第22話 釣りキャン

 湖畔にテントを張り、カマドを作る。今日から数日間使う拠点の完成である。


 今俺が居るのは異世界だ。

 現代日本では考えられないが、ここでは好きな場所で適当にキャンプをしたって誰にも怒られない!


 焚き火だってそこらでやり放題だ! 消防に通報されてめっちゃ怒られるなんてこともないぜ! ヒャッハー! 憧れだったワイルドキャンプの始まりだぜー!


 というわけで、ミー君はそこらに薪集めに、俺は魚釣りに!


 ウオオ! 魚釣りウオオ! 

 釣り好きなら一度はやってみたい異世界フィッシング! 


 21世紀の世界からやってきた釣具だぞ? ぴゅあぴゅあなお魚さん達に通用しないはずがない。


 戦闘面では残念な俺だが、釣りでは無双してやるんだ!


 贅沢を言えば、サブの折りたたみロッドではなく、メインの長いルアーロッドも持ってこれていたら良かったが、こいつは折りたたみとは言えそれなりに使える少しお高いやつだ、十分に戦力になってくれることだろう。


 早速ロッドにベイトリールを取り付け、ちゃちゃっとラインにルアーを装着する。


 動植物の具合からして、お魚さんの姿もそう変わらないと思うんだ。

 となれば、目の前に広がる湖には俺が知るような魚たちに近いものが居るのではないかと思う。


 であれば、普段どおりにやればお魚さんたちも答えてくれるはず!


 装着したルアーはクランクベイトと呼ばれるもので、引くとプリプリとお尻を振りながら潜る可愛い奴。


 クランクも深く潜るものや浅く潜るもの等、様々な種類があるのだが、現在つけているのは止めれば浮かぶフローティングクランクだ。


 本当は深く潜れるディープクランクを投げたかったのだが……、そいつは結構な負荷がかかるため、この折りたたみロッドくんでは少々荷が重いのだ。


 つーわけで異世界フィッシング第一投! 

 えいやっと振りかぶって投げたルアーは妙に良く飛び、ラインの様子からどうやら40mは飛んでしまったみたいだ。


「おいおいマジかよ。なんでそんなに飛んだんだ?」


 軽めのルアーだし、ロッドも短いからせいぜい20mも飛べば良い方なんだけどな……? 風に乗ったか? まあいいや。取り敢えず楽しもうじゃないか。


 カリカリとリールを巻き、プリプリとルアーを潜らせる。時折巻くのを止めて浮上させ、弱りかけのお魚さんを演出だぜ。


「おっと。水の中になにかあるな。コツンとあたったぞ」


 岩か木かわからないが、水中に何かあるようで、先程からこつんこつんとした手応えが伝わってくる。


 こういう場所には魚が住み着いている可能性が高い。うまくすればここでいきなり……


「おおっと! 言ってるそばからガツンと来たぞ!」


 ひったくられるような乱暴なあたり。ロッドをあおってしっかりとあわせると、凄まじい勢いでラインが引き出されていく。


「おーおー! 暴れよるわい! あまり頑丈なロッドじゃないからな。ここは慎重にファイトを楽しもう」


 右に左に暴れる獲物をロッドを動かし丁寧になだめていく。動け動け! 動きまくって疲れるが良い!


 我ながら酷い事を言っているような気がするが、世の中弱肉強食だ。俺はゴブには負けるがお魚さんには勝てる! 諦めて我々の血肉となってくれ!


 うおお! あっぶねえ! なんっつう動きをする魚なんだ。めっちゃロッド曲がった! めっちゃ曲がった! 折れたかと思った! よく折れなかったな!?


