第29話 向上する家庭環境? 

「ははあ、それでエミルさんはうちの馬鹿の浄化でこうなっちまったと……ほんとなんと言いますか……その……申し訳なかったですね」


「謝ることは無いぞ、ナツ殿。我はあれに意思を乗っ取られていたようなものだ。こうして元に……戻ったとは言えぬが、正気になれたのだ。むしろ感謝しているぞ」


 元リッチのエミルさん……見た目からすればエミルちゃんと呼びたくなるのだが、エミル・ノイツさんはミー君によって幼女化したれっきとした大人らしい。


 どれくらい前なのかはわからないけれど、この家で亡くなったエミルさんはリッチとして蘇り、例の地下室で実験三昧の生活をしていたと……。


 まさか家主がアンデッドとして生きていたとは誰も思わなかっただろうけど、家の権利を奪ってしまったような形になってしまったので非常に申し訳ない気持ちで一杯だ。


「ああ、もしやナツ殿はこの家の所有権を奪ってしまった事を気に病んでおるのかな?」

「うっ……そうですな。ギルドから貰った者とはいえ、持ち主が居るのに悪いなあと」

「それについては問題ない。我は大精霊。既に人ではない故、家の権利など求めぬよ」


「ええ、でもさ。それじゃあエミルちゃんはどうするの? だめだよ、こんなちっちゃい子を追い出すなんてしないからね!」


 ミー君はぶれねえな。っつうか、こいつ小さい子が好きだよな……エミルさんを見てから少し様子がおかしいんだ。


 元とは言え、ここの家主さんで、大精霊と来たら追い出すわけには行かないさ。

 つうか、口調は兎も角、見た目幼女なエミルさんに『そう、じゃあバイバイ』なんて外道な台詞を言えるかっつうんだ。


 良かったら……と、俺が口を開こうとした時、先に向こうから提案された。


「我は多くを望まぬ。だから我をこのままここに置いてはくれぬか? 大精霊のメイドなんて希少じゃぞ?」


 大精霊メイド……! そう言うものもあるのか!


「エミルちゃん、そう言う事はしなくてもいいんだよ? ここはエミルちゃんと私たちのお家なの。ずっと居ても良いんだよ?」


 ミー君がすっかり養母化しておる……。

 こいつ、ちっちゃい子と戯れているときだけは女神らしい慈愛に満ちた顔つきなんだよな……もしや子宝の女神とかそういうのじゃ……いっでえ!


「ナツくん?」

「悪かったって! 肩パンすんなや!」


「ふふ、二人は仲が良いのであるな。ミー殿、我はこう見えてもナツ殿よりも年上だ。まして、暇な時間が多いのだ、家事の一つや二つ任せてくれぬか?」


 ミー君を諭すように説得するエミルさん。

 デモデモダッテと粘るミー君だったが『半魔導具化しているこの家を一番使いこなせるのは設計者である我なのだ』という驚きの台詞にぐうの音も出ず、エミルさんはこの家のメイド大精霊として共に暮らすことになったのであった。



 ……が、エミルちゃんはポンコツメイドであった。


『メイドになると張り切ってみたが……実は我、家事をまともにしたことが無いのだ』


 どれだけ出来るかやって見せて、ああ調理だけで良いよ。掃除と洗濯はミー君が浄化するから……と、昼ご飯でも作って貰おうかと提案したときに彼女は家事をしたことが無いと打ち明けた。


 生前はどうしていたのか聞いてみれば、幼馴染の女性が定期的にやってきてはテキパキと片付けたり、ご飯を作ってくれたりしていたらしい。


「そんなわけでな! 我はルーキーメイドなのだよ! わはは」


 わははじゃなしに!


 それでもまださ、最初の内はさ、教えていればなんとか覚えるだろうと、冒険者稼業を1週間程休んで料理とその後片付けを教える事にしたんだけど……。


 才能が無いってやつなのかな……一向に成長する様子もなく、気づけば俺も彼女のことをエミルちゃんと呼ぶようになり、何処かミー君と同列に扱うようになっていた。


「エミルちゃんさあ……卵は殻のまま炙っちゃ駄目だよ……爆発してひでえ有様じゃねえか……」


「なるほどな。爆発したか。これはつまり熱することにより殻の内部の圧が……」

「そういうのは良いからまともな調理を覚えて?」


 そんなこんなで4日目が終わり……今日も1日振り回されて疲れたな、寝ようかなと言うときにミー君が俺の部屋にやってきた。


 ミー君はなにやら興奮しているようで、ノックもせずに部屋に入り込むと、ベッドに腰掛ける俺の所までつかつかとやってきて隣にドスンと座った。


 ……えっと、これは……そ、その……そう言うシチュエーションなんです?


