第28話 で、君の名は?

◇◆????◇◆


「む……ここは……我の家……か……?」

 

 一体何が起きたのだろう。


 我は眠っていた……のか? 待て待て、記憶を辿れ。我はこうなる前……何をしていた?


 悲願であった研究がついに完成し、我が身を持って実験をして……そして我は……限界を迎えて意識を失った……いや、待て。


 そうじゃないだろう。


 実験は失敗した。そう、あの実験は失敗したのだ。


 我が悲願であった『飲まず食わずでも生命維持が可能となる霊薬』あの日完成したそれを我は飲んだ。


 そしてあの日……我の人生は大きく変わることとなった……。


 そうだ、思い出したぞ……。


 ……

 …


 食事という忌々しい無駄な時間。

 

 食べる時間すら惜しいのに、その支度となれば無駄な行為のために貴重な時間を無駄に消耗する無駄で無駄な無駄すぎる行為。


 貴重な時間を浪費せぬよう、ポーション片手に半月ほど過ごしただけで我が身は脆くも弱り切り……様子を見に来たシュリに酷く叱られたものだ……。


 睡眠もまたそうだ。


 人は五日寝なくとも死なぬ、我が身をもってそれは実証されていたというのに、リヒトの奴め『人は二日寝ないと馬鹿になる』と信憑性の無い説教をかましよってからに。


 我から絶縁状を叩きつけられたというのに、毎日窓から口やかましく騒ぎ立てておったな……無論、縁を切っている以上、頑として無視をしてはいたがな……!


 余りにも二人が我にやかましく『食べなさい』『少しはまともに寝ろ』と訴え続けるものだから、ならば我が知識を持って二人を黙らせてやろうと霊薬の研究に着手した。


 それさえ完成すればシュリからも忌々しきリヒトからも文句を言われずに研究に没頭できる。いつからかその霊薬の完成が人生の目標になっていたな。


 一度シュリから聞かれたことがあった。


『貴方は何故そこま切り詰めた生活をするようになってしまったの? 

 美味しいご飯を味わったり、ふかふかのお布団で安らかに眠ったり……

 森で魔物を狩るのだって楽しかったじゃ無い。

 どうして、そこまで時間を惜しむようになってしまったの?』


 酷く悲しげな顔で、今からでも元の生活に戻そうと喧しかったのを覚えている。


 何故……か。


 人間の命は短い。長く生きられたとしてもせいぜい90年が良いところだ。

 何故我はエルフとして生まれて来なかったのだろうか? 

 時にはヒュームとして生を成した我が身を呪ったりもしたものだ。


 30を迎えたあの日、我は絶望を感じた。我が命が長くともたった60年しか残

されていないことに。


 それから1年が経ち、それは体力の低下という形で我に思い知らせてきた。

 以前までは五日寝ずとも平気であったこの体、それがたった三日寝ないだけで動悸と息切れが襲い来るようになったのだ。


 我に残された命はもう僅か、おそらくはあと50年は生きることが出来ぬだろ

う。


 故に我は求めた。残された時間を有効に活用できる手立てを。

 それさえ叶えば常人の倍の時間を使うことが可能となる。


 我の寿命が残り40年だとすれば、80年分は研究が出来る。

 なんと素晴らしきことか!


 そして、とうとう悲願は叶い、霊薬は完成した。


 完成までどれだけかかったのだろうか? 今となってはわからぬが、長き時間を費やして生まれた霊薬、かわいい我が子とも言える霊薬を疑う余地はなかった。


 我はためらいも無く、歓喜のままに口にした。


 これさえ有れば食事の時間も睡眠時間も全て研究に使うことが出来る。 


『さあ、我に寝ずとも食わずとも生きられる体を与えたまえ!』


 高揚した気分の中、誰に言うでもなく高らかに宣言し、飲み干した我に齎されたものは、素晴らしき人生では無く魔力暴走だった。


 あんなにも切望して作り上げたあの薬がまさか我の命を一瞬で削り去る失敗作であったとはな。


 何が悪かったのか、今となってはわからぬが……我の魔力が意思に反して暴走し、それに耐えきれず我が命は散ってしまった。


 実験は失敗。


 しかし……意図せぬ何かが起こり、結果として寝ずとも食わずとも生きられる体が我に与えられることとなった。


 あの日からどれだけ経ったのかはわからぬが、深い眠りから目覚めるように目を開けるとそこは何も見えぬ暗闇に閉ざされた空間だった。


 手を伸ばし、起き上がろうとしたが直ぐに何か壁のような物に頭が触れそれは叶わない。


 右へ左へ上にと手を動かし、足を動かしてみると、どうやら我は酷く狭い場所に要るようだ。


 何かに閉じ込められている? 