 そして楽しむこと10分くらい。順調に寄せられたお魚さんは無事に俺の手元までやってきた。


「うおー! いきなりでけえ! っていうか一投目から釣れるなんて!」


 砂地に引きずりあげられたのは目測50cm前後の大きな魚。


 強いて言えばマス……なのかな? 銀色の身体が何やら青白く発光している……。

 なにやらフォールでアウトな洋ゲーに居そうな状態異常を想像させる食べるのも触るのも勘弁願いたいようなヤバ気な雰囲気がしているが……。


「……い、異世界だからな……えっと鑑定っと……」


『名前はミスリルトラウト。ミスリルを含有しているわけではないが、その見た目からそう呼ばれる。魔力を多く含み、食べると魔力的に元気になる。無毒』


 なるほど……この怪しげな光は溢れ出した魔力ということか? ううむ、わからんが無毒っていうなら食えるんだろう。


 予め作っておいた生簀に入れてやると、酷く狭そうにしている。わりいな、俺もそこまでデカい奴が釣れると思わなかったんだよ……。


 いきなりデカいのを釣ってしまったが、まだだ。こいつは今夜のオカズにするとして、お昼に食べるこぶりなやつを何匹か調達したい。

 

「少し小さめのルアーに変えれば……サイズ落とせるかな?」


 現在の時刻は10時を少し過ぎた所。お昼まではまだ余裕があるし、行けるだろう。


 どれ、ミー君が戻ってくるまで頑張るとしますか。


 ◇◆◇

  

 「凄いねナツくん! もうこんなに釣ったんだ! どうしよう! 食べきれるかなあ!」


 嬉しそうにはしゃぐミー君。そうだろうな、そうだろうとも。


 あの後拡張した生簀には、デカいミスリルトラウトが3尾、やや小ぶりのアーマードコッドが6尾も泳いでいる。


 いやあ、つい楽しくなっちゃってさ……頑張っちゃた!


「大丈夫食べきれるさ、ミー君。何も今これを全部食べるわけじゃあないから

な。これから食べるのはこの小ぶりなアーマードコッドだ。デカイのは今夜の

お楽しみと以降じゃないか」


「わあい!」


 無邪気なミー君だなあ。


 しかし、このアーマードコッドという魚は面白い。サイズは20cm前後で、名前からすればきっと淡水性のタラなんだろうけど、フグのように丸々としているその体は鎧のように頑丈な鱗で覆われていて、ナイフの刃が立たないくらい。


 しかし、これならきっと面白い食べ方が出来るはずさ。


 頑丈な鱗は何も全身をくまなく覆っているというわけではない。お腹は無防備で、そこなら余裕で刃が通るのだ。


 エラからナイフを入れ〆た後はお腹からナイフを入れて丁寧に肝を取り出していく。

 普段であれば淡水魚の内臓はあまり食わないのだけれども、鑑定さんが『肝が美味』とおっしゃっていたので、味噌や先程採取した『キイロイナ』とか言う黄色のセリのような植物とともに合わせてナイフで叩く。


 いい具合になった所でお腹に戻し……背中を下にして火にかける!


「大丈夫? ナツくん。焦げちゃったりしない?」

「ああ、多分大丈夫。この手の魚は頑丈な鱗のおかげでそのまま鍋みたいに使えるんだよ」

「へえ! 便利なお魚さんも居たもんだね」


 便利呼ばわりは気の毒だけど、まあ実際便利だからな。ハコフグをこういう調理方法で食べると読んだことがあってやってみたかったんだよ。


 このアーマードコッドは背中が平らになっていて、火にかけてくれと言わんばかりだしさ、貴重な味噌の使い所じゃねーのって。


 そしてしばらくして。


 そこにはふつふつと良い音を鳴らしながらかぐわしい香りを漂わせるアーマードコッドの姿が!


「ふわあ……なつくうん……私もう……がまんできない……はやくちょうだい……はぁはぁ」

「ステイステイ。そのセリフは誤解を招く」

「?」


 わからないなら良いんだ。


 ミー君をなだめつつ、焚き火で上からも炙って焼き色をつけ……うむ、このくらいでよかろう!

 丁寧にアーマードコッドを火から下ろし、いよいよ実食となりました。


「では、いただきますだ」

「いっただきまーす!」


 味噌やセリと一体化した肝は、濃厚な脂の甘みとトロリとした触感が非常にヤバい! うっわ、めっちゃ美味い!


