第21話 のどかな村で
4回。
これは俺がガムリ村に到着するまでに回復術を尻にかけてもらった回数である。
板張りの馬車はクッション性など皆無であり、ここまでの道程でかなり尻の経験値を稼ぐこととなってしまった。
さすがの俺も今回ばかりは尻がシックスパック化するのではと、6つに割れた尻を想像して冷や汗を流すシーンもあったけれど、ミーくんのおかげで辛うじて尻の健康を損なわずに馬車の目的地であるガムリ村に到着することができた。
村の入口付近には申し訳程度に柵があり、木で作られたアーチ状の素朴な門の前には見張り番なのかおっさんが立っていた。
御者席のチーおじはおっさんと顔見知りなのか手を振りにこやかに話しかけた。
「よう、マッツ 調子はどうだ?」
「ああ、チールか。まあまあだな。んで、今回はどんくらい居てくれるんだ?」
「そうだなあ、一週間くらいかな? 後ろに乗せてる冒険者二人の採取が終わる頃一緒に帰ることになってるんでな」
「ぶふっ」
「だ、だめだよナツくん……くく……」
『どうしたのだ?』と、我々を訝しむチーおじと見張りのおっさん。
だってしょうがねえだろ。ノリで『チーおじ』と呼んでたけど、まさか名前が『チール』だったなんて。
口が滑って『チーおじさあ』って言っても馴れ馴れしい奴くらいにしか思われないんだろうな……なんて考えるともうおかしくて仕方ない。
「ほんとにどうしたんだ? ほれ、お前らも自己紹介しとけ。今夜泊めて貰いたいんだろう?」
そうでした。チーおじで笑ってる場合じゃ無かったわ。
「失礼しました。俺はナツ、こっちは仲間のミューラです。二人ともカッパーではありますが、冒険者として活動しています」
「ミューラです。ナツくんと冒険者してます」
一応世話になるのだからと、丁寧に自己紹介をするとチーおじが軽く拗ねた。
「なんだよ。俺にはそんな礼儀正しい……つうか自己紹介すらしなかったじゃねえか」
「そうは言うけどさ、チーおじさあ。俺達が顔を見せたら『来たな。よし乗れ。行くぞ』だったじゃんか」
「チ、チーおじ? ま、まあ確かにそうだったが……」
「くく……チーおじ……。ああ、俺はマッツ。村で狩人をしている。一応シルバーのカードを貰っちゃあいるが、依頼は最低限だけ受けて後は村で狩りをして暮らしてるのさ」
マッツと名乗ったおっさんはひらひらとカードを見せながら、半分引退しているようなものだと言っていた。
おっさんはもう直ぐ50に手が届く年齢で、出来ればカードを返納して冒険者を引退したいらしいのだが、遅く出来た娘が成人するまでは報酬が美味い冒険者家業を頑張って良い生活をさせてやりたいのだと、娘が凄まじく可愛いのだと熱く語り始めてしまった。
いつまで経っても終わりそうにない娘自慢に我々が苦笑いをしていると、チーおじがあきれたような顔をしてマツおじに声をかける。
「マッツ。お前さんなあ。こんな所で俺達を引き留めてんじゃねえよ」
そうだそうだ! がんばれチーおじ! 我々を娘自慢から解放しておくれ!
「おっとすまねえな。ああ、チール。お前さん今回も村長のところに泊まるんだろ?」
「ああ、そうだな。酒持ってくるって約束させられてたし、まあしゃあねえわ」
「そっかそっか。だったらこいつらはウチで泊めてやるわ! 話はまだ終わってねえしな?」
「お、そうかい? 良かったな! マッツが泊めてくれるってさ!」
「え……わ、わあ! ありがとうございます」
……マツおじ……お手柔らかに頼むぜ……。
◇◆◇
「へえ! お兄しゃんとお姉しゃんは冒険者しゃんなんだ! おとうしゃんと一緒だね!」
なるほどこれは……マツおじが自慢するわけだ。
「しょうなんでしゅよーナナちゃーん。ミューラお姉ちゃんは冒険者しゃんなんでしゅよー」
マツおじの娘さん、ナナちゃんは4歳で、頭に大きな赤い花飾りを付けた可愛らしい女の子だ。
はじめ俺達が顔を見せたときはお母さんであるミームさんの後ろに隠れてこちらをじっと見ていたが、お近づきの印にと、ミー君が手から水でできた魚を浮かべてみせるとすげー勢いで懐いていた。
つうかミー君、そんな器用な真似できたんですね。攻撃の役には立たなそうだが、いざとなったら大道芸で稼いでもらうのも悪くはないな。
しかしこのミー君、ナナちゃんにメロメロである。
マツおじの家に来てからずっと言語崩壊したままナナちゃんと交流を続けている。
……ナナちゃんの頭のお花……造花かと思ったが本物なのかな? ミー君の水を吸って花の数が増えてるんだが……。
きゃっきゃうふふと楽しげに交流をするミー君とナナちゃん。
俺だって子供に構うのは嫌いではない。ナナちゃんにコインマジックの一つくらい見せてキャッキャとさせたくって、先程からウズウズとしているのだが……。
「それでな、ナツ。そん時ナナがなんつったと思う? お父さんしゅごーいだよ!」
「ははは、良かったですね」
「だろう? だから俺は言ってやったんだ。ナナが居るからお父さんはしゅごいんだよってな」
「ははは、良かったですね」
もうずっとこのやり取りが続いている。
いい加減疲れたのでコピペレスを返し続けているのだが、マツおじはそれに気づく様子もなく、ただひたすらにニコニコと上機嫌で娘自慢をし続けている。
このままでは俺のHPが尽きてしまう! これは緩やかなPKだぞ!