 イチかバチかで右手に魔力を集め、壁に手を当て強めに風を当ててみると、それはいとも簡単に吹き飛んでいき……天に煌めく星が視界に映り込んだ。


『星……? 一体……ここは……』


 周囲の壁に手をかけ、這いずり上がってみれば……そこは街外れの墓地であった。

 ……我は埋葬されていた墓地より再びこの世に解き放たれたのである。


以前では考えられぬ程、強大な術の威力に驚いたが、なにより月光に晒され、視界に映り込んだ我が右手を見て言葉を失った。


 ――肉が削ぎ落ち骨が剥き出しとなった右手。

 

 そう。あの日目覚めた我はリッチになっていた。


 生き返ったのか? 断じて否だ。

 体は我の物であり、そうでは無かった。

 

 不死の身体になった? ならば無限の時間を研究で過ごそう。


 これはこれでと、新たな人生設計を考え始めた途端……我とは別に何か邪悪な意思が、人を呪う意思が、どす黒い意思がドロリと我の心を染め上げていったのだ。


 なんでもない嫉妬心は激しい憎悪となり、シュリを我がモノとしたリヒトを

……街ごと消し去ってしまえと邪悪な思考を巡らせる。


 やめろ、我はそこまでリヒトを憎んでは居ない。なによりリヒトが死ねば、この街が滅びればシュリが悲しむでは無いか……!


 得体の知れない黒き思考に飲み込まれぬよう必死に抵抗したが、邪悪な意思はローブにこぼしたワインの如くあっという間に我に浸透していく。


 ささやかに抵抗を続けていた我の意思はねっとりと飲み込まれ、混ざり合い……それでも我の意思を僅かながら残すことは出来たが、最終的には傍観者として眺めることしか出来なくなっていた。


 ……しかし、リッチとしての生活はある意味では幸せな時間だったのかも知れない。


 滅することの無い永遠の身体。今となっては悍ましく思うが、生前は触れることさえしなかった邪術の研究に食も睡眠も関係なく没頭した。


 人の世からは失われている召喚術。それをリッチの我は赤子が言葉を覚えるかの如く、何処からか自然と学び、身に付け、アンデッドの召喚に成功していた。


 しかし、不思議とそれを使って街を襲うような事はしなかった。

 それをするにはまだ早かったというのもあるのだろうが、リッチとは言え我である。


 渇望して止まない新たな知識を貪るように、召喚と送還を繰り返し、召喚術の更なる研鑽に励んでいたのだ。


 こうして我であり我では無い我は地下に潜み邪悪な研究を続け、とうとうアンデッド以外の召喚にも成功した。


ヴェノムスライムの召喚。


 地を巡る魔力があふれ出るスポットであるリヒトの泉。そんな場所に暴食者であるヴェノムスライムを召喚すればどうなるか? 


 時間をかけ、たらふく魔力をすったそれは種としての限界を超え、魔王級にまで至るはず。


 眠りから目覚めたヴェノムスライムは食の欲求に従い、街を蹂躙し、そして魔王級に至り、方々を蹂躙しながら更なる強大な力を得ていくのだ。

 

 街に滅びが訪れるまであと僅か、そんなある日の事だ。突如として不可解なまでにまばゆい光がどこからともなく現れ、我を包み込んだ。


 リッチになってから痛みという感覚は消え去ったとばかり思っていたが、その光が与える痛みを我が身をもって感じた。


 我の知識から導き出された答えは『不死である筈のリッチを消し去る力』セイショクシャが使うとされるジョウカの魔術……。


 あの日、リッチである我が最後に思ったのは『これを研究出来ぬ等これほど悔しい事があるだろうか』であった。


 ……はじめてリッチの我と意見が合った瞬間であったが……。


……


 さて、リッチである我は滅び去ったはずだ。

 それでは今の我は何者なのだろうか?


 リッチであった頃と比べ、思考は澄み渡り、身体も我が思うとおりに動かせる。ああ、取り戻せたと言うべきか。


 ならば、今度こそ本当に蘇生したのだろうか?

 

 恐る恐る手を動かし視界に入れてみれば、それはリッチの禍々しいそれではなく、幼き少女の可愛らしい手のひらだ。


 もしやと姿見に我が身を映してみれば……なんと言うことだ、我は蘇生し若返ってしまったのだろうか?


 しかし、何故だ? 一体何が作用してこうなった? 


 余りにも不可解な出来事に首をかしげていると、部屋の中だというのに光が降り注ぐ。まさか、またあのジョウカの魔術が使用されたのだろうか?