 箸で内側をこそいでみれば、その白身は崩れることなくぽろりと剥がれおちる。

 その身は決して脆くはなく、口に入れて噛みしめれば弾力がある歯ざわり。


 しかし、噛み切れないと言うほどではなく、噛みしめるとその身に溜め込まれた旨味がじゅんわりと染み出してきて……それが肝味噌と相まってなかなかに暴力的だ……。


「おいひい……おいひいよ、なつくん……」

「ああ、すっげえうまいなこれ」


 20cm程のサイズなので、これだけでは腹が満たされない。なので、主食として例の硬いパンに味噌肝を乗せて食べているが、これもまた美味い。


 贅沢を言えば白米と一緒に食いたかったが……まあ仕方なしだ。

 いつか何処かで白米を見っけたらぜってえリベンジしてやるけどな!


 そして食後のお茶と共に昼食の時間は程なくして終わり、小一時間の休憩後に薬草採取に取り掛かった。


 今回のターゲットであるキイロゼリは、先程食べたキイロイナと良く似た物である。

 予めギルドでそう聞いていたし、なによりキイロイナを採取する際に混生してるのを見かけたからな。


 キイロゼリとキイロイナは……一応花の色で見分けることが可能とされている。

 淡い桃色の花を咲かせるキイロゼリに対して、キイロイナはそれと良く似てはいるが、キイロゼリよりもやや濃い目の桃色の花を咲かせる……と図鑑には書いてあった。


 読んだ瞬間『ふざけんなよ』と思ったが、なるほど、これは冒険者が嫌がるわけだと納得した俺である。


 先程はわざわざキイロイナを選んで採取したのだが、今回は逆だ。


「ミー君。正直これは鑑定なくして見分けがつかないからね。ノリと雰囲気でどんどん採取してくれ」

「いいの? 結構な確率でキイロイナ? を採っちゃうと思うけど」

「ああ、かまわん。キイロイナは毒草じゃねえし、さっきも食ったが爽やかな香りで美味かったからな」

「あっ、お魚さんと一緒になってたのキイロイナだったんだー! それなら間違えても美味しいね!」


 それを聞いてやたらと張り切るミー君。気のせいかな? 目的を見誤っている気がするが……まあ、いいさ。今回はどちらをとっても困らないからな。


 日にちもあるし、依頼の分は俺一人でもなんとかなるだろうしさ。


 キイロゼリは水辺にみっしりと群生しているため、キイロイナと見分けがつかないのを除けば非常に採取しやすい。


 ……まあ、みっちりしてるから鑑定しにくくて仕方がないがね。もう少しこう、鑑定の使い勝手が良くなってくれたらありがたいんだがな。


 ◇◆◆


 そして採取を始めてから3時間。流石に俺の目頭が限界を迎えたため、本日の仕事はおしまいだ。


 本日の成果は……なんと32束。くりかえす、32束だ。

 まさかのお仕事終わりである。


 何故こんなに効率よく取れてしまったのか?

 

 その答えは内訳を見ていただければわかるだろう。

 本日の内訳、俺が14束、ミー君が18束。

 そう、俺は初めてミー君に負けたのである。


「わーい! ナツくんに勝ったぞー!」

「凄いなミー君。やれば出来る子だったんだな」

「えっへん!」


 珍しいこともあるもので、今回ミー君が持ち込んだ採取品はほとんどが正解だったのだ。

 一体何故こんな珍しいことが起きたのだろうか? いよいよミー君のLUKが本気を出してくれたのだろうか?


 その答えは否である。


「でもさ、キイロイナがもっとあっても良かったんだけどね。私ね、どうせ今回も駄目だろうから今夜のおかずを採るぞー! って頑張ったんだよ。結果としてこうなっちゃったけどさ」


 そう、ミー君はキイロイナを集めるつもりで採取していたのだ。その結果は綺麗に裏返り、ミー君が欲しかったキイロイナではなく、キイロゼリばかり採取してしまったと。


 今回の場合はそれで正解なのだが……ミー君はなんだろう。女神のくせに呪われてたりするんじゃないか……? いや、物欲センサーが仕事をしすぎているって奴か……。


 しかしこれは良い事を聞いた。今後紛らわしい物の採集をする際には逆の物を狙わせることにしよう。

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