そう思った時、救いの女神が現れた。
「ほらほら! あんた! いつまでナツくんにナナ自慢してるの! いい加減にしな!」
「お、おお……わりい。ナナの事になるとつい夢中になっちまってなあ」
「まったく! あんたはいつもそうなんだから……ごめんね、ナツくん」
女神と言ってもミー君ではなく、奥さんのミームさんだ。鶴の一声ってやつ? ちょっと意味が違うか。
とにかくアレだけ夢中になって喋っていたマツおじを一発で現実に戻すこの力。
ありがたいね。救われたーって感じが半端ない。
見ろよミー君。こういうのだぞ? 信仰に値する存在になるためにはこういう小さな所からコツコツとやらなきゃないんだぞ。
俺がそんな事を考えているとは知らないミー君はナナちゃんに水芸を見せてご満悦だ。
……子供に笑顔をもたらし幸せにするのもまあ……神様らしいと言えなくはないけどな。
◆◇
そして賑やかな夜はあっという間に過ぎ去って……我々出発の朝である。
マツおじは早朝から何処かに行って帰ってこないそうで、見送りはミームさんとまだおねむのナナちゃんの二人でありました。
「大丈夫? ナナちゃん、無理してお姉ちゃんを送らなくても良かったんだよ?」
「ううん。ナナね、お姉しゃんにまた来てねって言いたくてがんばって起きたの」
「ななちゃあん!」
たった1日ですっかり打ち解けたミー君は本気で別れを悲しみ涙を浮かべている。
「ほれほれ、ミー君。その辺でな。帰りにまたナナちゃんと会えるだろ?」
「うん……そうだね、ナツくん。えへへ、じゃあまたねナナちゃん。お土産持ってくるからね。ミームさんもありがとう」
「ああ、気をつけて行ってきなよ。浅瀬なら安全だけど、深場には魔物が出るからね」
「お姉しゃん、お兄しゃん。おしごとがんばってねっ」
ミームさんからありがたいアドバイスを貰い、ナナちゃんからは可愛らしい応援をもらった我々は勇気百倍だ。
二人に別れを告げ意気揚々と湖に向かって歩き出した我々だったが、どうも村の様子がおかしい。
昨日感じた素朴で元気いっぱいの村人たち! っていう雰囲気から一転して、何やら重く沈痛な雰囲気が漂っている。
そして何よりおかしかったのは……
「あれ、ナツくん。マッツさんだよ」
「ほんとだ。おーいマツおじー……って、なんだ? 聞こえなかったのかな。無視して走ってっちゃったぞ」
「なんだか怒ったような顔をしてたよ……ナツくんなんかやった?」
「ナナちゃんの話を延々と聞かされた以外の交流をしてねえぞ俺は……」
良くわからんが、マツおじの様子も妙であった。
「ねえ……ナツくん……」
「ああ、何か良くないことが起きたのかも知れねえな」
『何かあったんですか?』
そう聞けば済む話なのだが、あまりにもピリピリとした村の様子に怯んで行動に移す事ができなかった。
近場に魔物が出たのだろうか、悪い領主が無茶な事を言いだしたのだろうか。
こんな時、テンプレ主人公様なら華麗に解決してあげられることだろう。
しかし、我々は肩書だけはそれらしいモブでしかない。
勇者様が持っているような力や知恵といった強力な武器は一切ない。
……それでも何か出来るかもって思うのはエゴでしかねえよなあ。
無力な俺が首を突っ込んだ所で邪魔にしかならないだろう。モヤモヤするけどどうしようもねえよな……。
ミー君もなんだか同じ気持ちのようで、暫くの間二人静かに黙々と歩いて少し空気が重たかった。
ザッザと地を蹴る音、遠くで鳶のような鳥が鳴く声。
ザワザワと風が木々を揺らす音。
自然が奏でる音が今は我々の気分を逆に沈ませてしまう。
……が、我々は脳天気だった……それはそれは悲しいほどに。
たった一つの他愛もないきっかけで気分はぐるりと反転する。
「わあ……見てナツくん……すっごい綺麗……」
「おお……確かにすげえなミー君……これは絶景だ」
ひたすらに歩くこと40分。我々はマヌル湖を見下ろせる丘まで到着していた。
ここから湖までは後20分程度といったところなのだが……ここから見える景色がやばい。何がやばいって湖の色がやばい。
水の色は何処までも蒼く。そして浅瀬に生える黄色や赤、緑色の水草達が水流でユラユラと揺らめき、まるでオーロラのように綺麗なグラデーションを描いている。
地球にも赤や黄色の水草が生える場所はあるけれど、ここまで幻想的な光景は見たことがないぞ。やべーな、異世界なめてたわ。
「凄いね。まるで水バケツにいろんな絵の具落としまくったみたい!」
「ミー君の感性は時折すげーなって思うよ俺」
「えへへどうも」
褒めてない。
湖の鮮やかな色彩にすっかり元気を取り戻した我々は、そのテンションのまま一気に湖まで駆け下りた。
……丘からここまでざっくり1.5kmくらいか? 謎のテンションで走ってきちゃったけど意外と体力あるんだな俺たち。
成人してから体力が落ちたと思っていたが、恐らく日々森に通ったのが良かったのかもしれないな。
「近くで見ても綺麗だねえ、ナツくん」
「ああ、そうだな! テンション上がるわ。うーし、まずは拠点づくりと行こうか!」
「うん! ナツくん!」
張り切るミー君と俺。今日は俺もめっちゃ張り切っちゃうしはしゃいじゃう!
だってひっさびさの湖畔キャンプだぜ! 盛り上がらないわけないだろ!
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