえた……」
唐突なセクハラにミー君はうろたえ、俺もなんだか顔が熱くなってきた。
まったくなんなんだこのチーおじは……まるでオッサンみたいなことを……ああ、オッサンだったわ……。
「ははは、その面みりゃあ違うってのがわかっちまうな。なんだナツ。あんだけつええのにそっちの方はまだまだルーキーってか」
「エミル……ギルドの規約で護衛対象の行方が不明となった場合はどうなるんだっけ」
「ギルドの調査が入るが……冒険者の行動に不備が見つからなかった場合は依頼自体が無かったことになるだけだな」
「よし、チーおじ! 短い付き合いだった! 心配するな、証拠も残らず綺麗にやってやるよ!」
「おいおい! やめろよ! 冗談だろ!冗談!」
目をバッテンにして両手を上げ『降参』のポーズを取るチーおじ。あんたもそれ出来ちゃうの? つーか可愛くねーから辞めて欲しい。
「ったく……みろ、ミー君が顔を赤くして動かなくなっちまったじゃねえかよ」
「ああ、ミューラさんも悪かったな……またチーズでも出してやるから機嫌直してくれ」
「わあ! チーおじのチーズだ! ナツくんナツくん! やったね!」
恥ずかしさの余り、だるまのようになっていたミー君が『チーズ』の一言で再起動。なんだか見ていてとても恥ずかしい。
「まったく現金なお嬢さんだぜ……ってまて、ナツ。チーおじのチーって……チールじゃなくてまさかチーズおじさんの略じゃねえだろうな」
「……よし、お遊びはここまでだ。チールさん、出発しよう!」
「おい! ナツ! こら! ごまかすんじゃねえ!」
「ほら! みんな乗った乗った! チーおじが遅刻して押してんだ! 急げ急げ!」
「こらー! ナツー!」
……
…
ガタリゴトリと馬車が行く。
マミさんが言っていたとおり、メルフから目的地であるカリムまでは馬車で10日程かかるらしい。
馬車の時速がざっくり10km、休憩をはさみながら移動すれば日に6時間程度。
雑に計算をすれば、大体600km、東京から京都あたりか、青森辺りまで行くくらいは離れているようだ。
交通網が発達している日本だと、1日のうちに移動出来ちまう距離だけれども、ノンビリとした馬車の旅だとすげー遠く感じますな。
いやまあ、東京ー青森間と考えれば普通にスゲー離れてるな! って思うけどさ。
むしろ現代日本の距離感覚がおかしーのかもしれねえな。
御者はうるせーけど、馬車を手配をしてくれたギルドには感謝だなあ。
もしも俺とミー君だけの旅だったら、間違いなく何も考えないで徒歩で駆け出していたと思う。
徒歩で東京ー青森て。夏休みの大学生じゃねえんだからさ……。
いやまあ、馬車で行くよりよっぽど早く着きそうなのがアレだけれども、それはそれで旅の情緒はないし、それなりに疲れちゃうからな。
やっぱりこういう旅という物は、のんびりと乗り物に揺られてこそですわ。
「しっかし、お前らなんでまたカリムなんかに向かうんだ? 言っちゃ悪いが、あの街に旨味なんかねーだろうによ」
「なんでって……そりゃあ、ギルドから指名依頼を受けたからだよ。あっちで人手が足りないから手伝ってくれってな」
「あー……人手不足なあ、なるほどなあ。ナツとミューラさんくらいの腕があるなら納得だが……貧乏くじ引かされちまったなあ……ま、そのうち良いことあるぜ」
貧乏くじ……?
妙に優しい声で俺を慰めるチーおじが不気味……いや、それはいいんだけど、チーおじにそこまで言わせるほどカリムってアレな街なのか……?
「教えて! エミル先生!」
「なんなのだそれは!」
「こういう時はエミルに聞けば解説してくれるかなって……」
「まったく……まあ、休んでいた分の知識は補填済だしの? 大抵の質問には答えられるし、ナツ殿に頼られるのは満更でもないのだが……」
嬉しそうな顔を浮かべて渋々と解説を始めるエミル。わかりやすいよな、こいつ……。
「カリムは元々――」
……次回『教えてエミル先生! カリムのひみつ』ご期待下さい。チーおじのチーズは旨い……。
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