 興奮しながら術者の姿を探そうと駆け出そうとした瞬間、光の中から見知らぬ人間が姿を現した。


「やっほー。貴方がちょっと便利……いえ、興味深いのでお話をしに来ちゃった?」

「な……? お前は何者だ? ま、まさかそれは失われし転移術……なのか?」


 突如姿を現したとなれば、旧文明の滅びと共に失われたとされる転移術しか考えられない。それを使えるこの者は一体何者なのだ?


「んー? まあ、それに近い物だけど……ねえ、貴方。世界の秘密を知りたくい?」

「世界の……秘密だと……? 知りたい! 教えてくれ!」

「……少しくらい訝しんだり悩んだりしても良かったのよー?」


 胡散臭い雰囲気の女が言う事だ。普段の我であれば鼻で笑って追い返したことだろう。しかし、この者は転移術でここに現れたのだ。


 そんな存在が何を話すのか、言葉の先を聞いてみたくなるのは自然なことよ。


「まあいいわ。私の名前はブーケニュール。この世界を管理する女神、ミューラニュールの姉であり、傍観者でーっす」


「世界を管理する……メガミ? この世界の管理者……む、つまり我々は上位的存在に管理されていると言うのか?」


「さっすが研究職ね。話が早いわ。昔の子達ならともかく、今の子達は全て忘れているらしいのに」


 そしてブーケニュールと名乗ったメガミは語った。世界はカミと言う存在が生み出した物であり、そこに生きる物は全てカミの子であると。


 カミは子のため、世界のために時にカゴと呼ばれる力を行使することがあるのだが、それを使用するのに必要なシンコウシンと呼ばれる物がこの世界には不足していると。


 メガミの妹なる存在、この世界の管理者はそれを集めるために仲間と共にこの地に降りたと言う。


 そして、さらに驚くべき事が判明した。


「それでね、妹はミーちゃんっていうんだけど、ナツ君って言う異世界から召喚した人間と一緒にね、この家を浄化しちゃったのよー。

 リッチだった貴方はそれに巻き込まれてね、光の大精霊に変化しちゃったみたい」


「異世界召喚……ジョウカ……大精霊……ははは、我とあろうものが、思考が追いつかぬよ」


「いいのよ。ゆっくり慣れていけばいいから。今日私がここに来たのはね、妹たちをお願いしたいなって思ったからなの」


「妹……管理者殿をか……?」


「そう畏まらなくても良いわ。ミーちゃんね、ナツくんと二人でこの家の所有者になってるのよ」


「む……ああ、我の死後、所有権は何故か冒険者ギルドにもってかれたようだったからの……腹は立つが、管理者殿と異世界人が所有者というのなら……悪くは無い」


「それでねー、元持ち主の貴方にでてけーって私は言えないし、あの子達も言えないと思うの。だからね、貴方にはひとつ役目を与えたいと思うのよ……」


 そしてメガミであるブーケニュール殿は言うだけ言ってあっさりと光の中に消えて言ってしまった。


 あれから一週間か。ブーケニュール殿の話ではそろそろ管理者殿達が帰ってくる頃だろう。


 はてさて……生前不摂生だった我に果たして出来るのだろうか?


 いや、やれるだろう。なあに、考え方を変えれば良いのだからな……。 


 む……玄関が騒がしい。 男女の声、もしや例の管理者殿達か?


 さて、ブーケニュール殿に言われたように、二人の事情について何も知らぬ者として接しようでは無いか。我の新たな研究対象……メガミと異世界人……二人を養う為であれば我はやれるぞ。


 ◇◆ナツ◇◆


 目の前に居る銀髪麗しい美少女……なぜ、我が家にこんな美少女が居るのだろうか?


 思わず見惚れていると、ミー君がなにか険しい顔をしてこちらを見ている。

 まて、ミー君よ……違うんだ、断じてNOだぞ。やめろ、おまわりさんを呼ぶ番号を素振りするんじゃ無い! 

 

 俺は女の子は好きだが、10にも満たぬような娘さんは流石にストライクゾーンから外れている……つうかアウトだ馬鹿者!


「えっと、ここは私とナツくんのおうちなんだけど、君はどうしてここにいるのかな? お名前は? 迷子かな?」


 おっと、ミー君物怖じしない。こういう時に頭が軽いミー君……もとい、フットワークが軽いミー君は便利ですね。


「誰かと問われれば……我はこの家の家主……いや、元家主のエミル・ノイツ。元リッチにして光の大精霊として蘇りし錬金術師よ!」

 

「リ、リッチィ?」

「あわわわわわ……な、ナツくん光の大精霊だってえ!」


 元リッチで光の大精霊で元家主の美少女錬金術師……おいおい、設定盛り過ぎかよお。

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