第26話 別れの朝
祭りの翌朝。
たっぷり寝てすっかりアルコールが抜けたミー君は凄く良い表情をしてましたよ。
結構飲んでたと思うんだが、記憶はしっかり消えずに残っていてくれたようでね。
自分が熱く語って語って語りすぎた件について、そらもう、顔を赤くしたり青くしたり布団に入ったり出たりと大忙し。
「これに懲りたらもうあんまり話をもるんじゃないぞ」
「うう……ナツくんも止めてくれたら良かったのに……」
「あの空気に水を差す勇気は……俺には無かったよ……」
「うわああん!」
しかしミー君は切り替えが早い生き物だ。
ナナちゃんが『おはよー』とやってくると、ガバリと布団から飛び出して
「おっはよー! ななちゃーん!」
と、元気な声でにこやかに挨拶を返す。
そのままナナちゃんに連れられリビングに行くと、今日はマツおじも居て機嫌が良さそうに声をかけてきた。
「おう、おはよう。ゆっくり寝られたか? ほら、お前らも座って食え!食え!」
朝食はシンプルにスープとパン、それに何かハムのような物を焼いたものだったが、シンプルながらもとても美味しいご飯でありました。
美味いといえば、ナマズ君めちゃくちゃ美味かったな。
獲った時は蒲焼きだー! って盛り上がったけど、流石に村人達がたくさん居る前でちょっとしか無いお醤油を出すわけには行かないじゃん。
だから涙をのんで、こちらの世界風の調理に任せたんだけどさ、シンプルに塩焼きにした物が凄まじく美味くって美味くって!
なんか良くわからん辛い煮物もさー、最高でさ! よく冷えたビールとめっちゃ合うもんだから、俺も普段より飲んじゃったわ。
どこぞのチート主人公共のようにさ、時間経過しないストレージがありゃあ、ナマズ君の身をいくつかキープしたりしたのだろうけども、そんな贅沢品は我々にはありませんからね。
昨日のうちに全部我々と村人達でお腹に納めて閉店ガラガラよ。
同種とまた会えるかわからんし、今回みたいに楽に倒せるとは思わんけど……次会ったらまた美味しくいただきたいな……。
「……でよ、ナツ。おい、聞いてるのか?」
「ん? ああ、はいはい。報酬の話だっけ」
ナナちゃんがミー君を連れて何処かに遊びに行ってしまったのでリビングに残されたのは俺とマツおじの二人だけ。
まーたナナちゃん無双をされるのかと、身構えていたら別の面倒くさいお話が始まってしまったわけで。
そりゃ俺たちにはお金が必要さ。でもね、流石に今回の件でなにか報酬を貰うってのは流石に気が引ける。
住民みんながのんびりと暮らしているような長閑な村だぜ? そんな素朴な村から報酬をいただくわけにはいかねーっての。
「だからさー、別に良いんだって。俺達は事情を知らずたまたま主をやっつけたわけでさあ。解体手伝ってもらって、美味しく料理してもらっただろ? それで良いんだって」
「そうはいかねえ。ナツ達は村の英雄……そして俺やナナの命の恩人だ。黙って帰すわけにはいかねえなあ……へっへっへ……」
「それ何かまずいもん見られた悪人の台詞だろうがよ!」
こんな具合で「お礼させろ」「断る」「させろ!」「やめてよへんたい!」「何言ってやがる!」と、延々と話が巡ってどうにこうにも面倒なのだ。
こんな具合でもうかれこれ30分ほどマツおじと舌戦をしているわけで、流石にもう疲れてきたわ。
「確かによ……この村は裕福じゃねえし、家畜を多めに買い集めちまったから金もねえ……あ、そうだ家畜いるか?」
「いらねーし! 家畜飼う余裕はねえから!」
「だったら何なら受け取ってくれんだよ!」
「何ならってなあ……」
……ここで俺、ぽわっと思い出しちゃいました。
俺が今ここに居る理由。
マツおじと二人きりになっている理由じゃあなくて、根本的な話。
どうして俺がこの世界に召喚される羽目になったのか、だ。
そりゃああれだよな。ミー君の布教活動だ。
神様の概念が無いこの世界で神の布教をしようってんだから大変だ。
でも、宗教の概念がないってのは裏を返せばやりやすいってこった。
神という存在が無いだけで、何かを崇拝する概念自体が無いわけじゃあない。
権力者だったり、強者だったり。尊敬に値するものは人々から崇拝され、時には感謝の言葉を受けるわけだ。
そうだな……うん、これはいい案だぞ。ククク……ミー君がいない今のうちに……。
「だったらさ、マツおじ。こういうのはどうだ?」
「む……なるほど……そういや、ミューラさんが夕べやたらと熱く語ってたな」
