第24話 ナマズ君さあ……

 いやあ、なんだろうな。日々の生活で若干力がついてんのかな? 異世界フィット! なんつって。


 というのもですね、大ナマズ君をですね、川に流しながらとは言え、結構簡単に湖まで運べちゃったんですよ。


 滝壺付近を漂うナマズ君にロープをかけるのに結構苦労しましたし、水がすっげえ冷たくって辛かったけれど、大変だったのはそこまで。


 後はミー君と二人、ロープを握ってナマズ君と湖までお散歩ですわ。


 時折フラフラと何処かへ流れていきそうになるのをロープを引いて回避させたりしたんだけど、意外とバテなくて二人でびっくりしちゃったね。


 丘から湖までの全力ダッシュでもへばらなかったし、斜面だってスイスイだったし。

 毎日こつこつと採取に通った甲斐がありましたな。


「うんしょー! よいしょー! もう直ぐ拠点だほいしょー!」

「張り切ってるねえミー君」

「えへへ……だってナツくんが美味しく調理してくれるんでしょ? 楽しみで楽しみで……」


 逞しい女神様だ。


 しかし冷静になって考えてみると、こいつを捌くのは結構骨が折れる……っていうか、手持ちのナイフでいけるか? いや、かなり無理があるぞ。っていうか無理だ!


 はてさてどうするか。流石に食わずに捨てるという選択肢は無い。偶然とはいえ我々が丸太漁で命を頂いてしまった獲物だ。美味しく頂いてあげなければ罰が当たる!


 なんたって神様が俺の隣でニコニコとナマズ料理を楽しみにしているからな。食わずに放置してしまえば罰が当たらないわけが無い。


 それにこのナマズ君さあ……鑑定してみたらさあ……。


『こいつの名前はグレーターウォーターオーク。『ター』がくどい大層な名前がついてるが、食っちまえば関係ねーぜ。こいつは無毒でかなり美味い! こいつを仕留めたラッキーボーイ! あんたは今宵舌を蕩かす幸福な夜を過ごすことになるぜ……』


 鑑定さんが妙な感じになってるのはまあ置いといてくれ。


 それより結果だよ、結果! どうだい? これを見て食わないという選択肢は無いだろう? 多少無理をしてでもどうにか上手くさばいて食べないと一生後悔しちゃうぞ。


 とは言え、我々だけではとてもじゃないが無理だ……となれば……と、唸ってるところで発動ですよ。謎のご都合主義効果が発動してくれましたよ。


 向こうから誰かがやってくるじゃあないか。つうか、マツおじじゃん。


 何やら暗い顔をしているが……とりあえず声をかけてみよう。


 ナマズ君には悪いが少しプカプカして待ってて貰って、マツおじの元へ駆け寄った。 


「おおい! マツおじー!」

「む……あ、ああ……あんたらか……また後でな……」


 挨拶もそこそこに立ち去ろうとするマツおじ。

 待ってくれ。俺達にはマツおじの力が必要なんだ。


「待ってくれよ。一体どうしたんだ? なんだか元気が無いじゃないか」

「いや……村の事だからな……あんたらには……」

「もし良かったらお話を聞かせて貰えませんか? 私たちで良ければ力になれるかも」

「ああ、一宿一飯の恩って言葉もある。取り敢えず話だけでも聞かせてくれよ」

「む、そうかあんたら冒険者だったな……カッパーにどうにか出来るとは思えんが……そうだな……」

 