「ち、ちがうから! ば、ばか! ナツくん馬鹿! ちがうよ!」

「心読むなよ……じゃあ何の用なんだ?」


「じゃあって……ううん、まあいいよ。えっとね、ここの所ずっとリソースが増え続けていてね、とうとう新しい加護やギフトに届いたんだよ!」


「ほう! それはめでたい!」

「でしょう!」


 そうか、例のミー君像が良い仕事をしているようだな。


 像を作って置いておけば、それを見てナマズ君事件を思い出した村人達が『ありがとう、ありがとう』と拝むだろう、いわばリソースチャージャーだぜ! ってな思惑で置いて貰ったミー君像だったが……思った以上に効果を発揮しているようだ。


「でね、今回取れるのは凄いよ! ナツくんもびっくりすると思う」

「ほほう……だがねえ、俺はちょっとやそっとじゃあ動じねえぞ?」


 ミー君はあらかじめ用意していたのか、ポケットからくしゃくしゃになった紙を取り出すと俺に手渡した。


 多分この紙に書かれているのはスキルの一覧なんだろうが……もう少しこう、ありがたみがある感じに渡してくれても良いんだぞ……。


『今回の選べるリスト』

 加護:スキル ギフト:気配察知 修復 錬金


「うおおお! まじかよ!」

「ほら、びっくりしたでしょ?」

「くっそ、びっくりしたわ。スキルってマジか?」


 とうとう来た。スキルだ。スキルの概念だ。

 

 さらに驚くべき事に、いつの間にか入手前に加護やギフトの詳細がわかるようになったとかで、簡単ではあるが説明が書かれていた。これはめちゃくちゃ助かる!


『スキル:リソース不足によりロックされていたスキルの概念をアンロックします。これにより、指定した対象のスキルの概念がアンロックされ、行動によりスキルを入手可能となります』


『気配察知:周囲の気配を察することが可能です。入手直後は洗髪中に背後の気配にビクビクする程度の察知力しか有りませんが、使う毎に成長し精度や範囲が上昇します』

 

『修復:壊れた物を直すことが出来ます。これには成長要素はありませんが、いきなり何でも直すことが出来るため当たりギフトです。お姉ちゃんのおすすめよ』


「……色々突っ込みどころがあるが……つうかお姉ちゃんって誰だ」

「……身に覚えがあるけど、そうじゃないことを祈ってるよ……じゃなくて!」


「そうだな、スキルだよ、スキル! これで我々もスキルを入手出来るように……っていうか待ってくれミー君」


「うん? どうしたの? 私はもうスキルをアンロックしたくて仕方が無いんだけど」

「ああ、それは進めてしまっても構わない。入手は確定だ。それよりさ……スキルを実装したら……試しにやってみたいんだけどどうかな?」

「……ん、ナツくんの考えてる事が伝わってきたよ。なるほどね! うんうん、良い案だよ! あの子もきっと喜んでくれるよ!」

「ただ、俺達の事を話さなきゃいけないが……」

「そうだねー。ま、あの子なら大丈夫でしょ。普通の存在じゃないっぽいしね」


 そしてその晩、我々は【スキル】をアンロックし、それでもまだポイントが余っていたため【修復】もありがたく入手した。


 修復は今度買う予定の装備品を長く大事に使うために選択したのだが、これがあればいざって時に廃品回収をして転売とかできちゃうからな。金策は大事ですぜ、旦那。


 何時ものようにステータスポイントも貰えたが、今回はとりあえずDEXを上げて置くことにした。器用さを上げておけば、いよいよの時に何か作って売ることだって出来るだろうからな……。


 ちなみにミー君は当然のごとくLUKを3にしていた。もう何も言うまい。


「これで家事の腕が上昇すればめっけもんだが……取りあえず明日のお楽しみだな」


 スキルのアンロックにより、今後の活動がどう変わっていくのか、軽く胸を躍らせながら微睡んでいくのでありました。


 

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ナツ:【言語翻訳】【鑑定】【修復】

    STRちから+2 DEX器用さ+3 AGI素早さ+1 INT賢さ+1 MND魔力+1 LUC幸運+1


ミューラ:【浄化】【スキル】 LUK+3

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