「どうでもいいけど、なんでミー君だけさんづけなの?」
「……人妻だからだよ!」
「えぇ……どういう基準だよ……」
「しかし、ナツ。ほんと良いことを思いついたもんだぜ。そんな物が広場にありゃあ、みんな感謝の気持ちを忘れねえだろうさ」
「あ、俺のは良いからな。ミー君のだけでいいからな? 頼むぜ?」
「わーってるって。野郎の姿拝むより、美人を拝んだ方が気分良いからな! がはは」
「あんた昼間っから何いってやがるんだい! ちょっとこっち来な!」
「ゲ、ゲエ! ミーム!」
「あ、俺ちょっとチーおじと明日の打ち合わせしてくるんで! 後は夫婦同士水入らずでごゆっくり!」
「あ! こらてめえ! ナツ! ナーツ! ナアアアアアアア!」
夫婦げんかは猫も食わねえってね。
ズリズリと奥の部屋に連れて行かれるマツおじに手を合わせ、俺はそっとマツおじハウスを後にするのでありました。
ふふふ……しかし、今度この村に来る日が楽しみだな。ミー君がどんなに驚くか……ククク……。
◇◆◇
そして翌朝。
朝食を食べ終わった我々はマツおじの家の前でチーおじと合流し、今まさに別れの朝イベントをしている所である。
「うう……にゃにゃちゃん……ぎっと、ぎっとまたぐるからねえ……」
「うん! 絶対来てね! ミー姉しゃんはナナのお姉しゃんなんだから!」
「うわああん! にゃにゃちゃああん!」
別れの朝過ぎる……。
俺はそこまでナナちゃんとふれあわなかったからな……つうか、だいたいマツおじに捕まってたから……ようやく解放される感のが強いのだが……まあ、それは言わないでおこうじゃないか。
「じゃあ、マツおじ、ミームさん。お世話になりました! ナナちゃんも元気でね!」
「あい! ナツお兄しゃんもまたきてね!」
「ああ! ミー君連れてまた来るさ! マツおじ、例の件、頼むぜ!」
「任せとけ! 村一番の職人に言ったら張り切ってよお、もう昨日からかかりきりさ」
そいつぁ僥倖。
「うーし、お二人さん。そろそろ行くぞ。じゃあな、マッツ! またそのうち来るわ」
「おう、チーおじも気ぃつけて帰れよ!」
「おめえまでチーおじっていうなよ!」
「うわあああんん! にゃにゃちゃーん! にゃにゃちゃーん! またねええええ! うわあああん!」
ミー君の涙と共に我々の湖出張は終わりを告げ、懐かしきメルフへと馬車は向かうのでありました。
そして、二日後。
あと少しでメルフの街だという頃にミー君がハっとした表情を浮かべた。
ワタワタと、なにか動揺した様子を見せていたが、やがて震える声で俺にこう言ったのだ。
「な、ななな、ナツくん……なんだかね……びっくりするくらいの……リソースが……突然、次から次へと私の所に……」
来たか……!
マツおじ! 名も知らぬ職人さん! やり遂げてくれたか!
「ふふふ。ミー君、それはきっと……あの村の人達からのありがとうの気持ちが届いているのさ……」
「ほええ……?」
◇◆マツおじ◇◆
「これはまた……よく出来てやがるなあ」
「ふわあ、お姉しゃんだ!」
ナツの奴から言われたときは面白半分だったが……いざこうして形になればたいしたもんだ。
なんつうんだ? 良くわからんが、見ていると心が安らぐような……つっても、綺麗な姉ちゃんを見て嬉しいとかそう言う感覚じゃねえ。
なんだ、こう……かーちゃんを見ているような、かーちゃんから護って貰っているような……なんだかガキの頃を思い出すようなあったけえ気持ちになりやがる。
「しかし、あの兄ちゃん、なんたって嫁さんの像なんか作らせたんだ?」
「ああ、なんでもナツの奴、どうせ子孫に言い伝えるんなら目で見てわかるモンが合った方が良いだろうってさ」
「それで嫁さんかよ! どんだけ嫁さんが好きなんだ、あいつは」
「まあ、ミューラさんも森の主を斃したのには変わりがねえからな。この像もあながち間違いではねえんだが……でも一人だけじゃやっぱ足りねえんだよ……ナツよお……」
「はあはあ……マッツ、先に行くなよな……つうか、俺にそっち持たせてくれよっつうんだ。何が悲しくて男の像を担がなきゃねえんだ……」
「まあまあ、いいじゃねえか。よしよし、やっぱ二人揃ってこそだな!」
丸太を担ぐ男女の像……何も知らねえ奴が見たらどんな顔するんだろうな?
だがよ、俺達からすればこれは英雄の像だ。
未来永劫、この村を護る、丸太の英雄のな!
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