 マツおじによると……ガムリ村は昔から魔物にたかられているのだという。


 昔々のある日の事、森に出ていた村人達が魔物に襲われた。

 しかし、村人達を殺すことはせず、軽くいたぶった後に『食われたくなければ、これから月に一度大型の家畜を贄として捧げろ』と、要求をしたそうだ。


 勿論、命が惜しい村人達はそれに従う事になったのだが、それ以外にも言う事を聞かざる得ない理由があった。


『自分たちさえ犠牲になれば等と考えるなよ。贄を寄越さぬと言うのならば、貴様らを喰らった後に森の魔物を村にけしかけるからな』


 ……と、無理に約束をさせられのである。

 その日以降、ずっと月1でみかじめ料を払っているのだと言う。

 チンピラみたいな魔物だな……。


「それがな……先月まではメリルひつじカウルうしで満足して貰えてたんだが……今月に入ってから急に人を贄として捧げろと言い出しやがったんだ」


 それでマツおじ達は朝から緊急会議を開き、どうにか家畜10頭で許して貰えないかこ魔物と交渉することに決めたらしい。


 ……喋って交渉が出来る魔物。

 そこまで知能が高い魔物と今エンカウントしたらとんでもない目に遭うぞ。

 ミー君なんてコロッと騙されて結界解いちゃってさ、その瞬間二人まとめてぺろりといかれそう……。


 あの森そんな物騒な所だったのかよ……。


「そんなわけでな……俺は今から魔物と交渉しなきゃねえんだ」


マツおじは一人魔物の元に向かおうとしている。

 一人だけ行かせて良いのだろうか? いや、ダメだよな。それはなんだか違うと思うんだ。


 例えクソ雑魚な俺達であっても、一緒にいるだけでマツおじの気持ちに余裕が出るのではなかろうか。

 それに、ミー君の結界が有れば最悪のケース……マツおじが食べられてしまう様なことは避けられるのでは……。


 『俺達も一緒に行くよ』


 そう、提案をしようとしたが、それを察したのかマツおじは厳しい表情で首をゆっくりと横にふる。


「だめだ。これは俺達の問題だ。お前らみたいな若い連中が関わっちゃいけねえよ。俺たちが自分で尻拭いをしなきゃねえのさ」


「マツおじ……」


 このおじ、妙にカッコイイセリフを言いやがって……! 

 マツおじの瞳には決意の炎が揺らめいていて……、とてもじゃないが俺たちが食い下がってまでついていける空気ではなかった。


 では、せめてその勇姿を見送ろうじゃないか、精一杯応援をして送り出してやろう……そう思った時……。

 

「な、なあ……あそこに腹を見せて浮いてるの……ありゃどうした?」


マツおじが拠点付近にプカリプカリと浮かぶナマズくんを指差し、声を震わせながら言った。


「あれってナマズくんですか? どうしたって、そりゃなあ?」

「私とナツくんがとったんですよ。ねー?」

「は、はあ? と、獲った?」

「なんつうかその……丸太でその……ははは」

「それでね、二人じゃ解体出来ないから村の人呼ぼうかって話してたんだよね」


 マツおじは口をぱくぱくとさせ、酷く驚いた顔をしていたが、首をブルブルと振ってさらに俺たちに尋ねた。


「一応聞くが……、アレは何処で獲ったんだ?」

「何処って……森の中にある滝壺だけど……あれ、もしかして獲っちゃダメな奴だった?」

「え、そうなの? マツおじ! 丸太でやったのはナツくんですよ!」

「おいこら! ミー君!」

 

「な……なんてこった……マジかよ……はは、マジかよ! おい、兄ちゃん!

 ここで待っててくれ! 村の連中、呼んでくるからよ!」


 やべえ、もしかして誰かのペットだった? なんて、叱られるのを覚悟したけどどうやら違うようで。

 なんだかわからんが、交渉に向かうと言っていたマツおじは村に向かって猛ダッシュで戻っていってしまった。

 

「あれれ? 行っちゃったね? マツおじもナマズさんみてお腹が空いたのかな?」

「……それは多分違う……」

 

 

  ――時は少々遡り数日前――

 

 ◇◆グレーターウォーターオーク◇◆


 陸のモノを食べると水の魔物として更なる力がつく。

 俺の本能がそう語っているから間違いない。


 現に鳥を食べ、ネズミを食べ、時にはゴブリンやコボルトも食べ……。

 何時の日だったか、間抜け面で現れた人間共を脅して家畜を喰らえるようになってからはさらなる強さを手に入れ、とうとうここまでこれた。


 湖の深場に居るクソでけえ水蛇のババアによれば、人を喰らえばもっと強く、賢くなれるという。


 人か。そろそろ喰らっても良いかもしれねえな。

 そうだ、せっかく喰うなら柔らかな若い雌の肉が良い。


 そう言えば、手下のゴブリンが美味そうな若い雌が居ると言っていたな。

 頭に赤い花を生やした珍しい美味そうな人の雌が居ると。


 花はどうでもいいが、ゴブリンの奴が余りにも美味そうに話していたのを思い出したらよだれが溢れてきたぞ。


 おっと、何時もの人間が来たようだな。今回はメリルか……だが、足りぬ。


「おい、オマエ。これは貰っておくが、今回はこれとは別に人の雌を寄越せ。

 頭に赤い花を咲かせた若い雌が居るだろう。そいつをもってこい。

 日が7回暮れるまでは待ってやる。持ってこなければわかっているな?」


 あの人間、俺が顔を出したら腰を抜かしていたぞ、おもしれえ。

 

 おびえた顔をして何度も頷いていたからきっと近いうちに持ってくる事だろう。

 ああ、楽しみだ、楽しみだ。


◇◆マッツ◇◆


「なんだって……? もう一回言ってみろ!」


怒りに任せて叩いた机は嫌な音を立てて壊れてしまった……が、今はそんな事はどうでも良い。

 

「すまねえ……だが、あの魔物は……滝壺から顔を出してハッキリと言ったんだ。赤い花を頭に付けた若い雌をってな……なあ、この村でそれに当てはまるのって……」

「くっ……! だったらどうしろってんだよ!」

「マッツ! 落ち着け! マッツ!」


 落ち着けだ? これが落ち着いて居られるか。

 一体何故だ……? 何故あんな所に居る魔物がナナに目を付けられる? 

 何処で知った? 一体何故ナナなんだ!?


「マッツ……俺達だってナナちゃんを贄になんてさせたくねえ。だからよ、メルフからメリルを6頭ほど買ってきてよ、村のと併せて10頭出して許して貰えねえか話してみるかって相談してんだよ」


「ああ、そうなのか……すまん……しかし……いや、わかった。その交渉には俺に行かせてくれ」

「マッツ、まさかおめえ……」

「……俺はナナの父親だ。家畜じゃダメだ、娘を出せと言われて黙って頷くわけには行かねえよ……そん時は俺が……!」

「だが……お前さんの力じゃあの魔物に……いや、俺達が何を言っても聞かねえって顔をしてやがるな……わかった。だが、家畜が揃うまでは動くなよ。なるべくなら犠牲は出したくねえからよ」


「悪い。家畜が揃うまでは待つさ。だがな、それで駄目なら俺も譲れねえ。いざとなったら差し違えても……だ」

「マッツ……」



――そして本日、ざっくり30分前――


◆◇グレーターウォーターオーク◆◇

 

 そろそろ約束の日だ。散々脅したんだ、人間は必ず花の雌を持ってくるはずだ。


 ああ、折角美味いものを食べるのだ。たっぷりと腹を減らしておこう。

 今日はまだ滝登りをしていないからな、丁度良い。


 この滝を一気に上まで登り、邪魔な木々を尾びれでなぎ倒すのがまたおもしろいんだ。

 今日は何本倒せるだろうか。美味い飯の前だ、張り切って登ってやろう。


 そうだな、今日は何時もより勢いを付けて登ってみよう。


 深く深く潜り、自ら跳ね出すように飛び出してやろう。そのまま滝の水を滑るように上ればきっと凄まじい威力になるはずだ。


 ……ようし、これだけ潜れば良いだろう。


 ふはははは! ゆくぞ!


 水を尾で斬り、鰭で押しのけ光へ向かって加速する。今の俺には水龍すら追いつけ無いことだろう。


 ようし、水面だ! うおおおおおおおおお!!!!


 ………む? なんだ? 上から何かが!? ま、丸太ァ?


 咄嗟によけようと体をひねるが、勢いづいた体は止まらない。そして何故丸太がこんな、雨のように降ってくるのだ!?


 ぐあっ!?


 丸太が……直撃……ぐ……ぐおっ!? また……丸太が……ぬわっ!? ぎえっ!?


 く……一体……何が……おき…… グハ…… ……。

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